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フィラデルフィアの夜に針金が戻ります。
しん、という音さえも消えた夜の一室。
針金が転がっていました。
机の上、まだ新品の一切の癖がついていない針金です。
それをゆっくり、両腕が拾い上げます。
両腕が動く。
手早く素早く動き、ひとつの作品を作り上げる。
それは花。
どこかで、道端で咲いている花。
机の上に咲く。
すると、花は誰かの手により解体されていきます。
精巧な花は瞬く間に一本の針金に戻りました。
それをゆっくり、両腕が拾い上げます。
両腕が動く。
手早く素早く動き、ひとつの作品を作り上げる。
それは虫。
この部屋にいてもおかしくない、実物大の大きな虫。
机の上に佇む。
すると、虫は誰かの手により解体されていきます。
精巧な虫は瞬く間に一本の針金に戻りました。
それをゆっくり、両腕が拾い上げます。
両腕が動く。
手早く素早く動き、ひとつの作品を作り上げる。
それは人。
いないはずの存在。
作られた瞬間、毟り取る様に宙に浮き、解体される。
瞬く間に針金に戻され、その勢いのあまりに、針金が折れた。
手が、その自身から針金を伸ばす。
机の上、まだ新品の一切の癖がついていない針金です。
それがまた再び転がり、バラバラに千切れた針金は、音もなく机の下に落ちていく。
針金が人の両手の形を作り、それらが一人でに浮かび、机の上に転がってる針金を様々な形に作り上げていきます。
そうしてまた目の前、誰かがいるかの如く一本の針金に戻されていくのです。
そんな事、あってはならないと言いたげな、誰かの意思と手が遺されている様に。
音のない夜、針金と何かの二つの思いが存在する部屋。
毎夜毎夜、繰り返される創作と破壊。
部屋にはその二つの行為の残滓となる針金が積もっていきます。
この二つの行為に意味はあるのかないのか、問う声はありません。
針金の手が、人間の両手を作り上げました。
自身と寸分たがわないそれを。
それはまた解かれ解体され、一本の針金へと戻されていく。
夜、創造と破壊が繰り広げられていく。
誰も知らない、二つの意思だけが相対する時間。
わずかに光が入り込み、太陽が朝を告げると、針金が一本転がっているだけでした。
何も言わない、針金たちが部屋にいるだけでした。




