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フィラデルフィアの夜に針金が這いずります。
昼でも冷たく暗く静かな所は、夜になると異界と同然に思えます。
そこに落ち込んでしまった者は、自らは異物であると、排除されるべき物であると知る事でしょう。
暗くなった夜、廃屋から聞いた事のない音が聞こえてきます。
誰かそこに住み着き始めたのか、良くない何かが起こっているのか、近くに住む者がライトを片手にその廃屋へ覗き込みます。
動く物は何もない。それでも音はし続ける。
警察を呼ぶか。
そう頭は働きつつ、呼び寄せられる様に一歩一歩その廃屋へ入り込む。
明るかった時でも冷たく暗く静かな家、暗くなった今は空気が深海の如く息苦しい。
歩む。
その時。
床が抜け、更なる深みへ落ちた。
何も見えない。
ライトは粉々に壊れたと手探りでわかる。
音がする。蛇が這いずり回るみたいな音が。
異常な音はこれかとこれかと察するも、その音がどんどんこっちに近づいてくる。
体に、纏わりつく。
抵抗するも、長い髪が体に絡まると同じく、振りほどけない。
手足に、胴体に、顔にまで。
皮膚の上を走り回る。
不意に、周囲が見えました。
暗さに目が慣れた?
それにしては良く見える。
目の前には鏡。割れて捨てられた物か。
そこには古代の刺青を思わせる紋様が刻まれた自らの体。
特に顔。
隙間から覗き込む、眼鏡の様に紋様が走っている。
指先で触れる。
細い細い針金が、紋様を作っているとわかる。
鏡の先には同じく針金が走り、壁面を刻み、飾り立てている。
モノクロ絵画。
そう感じさせる描写が続く。
右にも左にも、床にも天井にも。
時に立体を作り、時に文字を連ねて。
長く続く物語。
それは誰かの記憶。
それがどうしてか、細い針金が記憶し、記録を残している。
廃屋の下の目的の分からない坑道で。
坑道に終わりが見え、梯子があります。
古い梯子でしたが、針金が補修し強化されています。
それを登り、地上へ戻ります。
久しぶりに見た光と色彩。
刺青同然に体に刻まれた針金は、ひとりでに坑道へ戻っていきました。
時たま、夜になるとまた音がします。
針金が誘う音です。
新たにまた作り上げた、刻み付けた、書き連ねたと誘う音です。
その人はライトを持たずそこへ向かいます。
針金に導かれ、廃屋の坑道へ一歩一歩向かうのでした。




