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フィラデルフィアの夜に、波打ちます。
夜中に、子牛が産まれました。
安産ではあったけれど、体温が低かったので親牛から離されヒーターの下でぼんやり座り込んでいます。口に哺乳瓶の乳首を入れられるも、少し舐めはするけど吸い付きはしません。
半分眠ったみたいに、ぼんやりと。
子牛の濡れた体を拭き上げ、そのままヒーターが効いてる小部屋に連れてきた牛飼いが何とか飲まそうとするも、子牛のぼんやりは止まることなくただ哺乳瓶を口に入れたまま、口を動かす事もしなくなりました。
あれこれと工夫をするも、子牛はミルクを飲もうとしないままです。
これじゃダメだと、牛飼いが一旦帰ろうとした時です。
ガタ、ガタ。
何かいる。
続けて聞こえる波の音。
天井にヒーターがある子牛だと生活に問題なく、人が入るとなると小さく屈まなくてはならない小部屋、波間に揺れる。
ここは山の上なのに。
子牛と二人、漂流し始める。
空いている窓から、見える。
白銀の波が。
子牛が入っている小部屋がたくさんある牛舎。
その小部屋全てが白銀の波にゆれている。
子牛たちは驚いている。でも心地いいのか、大人しく。
子牛が入っている小部屋、それらが揺り籠として静かに波打つ。
波に手を伸ばし、掴んだ。
水の様に冷たい、白銀の金属線。
それは石を持つかのようにするりと滑り落ちる。
この海に入ったらどうなるか、わからない。
ミルクを飲まない子牛はぼんやりしたまま。
子牛と二人、漂流する。
ガタ、ガタ。
波音とは違う音が、再び聞こえてくる。
子牛といる小部屋の屋根から。何かがいる。
黒い何かが忍び寄ってきた。触手に見える黒い細長い物が。
針金だ、これも針金だ。波打つ金属線と色が違うだけの。
黒い針金は赤い針金を差し出してくる。
それは拍動し見覚えがある形をしている。
子牛が、眠たげなまま導かれる様に立ち上がる。
押し留めようとするも、力強く振り切り、赤い針金に吸い付いた。
ミルクよりも早く、ミルクと同じ様に。
赤い針金を瞬く間に吸い切り、黒い針金を吸い続ける。
黒い針金はいつしか白い金属線に変わり、子牛は力強く飲み続ける。
この世の全てを飲みつくす。
いつしか、牛舎を満たしていた波打つ白銀の金属線はなくなり、あとわずかに子牛の口元に残るだけになりました。
それも音と共に飲みつくします。
小部屋の窓からはいつもの牛舎があるのみです。
ただ子牛が入っている小部屋や棚や道具の場所が大きくずれたのが、今の出来事が事実だと伝えてきます。
針金を吸い、飲み切った子牛が一緒に小部屋に入っている人に頭を擦り付けます。
ミルクを飲ましてほしいと言っているようでした。




