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フィラデルフィアの夜に針金が邪魔をします。
ある暑い日。雨の降らない夏に。
目を覆いたくなるような光景が広がっていました。
悪臭を放つ生ゴミが、辺り一面に散乱してしまったのです。
それも繁華街の真ん中で。
ゴミ収集業者が違法に基準を大きく超えた重量のゴミをトラックに無理に押し込み、赤信号で止まった途端、横転し生ゴミによるこの世の地獄としか言いようのない惨状ができ上がってしまったのです。
ねちゃり、とスコップで掬い取り。
ぐちょり、と袋に入れていきます。
うだる暑さで生ゴミはさらに腐敗を進め、病原性もあるだろう雑菌黴菌がさらに喜びの声を上げていき、悪臭が方々へ.。
誰も彼もが足早にこの場から立ち去っていき、周囲の店は過剰なまでに閉め切り、嫌悪感を伝えてきます。
それ以上に厄介な蛆がそこかしこに湧き出し、蝿が空気を切り出すほどの羽音を鳴らし飛び交ってました。
作業は延々と続き、もう暗くなっていった頃。。
目にも耳にも、髪にさえ絡みつき、一々手を止め払い、拭い去っていました。
痛い。
蠅の体が、指に刺さった。
反射的に蝿を摘み、潰した。
金属の感触が指に伝わり、目元に集りだした蝿も払えば痛みを感じ、同じように摘み潰すと、金属の痛みを感じて。
羽音が一層うるさくなり、手で払えど払えど、飛び交う蝿でできた帳を掻き分けるも同然になりたまらず生ゴミの中から逃げ出していく。
腕にも顔にも細かい何かに引っ掛けられたような細かい傷跡をさらして。
そして気づく。蝿にまとわりつかれた全員が。
思わず握りつぶした、大量の蝿。
それが、針金で精巧に作られた何者かによる作品に、置き換わっていると。
服に、髪に、目に、腕に、鼻に、耳に。
未だ絡みついて離れていない、蝿。
触れば金属の痛みが走り、傷つく。
微細に精密に、それでいて本物同然に動く。
じゃあ、最初にいた蝿は。
本物だった蝿は。
生ゴミの方向から蠅が飛ぶとんでもない音が、空間を切り裂いてきた。
そこからは二重螺旋が悪臭漂う地面から、何があるのかわからない漆黒の空へ。
昼間の様な明るい街灯も、照り付けるようなスポットライトも届かない空へ。
気が付けば、蝿はいなくなっていました。
あの針金の蝿も、本物の蝿も。
あれだけ這い続けていた蛆虫もいません。
ただ悪臭漂う、生ゴミがあるだけ。
あまりに不思議すぎ、皆が首を傾げていると。
雨。
いつ振りかの、雨。
瞬く間に豪雨となり雷雨となり、氾濫し、洪水を巻き起こす。
そこにいた全ての人は、蟲を散らした様に逃げ惑いました。
また、不意にその雨を握った人がいます。
金属の痛みが手に走り、雨粒の中に本物の蝿と針金の蠅が、大量に混ざっていました。
雨は朝日と共に止み、また違うこの世の地獄の様な光景を作り出します。
何もかもが水に浸り溢れかえり、酷い惨状でした。
今度は泥が街中をえげつない程に汚染してしまって。
ただ、あの生ゴミだけは綺麗になくなっていたのです。
針金でできた蝿もまた、二度と見る事はありませんでした。




