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 フィラデルフィアの夜に、針金が消えていきます。


 夜になってもハイウェイには多くの自動車が物凄いスピードで行きかっています。

トラックもタンクローリーもスポーツカーもパトカーも。

 生物を拒絶する濁流を思わせる速度で瞬く間に消え去っていきます。

そんな凶暴な流れの中をひとつの影が入り込んだのです。

 赤ん坊でした。


 一体何があったのか、赤ん坊がその固いアスファルトの急流に座り込んでいます。

傍らには母親が、フェンスの外で周囲の人に押し留められています。

フェンスの下には大きな穴、そこから歩き始めたばかりの赤ん坊が潜り抜け、入り込んでしまいました。

 大きな岩石如き影が、やってきます。

地面の小さな命の影を一切確認する事ができずに、その勢いのまま。

重厚にもほどがある古びたトラックが、来ます。

ハイウェイの真ん中で、小さな影と巨大な影が合わさろうとした時です。

巨大な影がさらに大きく大きくなり、何もかもを飲み込んでいく。

誰もが見覚えのあるものが、飲み込んでいく。


 赤ん坊とトラックの影が合わさろうとした時、その瞬間。

溢れ出てくる。穴が隙間が空いた、細く太くもあり、塊でもある物体が。

人間の骨が、強烈な圧力で湧き上がってくる。

 トラックの狂気の速度で回転するタイヤに踏まれ、巻き込まれ、突き刺さり、砕け散り、

遂にはそのトラックを押し返し、破壊した。

 赤ん坊がいるその一点から、なおも人骨の噴射は止まらない。

反対車線にも飛び散り、流れ出し、溜まり出す。

人骨が溶岩の如く、そのハイウェイを支配し始める。

 何もかもが、ハイウェイの上を動かなくなる。

絶え間ない人骨の大噴火以外。


 トラックもタンクローリーもスポーツカーもパトカーも消防車も救急車も。

この場所に来たけれど、何もできずただ立ちすくむ。


 朝日が昇る頃。

小高い山が、人骨だけを材料にできあがっていました。

数多くの自動車が行きかっていたあのハイウェイの上に。

 周囲の建物まで飲み込みながら、人骨が山を作り上げていました。

誰も彼も、茫然と。あまりの光景に、ただ唖然と。

佇むばかりです。


 その時、母親の胸に抱かれた赤ん坊が、天に向かって手を振りました。

そこには七色の雲が、彩雲が、太陽の近くを通りすがった時にプリズム効果で七色に虹の様に鮮やかに変化していました。

 赤ん坊が手を振る度に、細く細く長く長く、あの膨大莫大に積み上がった骨が、細く細く長く長く、細く細く長く長く、変化していったのです。

 まるで針金の様に、元々針金でしかなかったかの様に。

細く細く長く長く、細く細く長く長く、細く細く長く長く、細く細く長く長く。

針金でしかなくなりながら。

 そして、天の彩雲へと向かって行ったのです。

いつしかあの大きな山となっていた人骨は、嘘の様に消えていました。

あの彩雲は消え、赤ん坊は疲れて眠っています。

幸せそうに、眠っています。


「永き間に渡り輪廻し流転する一人の人間の骸骨、骨の集まり、骨の集積はこのヴェープラ山の如き大きなものとなるであろう」

そう赤ん坊の母親は、天から聞こえたと言います。

でも意味はまるでわからないと答えました。


赤ん坊はただ、幸せそうに眠る、それだけでした。



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