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フィラデルフィアの夜に、針金が見ます。
寝苦しい夜の事です。
寝ようとしても眠れない者にとって、その夜は何よりも永く続く様に思えます。
思わず目を開けても世界は未だ真っ暗で、手を伸ばした時計は深夜から一向に時間が進みません。
それでも眠らないといけないと、一心に目を閉じます。
また、全く同じ動作を繰り返すだけだとしても。
暑く、湿って、寝苦しい。
冷房を寒いくらい効かせても、暗い部屋をさらに漆黒に変えても。
直ぐに目が明き、時間は遅々としか進みません。
また、目が開いた時。
思わず目を擦った指がおかしい。
痛い?
それは何か刺さった感触。
目は見えている。時間が進まない時計のバックライト。それが見えている。
いや、見えていない。
左目と右目で、世界が違う。
「ガァ」
カーテンの向こう。月夜にカラス。
その胸元。見覚えのある目の形が、存在している。
光を弾いて光る針金で作られた目の。
右目を閉じた。
自分が闇夜のカラスを見ている。
左目を閉じた。
自分自身が見えた。左目を閉じ、右目のある部分に何もない、自分自身が。
自分自身が見える。
自分自身が見える。
自分自身が見える。
自分自身が見える。
自分自身が見える。
自分自身が無数に見える。
左目だけでカラスがいる外を急いで確認する。
右目を胸元に着けたカラスが、こっちを見ている。
数えきれない程。
目を、これが我々の勲章だと言わんばかりに。
「ガァ、ガァ、ガァ」
カラスが飛んだ。
一斉に。
右目を胸元に着けたまま。
黒い塊が、遥か空へ飛び立つ。
真っ暗だった世界。
そこからすぐに宝石の様な光り輝く街が現れた。
脳を破壊しかねない程の輝きが、飛び込んでくる。
住んでいる街。その街の姿か。
風に乗り、さらに空へ。
低い雲を抜けた先。星々。
夜に向かって砕けた水晶を掴んで放り投げた煌きが、無数に突き刺さって来る。
いつもなら何も感じない光が、いつになく綺麗に思える。
無限と言える視野が、この世界の色を全て知覚してくる。
これはカラス、カラスの感情なのか。
ひどく楽しく思える。
ありとあらゆる空の色を、無量の視覚が確認する。
そして、大きな光が、空を一気に青く変えてきた。
朝だ。
朝が来たのだ。
気が付くと光が差し込んできています。
眠っていたようでした。
右目は触っても、鏡で見ても、いつもの目でした。
ただ目を閉じれば、あの光と感情を思い出せました。
あの信じられない限りのない視野視界と。
「ガァ」
たまにカラスが夜に訪れます。




