魂の守り人1
タツミとミズキ。トップクラスの異能者である二人の前にささやかな事件に巻き込まれている少女が。
少女との出会いから3人の秘密が明かされ、物語が始まっていく。
かつて神によって創られたこの世界に大陸はひとつだった。天変地異、大災害、隕石の衝突、様々な説が唱えられていたが結果として現在その大陸はふたつに分かれていた。
レムリア大陸。またの名をレムリア王国。レムリア王により統治される大陸で双界歴320年にタツミは一人の民として生を受けた。
双界歴336年。大陸中心部は新人類開発地区と呼ばれ異能者の育成に力を入れていた。タツミは大陸内で4区画に分けられた地区のうち第一区にある高校へと入学した。第1区の中でも大陸中心部にある高校だ。
それから一年ほど経ち、とある事件に巻き込まれようとしていた。
ホームルームが終わるとタツミの所属するFクラスに一見柄の悪そうな大柄の男が訪れた。
「タツミ、今日はどうするよぉ」
その男は教室内にタツミを見つけるとすぐに声をかけてきた。
「そうだな、ファミレスにでも行くか」
タツミはミズキのもとへ歩み寄りながら答えた。
タツミとミズキは幼少の頃からの付き合いである。お互い同じ孤児院で育ち同じ高校まで同じというくされえんだ。
「そればっかだなぁ。ま、いいぜぇ。丁度ポテト食いてえと思ってたんだぁ」
「じゃあ決まりだな」
タツミは微笑みながらミズキとともに教室を後にした。
タツミの去ったあと、教室はすこしざわついた。
「また行きましたね」
「ああ。あいつ、無能力のくせに努力しようとする気がないのか」
「努力は、しているのではないでしょうか?」
「はっ。どうだかな」
タツミが去った教室ではいつもこのようなやり取りが繰り広げられた。だがそれもほんの少しの間のこと。すぐに全員が平常運転へと切り替わる。
教室を後にして2人は学校近くのファミレスを訪れていた。
「オマエぇ、まだクラスのやつに言ってないのかよぉ」
「まだって、ミズキがまだ公表しない方がいいって言ったんだろ。おまけに当の本人は入学時の試験で抜け駆けする始末だ」
タツミが口を尖らせる。テーブルを挟んだ向かいの席でポテトを頬張るミズキへのさりげない抗議だ。
「いやぁ、悪かったってぇ。試験中にふと思い付いてなぁ。今タイミングよく力を出せばバレないんじゃねえかってよぉ」
ミズキは頭をポリポリと掻く。しかしその表情からは悪びれている様は感じられない。
「まったく。まあいいけど。俺もタイミングがあればそのうちな」
タツミはため息をつきながら窓の外を眺めた。そこには学生服の生徒が下校していたりスーツ姿のサラリーマンがスマホを見ながら歩いているいつもの光景が広がっている。
「するならせめて2年に上がってからにしときなぁ。下手にクラス替えさせられるのも面倒だろぉ」
「なるほど。たしかにそうだな」
「しかしまあ、いつからなのかねぇ。この偏見が広まり始めたのはぁ」
ミズキが呟く。その疑問に対してタツミは答えを持ち合わせておらず、ただ適当に返事するしかなかった。
「さあな。けど俺達が異常なのは変わらないだろ。能力覚醒装置を使わずに異能が使える奴なんてほとんどいないからな」
途端、タツミの顔色が変貌する。
「どうしたよぉ?」
2人は幼少期からの付き合いだ。互いのことはよく理解していた。そのためタツミの表情の変化にミズキはいち早く気づくことができた。
「小さいが悪意のある力を感じた」
タツミは瞳を閉じてなにかを感じとるかのように外へと意識を向けながら答えた。
「見に行ってみるかぁ」
「ああ」
ミズキが残りのポテトを一気に口のなかに放り込む間にタツミは手早く会計を済ませた。
「食い意地張るなよ」
「仕方ねえだろぉ。放課後は腹減るもんだろうよぉ」
口からポテトが一本飛び出している様を見てタツミは呆れた。
「それで、方向は? ああ、あっちか」
「ああ」
ミズキがタツミの返答を聞くより早く気配を察知して走りだし、それにタツミも続く。位置はさほど遠くなく軽く走っても一分ほどで到着する場所だった。裏路地を潜り抜けた先、取り壊し予定の小さめのビルの中で金属音のような音が鳴り響いた。
「いくぜぇ」
「ああ」
2人は躊躇うことなく割れた窓枠から跳躍してビルの内部に入り込んだ。
そこには4人の学生がいた。1人はタツミたちと同じ学校の制服を着た女性だった。残りの3人は他校の学生服を着用しており全員男だった。
「誰だてめえらは!」
他校の男の怒号がビルの中を反響する。
「状況を見る限りあんたが襲われているってことでいいのか?」
タツミは男には一切構わず女生徒のそばに歩み寄り声をかける。
「え、ええ。いきなりここに連れ込まれて。服を脱がそうとしてきたから抵抗したら怒らせてしまって」
見ると女生徒の胸元がはだけており、雪のように白い肌が露出していた。
「とんでもない輩だな」
タツミは咄嗟に目を逸らし、男子3人を見る。
「ミズキ」
「おうよぉ。問答無用でよさそうだなぁ」
ミズキは男子3人のうちの1人の正面に小細工なしで突っ込んだ。そのまま男子の腹部に拳を叩き込みその体ごと後方の壁まで飛ばした。拳と壁の衝撃を食らった男子はそのまま倒れこんだ。
「てめえふざけやがって!」
1人の男子が掌をミズキにかざす。そこから炎の渦がミズキへと向かい放出される。
「チンケな炎だなぁ」
ミズキは自身の目の前に水の防壁を出現させ、炎の渦を飲み込んだ。
「くそっ。異能者かよ。しかも相性悪いな」
「なに言ってんだぁ。この地域のほとんどの学生は異能者だろうがぁ」
ミズキがゆっくりと詰め寄る。男子はジリジリと後ずさった。
「おい。グレイっ」
するともう1人の男子を横目で見てなにか合図を送る。
「へへ。わかったぜ」
グレイと呼ばれる男はニヤつきながら女生徒に向かって走りだした。
「まったく」
タツミがため息混じりに女生徒との間に入りグレイと相対する。
「邪魔すんな。どけえ!」
グレイは掌に金属の棒を出現させそれをタツミの頭部目掛けて振り下ろした。
タツミは瞬時に何かの棒を取り出し、グレイのひと振りを弾く。
「同じような異能なんて奇遇だな。だけど」
タツミがもう一度棒を振り、グレイの持つ金属の棒を真っ二つにした。
「な、なにぃ」
グレイは自身の手元を見て驚きの表情を浮かべる。
「残念ながらこの世の金属で俺の異能に勝てるものはない」
タツミは棒の先端をグレイの顔面に向ける。
「然るべきところに突き出してやるよ」
「く、くそったれが」
グレイは腰を抜かしながらも歪な走り方でその場を去っていく。炎を出した男子もそれを見て逃げ出した。
「逃げるぐらいならはじめから馬鹿な真似はするなよな。あんた、大丈夫か?」
「おいタツミぃ。俺はアイツら追うからよぉ。ここは任せたぜぇ」
ミズキが返事も待たずに男達を追いかけていく。
「ん、ほどほどにな」
タツミは聞こえないだろうということはわかっていたがその背中に返事をした。そしてここで改めて女生徒の方を向き初めてその顔を見た。
「んん?」
タツミは変な声をあげる。
「あら、タツミ君。もしかして今気付いたの?」
「レイか。なんでこんなところに?」
タツミが変な汗を流す。
「なんでって、通学路だもの。それより私はあなたのさっき見せてくれた力の方に興味があるなあ」
レイがわざとらしく微笑んだ。
「はあ。説明するしかないか。ここじゃあなんだし、移動するか」
タツミは観念したように両手をあげた。
「ふふ。そうね。けどあそこで気絶している男子はいいの?」
タツミがレイの指差す方を見るとミズキに殴り飛ばされ倒れている男がいた。
「しばらく動けないだろうし放っておいてもいいだろ。一応確保してもらうよう連絡は入れておく」
そう言ってタツミはその場を後にした。
近くの公園のベンチにタツミとレイは腰をかけた。
「うーん、何から話せばいいものか」
「そんなに難しく考えなくていいわよ。そうね、順序立てて話すのが難しそうなら私から質問することに答えるというのはどう?」
「そうしよう」
レイの提案をタツミは受け入れた。
「じゃあまずは、タツミ君は異能者だったの?」
「いきなりド直球だな。ああ、そうだよ」
レイの容赦ない問いに一瞬間を置き、タツミは正直に答えた。
「私も含めクラスメートに、というよりは学校へも知らせていないのはなぜ?」
レイもタツミと同じFクラスだ。タツミが秘密を隠していたことに少しムッとした表情で問い詰めた。
「まあ、ほら。俺は覚醒装置で異能が使えるようになったわけじゃない。もともと使えていたタイプの人間なんだ」
「なるほど。たしかにここ、新人類開発地区では覚醒装置を用いずに自然と異能を発現した者は異端視されているわね」
「不思議なことにな」
「でも待って。普通ならすでに異能者であっても入学時の試験でわかるものではないの?」
「そうだな。ちょっと攻略方法があってな。あのヘッドセットはまず異能者として覚醒しているか解析する。覚醒していない者に対してはそのまま覚醒させるための刺激を被験者へ送り、その結果異能者となれるかどうかが決まる。俺は最初の段階で完全に異能を閉じた状況を作った。それであの装置を騙したわけだ。次の段階の刺激を与えられるところは適当に受けながしてそのまま異能が発現しなかったという結果にしただけだよ」
タツミは平然と語る。しかしレイは開いた口が塞がらないでいた。
「あの装置を騙したの? 異能者が自分の異能を完全に抑え込まないかぎり……というか、それをやってのけたというの?」
「別に驚くことじゃないよ。異能の力や大きさじゃない。要は器用さだ。でもたしかに異能の器用さにおいてそのレベルまで達している人はここへきてミズキ以外まだ見たことがないな」
「そうなのね。まあでもいろいろ納得したわ。いくらあなたの戦闘評価が異能なしなのにAランクだったとはいえ、更にその上のSランクスでなおかつ人嫌いな男とこうして対等に話している。クラスの皆が疑問に思っていたけどタツミ君がそれほどの異能者であるなら納得ね」
「ミズキはそんなに人嫌いではないと思うけどなあ。どちらかというと照れ隠しで口調が荒くなってしまうだけというか」
「そうなの? 学園でトップクラスの実力を持つような人だから近寄り難かったけど、機会があれば話しかけてみようかしら」
「そうしてみな」
タツミはレイの笑顔を見てつられて微笑んだ。
「それじゃあ、また学園でね。タツミ君」
レイは立ち上がり、つやのあるポニーテールをひらりと揺らしながら振り向きタツミに礼を述べた。そしてそのまま手を振りながら去っていった。
「あんなに気さくに話せる人だったのか」
入学して以来、初めてレイとまともに話したタツミは思わず感想を呟いた。