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フィラデルフィアの夜にいなくなります。
夜に、カウントダウンが始まります。
街の真ん中、そこに大きなビルが建てられその完成のお披露目のために、表示されている数字が減っていきます。
新たに作られた広場には多くの人々が集まり、一秒ごとに減っていく数字を皆で声を揃えて合唱します。
遂にはその数字がゼロになり、真っ暗闇に隠されていた豪勢なビルがこの世の全ての歓声と共に露わになりました。
ただ、その歓声は、絶叫へと変わったのです。
絶対たどり着けない場所に、老婆がいる。
老婆がいます。
一体どこから迷い込んできたのか。
高いビルの外壁。その大きく出っ張った一か所。現代的な装飾が施された、その場所に。
老婆がいる。
カメラを、双眼鏡を、望遠鏡を。
広場から、また報道のヘリからそれらを向けて、老婆がそこにいると確認する。
老婆はそこで何をしているのか。
立ちすくみ、歩き、また佇む。
轟音の様な悲鳴が広場から立ち上がり、まず報道ヘリから声を、続いて警察と消防が大慌て叫び出す。
老婆は、ただ。
立ちすくみ、歩き、また佇む。
地面近くには風はない。
でも老婆がいる階層辺りでは突風が吹きすさぶ。
ヘリはそこに、老婆がいるそこに近づくことができない。
それだけの暴風の中。
老婆はただ。
立ちすくみ、歩き、また佇む。
大混乱が続く。
こんな時にビルの電源が急に切れた。
周囲からの光のみが右往左往する老婆を照らす。
立ちすくみ、歩き、また佇む。そんな女性を。
それでもビルの下より、数個の光が昇っていく。
警察、消防とビルの管理者が大急ぎで駆け上がっていく。
急な非常階段。そこを急ぐ光が。
立ちすくみ、歩き、また佇む。
その突起で。
立ちすくみ、歩き、また佇む。
いつもの様に。
立ちすくみ、歩き、また佇む。
遊ぶかのように。
立ちすくみ、歩き、また佇む。
少女が。
息も絶え絶えに、警察と消防にビルの管理者がその突起の近くまでたどり着く。
普段入れない場所。清掃の人間しか絶対に入る事が許されない場所。
そこに、鍵を開け入り込んだ。
出来る限りの光を浴びせかけて。
突風対策で雁字搦めな程に命綱を引きずり、その突起へ足を踏み入れる。
飛ばされそうな風が吹き、設計ミスを疑うレベルで足が滑る。
そこに、人影。
小さな、小さな、人影。
赤ん坊が、そこに座り込んでいた。
老婆だけでなかったのかと周囲を見渡すも、その子しかいない。
死角をなくせる程の光を照射しても、その子しか。
ともかく、その子だけでも保護しよう。
近づいていきます。
さらに、小さく小さくなり。消えました。
数人の大人と、遠くからヘリのカメラが見ているその最中で。
朝になり、数多くの人々があのビルの突起に集まりました。
その場に居合わせた警察、消防に管理者。それにヘリから見ていた報道記者。
その他大勢の人々。
改めて風と高所で身動きが取れない中、苦労してあちこちの確認を取ります。
生きている人間の痕跡を見つける事がどうしてもできなかったのでした。どこにも身を隠せないこの場所で。
指紋も、毛髪も、何も。
ただ、大勢の人々が見たという記憶と映像だけを遺して。
ただ、異様なまで針金があったといいます。二重螺旋の構造をした針金が。
ビルは不可思議な話を残しつつ営業を始めました。
なのに今日、また配電がおかしくなり真っ暗になったのです。
清掃係から、あの突起の部分におかしな構造の針金が多くあると報告があった日に。




