魂の守り人4
タツミ、ミズキ、レイの過去話。
タツミは幼くして両親から捨てられ孤児院で育った。ミズキともそこで出会った。友達となったきっかけは異能だった。
他の人とは違う、下手をすれば怪我をさせてしまうほどの力を得たタツミは孤児院の人とすら関わるのを恐れていた。
小学校に通っていたある日のこと、昼休みというにも関わらずグラウンドで遊ぶ同級生たちの姿を、タツミは遠くから眺めているだけだった。そんなとき声をかけてきたのがミズキだ。
「オマエ、タツミだろォ。オレはミズキってんだァ。一応同じ孤児院で暮らしてんだぜェ」
「ああ、知ってるよ。どうかしたの?」
「オマエ、異能者だろォ? なんとなく他のヤツとは違う匂いがするぜェ」
今よりもさらに無邪気だったミズキはなんとなくという直感にも近い嗅覚でタツミが異能者だということに気付いていた。
「臭いか? 風呂には毎日入ってるけど」
何を履き違えたのかタツミは真顔で答えた。
「違えよォ! 普通とは違う、異能者独特の匂いだァ」
ミズキは掌の上に水の塊を出現させた。
「驚いたな。ミズキも異能者なのか」
「ああ。力が制御できるか不安でなかなか人と関われねえってところだろォ。似た者同士、仲良くしようぜェ」
ミズキは左手を差し出す。図星を突かれたタツミは少し戸惑いながらもその手を握り返した。そして理解した。ミズキも似たような経験があるのだと。
「そっか。君もなんだ」
自分と似た境遇の子どもがいることにタツミは安心感を覚えた。
それから2人で遊びといいつつもひたすら異能の鍛練に励んだ。異能を抑える力、逆に異能を強めること、細かく操作する技能。普通の小学生が放課後に公園で遊んだり友達の家でゲームをするのと同じような感覚で、2人は無意識の内に互いの異能を高次元まで押し上げていた。
ある冬の日の放課後、恒例となったミズキとの下校途中にふと思い出したようにタツミが尋ねた。
「なあ、あの噂聞いたか?」
「ああ、水と土の子どもが遊んでいるっていう噂だろォ?」
あの噂でピンと来たのか、もしくは心当たりがあり印象に残っているのか、ミズキは迷わずにこの噂を口にした。
「あれってやっぱり俺たちのことだったりしないよな?」
「わかんねえぜェ。この辺はド田舎だから子どもも少ねえからよォ。どっちみちちょっと場所は考えねえとなァ」
「あまり派手に力を使うのもしばらくはやめておいた方がいいな」
「そんじゃ今からどっか良い所、探しに行くかァ?」
「そうだな」
ミズキの提案にタツミは快く了承した。
2人は町を歩き回った。しかし、住宅地、商店街と人目につく所が多い。そこで2人は目についた山に向かってみることにした。
「山ならたしかに人は来ねえなァ」
「ああ。しかも少し険しい山にしておけば普通の人なら登ろうとは思わないだろ」
山を登りながら息を切らすこともなく2人はまるで秘密基地を作り上げているかのごとく楽し気分で話した。
「おお、結構いいところじゃねえかァ。少し狭い気はするけどよォ」
頂上にたどりつくと木々は開けており雪の降り積もった平地が広がっていた。普通に歩いても端から端まで30秒は優にかかる広さだ。
「まあ隠れてする分にはちょうどいいな。それにしても山の上って結構雪が積もっているんだな」
「そうだなァ。雪かァ。これも一応水だよなァ?」
ミズキは片膝をつき足元の雪をに右手を突っ込んですくい上げた。
「そうだな。固体の水ってことだろ?」
「だよなァ。氷ってそういうことだもんなァ?」
そう言うとミズキは右手に持った雪を見つめる。
「っっっくそォ。だめかァ」
ミズキは天を仰ぐ。
「もしかしてその雪を操ろうとしたのか?」
「あァ。水道水なら少しはできたんだけどなァ」
「自然界の水にも干渉できるのか。なかなか水の異能も便利だな」
タツミは自分の異能ではできないことであったため羨ましく思った。
「氷でもいけると思ったんだけど無理だったなァ」
「じゃあ水蒸気は?」
「それこそ難しいだろうなァ。そもそも眼で認識できねえから感覚も掴みにくいしよォ」
「そういうものか。俺は気体とか液体は創ろうと思ったことがないからな。分析はできなくはないけど」
「分析ィ? どういうことだよォ?」
タツミは自身の異能について水樹に説明した。
「なんだァ、オマエの異能も十分便利じゃねえかよォ」
「そうか? 創り上げるのも結構大変だぞ」
「そっちじゃねえよォ。分析の方だァ。どんな物質でも分析だけならできるってすごくねえかァ? 得体の知れん物もその成分だけはわかるってことだろォ?」
「あまり役に立てる機会はないと思うけど。実際に自然界に溢れてる水を操作できる方が便利だと思うけどなあ」
「まあそう言うなよォ。そっちはオレに任せてよ、タツミはもっと分析の方を伸ばしてみたらどうだァ? なんか面白いことができそうな気がするじゃねえかァ」
「うーん、まあそうだな。確かにそっちの方を極めて見るのも面白いかもな」
「決まりだなァ。さてと、じゃあオレは具体的に何をしていくかねェ」
ミズキは雪を空へと放り投げた。途中でバラバラになり粉のように落ちていった。その光景を見たタツミは何かを閃いた。
「そうだ。ミズキ、氷の操作が難しいなら自分で氷を作るってのはどうだ? もしくは逆方向で水蒸気を作るとか」
「作ってどうすんだって話しだけどなァ。いや、でも作れるようになったらこの辺の雪も操作できるようになるかもしれねえなァ。よし、その提案のったぜェ」
ミズキはにやりと笑いさっそく自身の異能である水を出現させた。
「俺も早速始めるか」
タツミは手始めに雪を握りその解析を始めた。先日までとは打って変わって地味で静かな異能の鍛錬が始まった。
山の上という場所を持て余した鍛錬を続けて1週間が経った頃、タツミ達は学校のクラス内で再びあの噂を耳にする。
「なあ、昨日三角公園で水と土の子どもがまた出たらしいぞ」
「マジかよ。なあ、見に行ってみねえか?」
「いいねえ。面白そうじゃん」
クラスの男子の話し声に聞き耳を立てる。
放課後、タツミとミズキはその男子たちを尾行した。
「なあタツミ、わざわざ尾行する必要はねえんじゃねえかァ?」
「俺達はまだ目にしたことがないからな。避けられている可能性もあるだろ。それにほら、あいつらとはそんなに仲良くないし」
タツミの返答にミズキは声にならない声を上げて納得した。冬の日暮れは早く件の三角公園に到着するころには薄暗さを感じるほどになっていた。タツミとミズキは公園から少し離れた木陰で同級生の男子が公園で遊んでいるのを眺めた。
「なんというか」
「懐かしいなァ」
2人は顔を見合わせた。
「ミズキはああいうの憧れるか?」
「ああどうだろうなァ。前は憧れてたかもなァ。今はもう慣れたから何とも思わねえけどよォ」
「意外だな。大勢で騒がしくするのが好きなのかと思ってたよ」
「人を見た目で判断すんじゃねえよォ。そういうタツミはどうなんだよォ」
タツミは同級生が遊んでいる姿を眺め少し考えた。
「楽しかったとは思う。けど今は親友が1人いるし、それで満足してる」
タツミはミズキを見てそう答えた。
「気持ちわるゥ」
「酷いな」
ミズキはタツミの視線に顔を歪ませた。
そうこうしていると公園にいる同級生の騒ぎ声が止んだことに気付く。
「静かになったな」
タツミは公園の方に目を細めた。同級生は公園の中央にある砂場で固まり、同じ方向を見ていた。その視線の先にはそれぞれ全身が水、そして土でできた子どもぐらいの大きさのものが立っていた。
「おいおいあれはなんだァ?」
「わからない。少なくとも俺たちの異能でないことは確かだ」
水と土の何かはゆっくりと同級生たちに近づく。あと2、3歩のところでその2体は急に体を大きくする。正確には体を薄くして縦と横幅を増しているだけなのだ。だが正面から見た同級生達はあたかも体が大きくなって怪物のように見えてもおかしくはないだろう。
腰を抜かしながら同級生達は一目散にその場を立ち去ろうとしてタツミ達の方へと走ってくる。
タツミ達は咄嗟に身を潜めて、同級生達はそのまま走り去って行った。
水と土の塊はその体を小さくして公園を去ろうとする。タツミとミズキは気づかれないように静かに後をつけた。
「おい、そんなに下向いてたらアレを見失ってしまうぞォ」
「大丈夫。ちゃんと見てるさ」
「ほんとかよォ」
「まあ鍛錬の成果だな」
「そうなのかァ? ふーん……」
今はそれどころではないと思いミズキは適当に流すことにした。
「よくやったわね、あなた達」
犯人はすぐ近くの森林の中で立ち止まり水と土の塊に話しかけていた。
「オマエェ、さっきのはなんだよォ」
ミズキがけんか腰と取られてもおかしくないほどの荒い口調でその少女を睨み付けた。
「え、だ、誰よ」
その少女が振り返ると黒い長髪が美しく舞った。まるでひな人形のような女の子は戸惑いながらも目じりを吊り上げミズキとタツミを交互に見る。
「知らねえのかァ? だったら教えてやるよォ。オマエのせいで山で遊ぶことになった男2人だよォ」
ミズキは水の塊を頭上に作り上げた。
「まったくもって理解不能ね。あなた達、容赦しなくていいわ。この男たちを追い払って!」
少女の声に水と土の塊は反応し動き出す。そして水はミズキへ、土はタツミへ人型となり殴りかかった。ミズキとタツミはそれを己の異能で防いだ。
「え、まさかあなた達」
少女は何かを察したようだった。この少女もまた異能者であり、タツミ達の異様な力もすぐに受け入れた。
「異能者だっつーのォ」
ミズキが大量の水で少女の声に反応した水の塊を弾き飛ばした。タツミも同様にオリジナルの灰色の物質で土を粉々に砕いた。
「まったくもう! こうなったらしょうがないわね。ライト! どでかいの一発お見舞いしてあげて」
少女はタツミ達と距離をとるように走りながらその名を叫んだ。少女の懐から見えない何かが空へと昇っていく。タツミ達はそれを視認することは出来なかった。
「ほーら、神の怒りを喰らいなさい。やっちゃえ!」
少女の叫びに呼応するように上空の雲より鋭い光が瞬いた。そして、その光はタツミ達のもとへと急速的に落ちてきた。
「げっ、タツミィ」
「わかってる。任せろ」
タツミは頭上に灰の物質を展開した。落ちてきた光、つまり落雷はその強固な盾に阻まれ轟音と共に消失した。
「う、うそ……」
少女はその場にへたり込んだ。
「ふう~助かったぜェ。さすがに雷はヤバいからなァ」
ミズキは胸を撫で下ろした。
「ああ。さてと、そこの女子。君も異能者だよね。別に喧嘩しに来たわけじゃないから安心して」
タツミが腰を抜かし地面に座り込んでいる少女の元に歩み寄った。そして右手を差し出した。少女は一瞬怖がったが躊躇いながらもその手をとった。
「な、なにが目的よ」
少女はいまだ警戒しながらも立ち上がりお尻についた泥を手で払いのけた。
「ああ。少し話してみたいだけだよ。俺はタツミ。こっちはミズキだ」
「レイよ。その、ごめんなさい。いきなり襲うような真似をしちゃって」
「気にするな。もともとミズキの声のかけ方が悪かったこともあるし」
「そう? ふふふ。じゃあそういうことで」
レイは俯いていた顔を素早く挙げて嬉々とした表情を浮かべる。その変わり身の速さにタツミは戸惑った。
「ふふ。私と友達になりましょう。ええ、それがいいわ」
タツミはさらに戸惑った。