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フィラデルフィアの夜に針金が呼び寄せました。
一人立ち尽くしていました。
肌寒くなってきた季節の夜、薄着で穴だらけの服で一人、街灯の下で。
人々が行きかうもその街灯の下は中洲の様に人の流れがかき分けられ、この世の流れからも取り残されている、誰の目にも捕えられず、忘れられているかのようでした。
呆然と、呆然と。
この世界から消えていくように。
この世に存在しない事になっているかの様なその人の、その体。
太く、また細い尺取虫らしき何かがが無数に覆い出す。
虫が、虫が、虫が、蟲が。
一匹、一匹、一匹、数匹、大群が。
一斉にその人の体に纏わりつく。隙間なく。
悲鳴が徐々に木霊し始める中。
茶色が、蛾が。羽を広げ。
黒色が、蜚蠊が兜虫が鍬形虫が足をバタつかせ。
白色、黄色、青色の蝶さえ訪れ纏わり、緑の飛蝗、蟷螂、亀虫が加わる。
警戒色の蜂が危険な音を響かせながら止まり装飾となった。
赤の甲虫も、しばしば輝く蝿もいずこから来て自ら従い、外套となる。
蟲が蠢き犇く、人々の雑踏の中で。
悲鳴が絶叫が、口からこぼれ続ける。
そんな中を蟲を纏うその人は動き出す。
驚き、戸惑いつつ、励まされるかの如く胸を張って。
人々の流れを断ち切る歩みを始めていく。
人の声以上に蟲たちの蠢く音が大きく空気を震わせて、七色に輝く玉虫が一気に降り立ち、その彩を強める。
この暗い夜に虹をかけていく。
少しして、少しして。
その人の数歩ごとに蟲が離れ始めた。
茶色が飛び立ち、白色と黄色と青色が風に乗り、黒色と赤色と緑色と七色は地を這って。
莫大な色彩が、単色な夜の街中を暴れて消えていく。
最後、闇夜に消える寸前まで追い続け観察していた人がいます。
全身をミイラみたいに蜘蛛の巣かに見える大小の針金を纏っていて、蟲たちはそこに捕えられに自ら飛びついて行ったと。
またその足跡には甘い香りの蜜が点々として。
それはその人を覆う針金から滴っていたと。
たまに、たまに。
その人が闇夜から現れます。
針金が体中に覆い纏わせ、虫を、蟲を集め蠢かせ犇かせるために。
人々の世の中で、七色と誰かの絶叫で彩り飾り付けながら。




