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フィラデルフィアの夜に、針金が被ります。
少しの月明りだけが照る、夜。廃屋。
朽ち始めた廃墟に、四人の影が入り込む。
窓を割り、そこから入り込んだ。
棚を漁り、物をひっくり返す。
金が、宝石が、何かないか。
荒々しい音と声が、静寂だった部屋に木霊した。
歓声があがる。
一人が、見つけた箱。
ライトに照らすと、美しい小箱。
黒光りする、金と七色で装飾された小さな箱。
この黒はエナメルなのか、この貼り付けた七色チップはなんなのか。
ともかく開けた時だった。
針金が近くの三人の顔に飛びついた。
絡み、歪み、捻じり、顔を覆う。
仮面となって、張り付いた。髭を蓄えたそれぞれ違う仮面となって。
入り込んだもう一人。
その様を見、息を飲んで動けない。
そんなもう一人に、箱から飛んできた多くの針金が頭に刺さった。
それは後光の様に後頭部に広がった。
三人が動きます。歩きます。
ゆっくりと。
もう一人もゆっくりと。座り込む。
明るくなった月明りの下、演練を続けたような動きで。
「ユダの地よ」
仮面の一人が言います。
「ああ、ベツレヘムよ」
その隣の仮面が。
「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか」
もう一人が言う。
すると見上げます。
「空を見よ」
「光が」
「星が、西へと流れていく」
光が、月明りが仮面を被っていない一人に当たる。
「この馬小屋の、何もない藁の上。そこに我が子が眠っている。
不意に産気付き、こんなところで。
ああ、ヘロデ王の赤子狩りがなければ。ああ」
月明りが強くなり、静まります。
廃屋の一角に積まれた草の上に、針金の人形が眠るように横たわってました。
そこに光。強い光。そして消えました。
「星の光がここに導いた」
「誰かいる」
「あなたは誰だ」
「わたくしはヘロデの横暴を逃れた者です。願わくば、この子、我が子に祝福をお与えください」
仮面の三人は膝を付き、祝福します。
「おお、まさか」
「間違いない」
「この子こそがユダヤの王。王の中の王だ」
そして拝みました。
「わたくしは女のまま、処女のままでこの子を産みました。やはり、やはり神との子なのでしょうか」
「間違いありません。星が我らを導きました」
「これを捧げます。乳香を」
「没薬を」
「黄金を」
「我が子、神の子へお捧げ下さい。わたくしは、神の子を王の中の王となるまで育て、祝福し、賛美いたします」
どれだけ時間が経っただろうか。
気が付けば、外は薄明るくなっていた。
いつの間にか、顔に張り付いていた針金の仮面は取れた。
もう一人に刺さった一本も、消えている。
草の上にあった人形もまた。
針金は一切が、ない。
この廃屋の中には、どこにも。
ただ、黒光りする小箱が現実離れして美しく思えた。
四人は、何も持たず廃屋を出ていく。毒気を抜かれて、どこか晴れやかに。
東方の三賢者を演じ、清らかな思いで。
あの小箱は、蓋を閉められ、あの廃墟の中でまだじっとしている。




