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フィラデルフィア夜に、増えます。
昼間は人が多い場所も、夜になると雰囲気は変わるものです。
夜の美術館に、革靴で歩く音が絵画や彫刻が聞いています。
警備員が懐中電灯を片手に、歩いてくる音です。
とは言え今まで夜に異状が起こった事は一度もなく、この業務はいずれ廃止されると言われています。
今は暗い中わずかな事も見逃さないよう、佇む絵画や彫刻の顔を照らしていく。
部屋と部屋を繋ぐ通路にも彫像が並べられ、足取りと共に数えていく。
ひとつ、ふたつ、みっつ。よっつ、いつつ、むっつ。ななつ、やっつ、ここのつ。
じゅう、じゅういち、じゅうに。…………13。
急いで踵を返し、通路の始めに戻る。
ひとつ、ふたつ、みっつ。よっつ、いつつ、むっつ。ななつ、やっつ、ここのつ。
じゅう、じゅういち、じゅうに。
さっきのはなんなんだ。
急いで踵を返し、通路の始めに戻る。
ひとつ、ふたつ、みっつ。よっつ、いつつ、むっつ。ななつ、やっつ、ここのつ。
じゅう、じゅういち、じゅうに。…………13。
またさらに、戻る。
ひとつ、ふたつ、みっつ。よっつ、いつつ、むっつ。ななつ、やっつ、ここのつ。
じゅう、じゅういち、じゅうに。
さっきのはなんなんだ。
再度踵を返す。
ひとつ、ふたつ、みっつ。よっつ、いつつ、むっつ。ななつ、やっつ、ここのつ。
じゅう、じゅういち、じゅうに。…………13。
13に懐中電灯を照らす。
ただの彫像だ。大理石で作られた、はずの。
13を目の前に通路の始めから懐中電灯を照らし、再び13を照らし出す。
それは今まさに、いなくなろうとしていた最中でした。
固いはずの大理石の彫像が、溶けるように解けるように、姿を消そうとしていた只中だったのです。
それは犇めき蠢き蚯蚓の凝集の如く、その場から逃げ去ろうとしている様子でした。
「待ってくれ」
警備員の声を聞かず、その姿はいなくなったのです。
慌てて手を伸ばし掴んだ、数本の針金を残して。
それは紛失した彫像でした。
もはや写真の中だけでしか見る事の出来ない、昔の彫像です。
この美術館に飾られていてどこかに貸し出されたきり、行方知れずになった。
それがこの夜に戻ってきたのです。
どうした事か、一人でに動く針金をもってその姿を再現して。
真夜中、彫像12体が飾られている通路に13体目が鎮座していることがあります。
昔は自らがいた場所に、新たな彫像が飾られているためその横に座りながら。
人の気配が来るたびに素早く犇めき蠢き存在を知られないようにしながら。
ただ、高性能の監視カメラ越しにその姿を見る事ができるのは秘密でした。




