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フィラデルフィアの夜に夢を見ます。
朝になり、昼になり、夕暮れ時になり、男は何かを探す。
誰も近づかないゴミの山。不法投棄のゴミの山。
男は見つけたスコップ一本で掘り続け、何かを探す。
汚れも臭いも疲れさえも気に留めず。
再び周囲は暗くなり始め、再び夜になり始めた頃。
穴を見つけた。
深い深い、何も見えない穴。
何年も着続けた一張羅を汗と汚れで腐敗した様な悪臭を放つ男は、そこで今日初めて動きを止めた。
立ちすくみ、熱くなった体に冷たい汗が流れる。
夢を信じろ。
男はその穴に飛び込みます。
勇気を振り絞って、夢を信じて。
今日、ここまで夢で見た通りなのだから。
細い針金に導かれる夢の通りなのだから。
男は長い夢を見ました。昨日の夜から今日の明け方の事。
今日の目覚めから寸分違わない夢の事。
手首に細い針金がいつの間にやら絡みつき、その針金がゴミの山に続いていました。
そして見たかった物が、その夢の中で展開されていたのです。
もう一度見れるのなら。
男はその思いで、一歩踏み出し穴へ飛び込んだのです。
夢を信じて。夢だけを信じて。
穴は深く深く、男を飲み込んでいきます。
どれだけ穴の中へ落ちていったのか。
歯を食いしばり、汗を噴き出しながら男は真っ暗な中を凝視すべく目を瞬きせずに見開き続けています。
手首が、男を導く細い針金は未だ下に続いていて、それは夢の通りです。
歯が砕け始める音が耳に入り始めた時、落下が止まりました。
蜘蛛の巣の様な、鳥の巣のような、何かに包まれて。
落下の衝撃がきっかけに針金が淡く、微かに光り出す。
仄かに、夢を描き出す。
男の夢、希望。
見失って、ほんの僅かに心の中にだけあったもの。
遠い過去からの夢。
それは英雄になる事。
最近見たかった夢。
それは家族を持つ事。
勇気を持てず、英雄になれず。
心を壊し、家族もいない。
それでも、見たかった物が展開されています。
光り出す針金が、暗闇の中で輝きながら、夢の輪郭を模って。
夢でいいから見たかったものが、涙で滲む現実となってここに表れているのです。
哀れに思える今の自分に、輝く夢に目を背けました。
歯が砕ける音と共に、目をこれ以上なく見開き、涙を垂れ流しながら、夢を見続けます。
男は汚れた手を口に入れ、砕けた歯を取り出します。
元々虫歯だったからちょうどいい、と思いながら。
いつもと変わらない夜に。
男がもう十分だと思った瞬間に、手首に巻き付いた針金は輝く夢の針金とは別の方向に誘いました。
外に戻る道へ。
長い長い穴を、細い針金が頑丈に編み込まれただろう梯子を一歩一歩昇りながら、疲れても休みがたい道程を、時間をかけて登っていきます。
暗くつらい道のりではありましたが、体の限界を超えて登っていきました。
目の前にあるのは夜。
変わらない日々の暗い時間。
男は街灯と月明りが照らす穴を、目の前にあった鉄板で塞ぐ。
一瞬空を見上げ、目の前を向く。
今、見れるものを見据えて。
汚れ切った一張羅に身を包まれながら。




