64
フィラデルフィアの夜に、針金が惑わします。
夜に、大急ぎで車が駆けていきます。
その中には顔を隠した男たち。その後ろには縛られた少女がいます。
物騒な夜、攫われてしまったのです。
誰もいない森の中を車はますます速度を上げ、真っ暗闇の中へ中へと突き進んで行きます。
男たちが潜んでいる闇に沈み込んでいるかのような小屋に着き、車のヘッドライトがその小屋を照らしたその瞬間でした。
小屋の前に、何かがいる。
古い小屋、その入り口前。
何かが蠢きのたうつ。
警戒と共に男たちは近づいていく。
音もなくそれは立ち上がった。
針金だ。それが人の形を取って、立ち上がった。
そして、縛り上げたまま車の中に閉じ込めている少女の姿となる。
一体なんだ。
男の一人が素早く車内をライトで照らす。
いない。
もう一度、小屋の前。
いない。
男たちの仲間がいるだけ。
消えてしまった、と茫然と口にして。
車の中、少女を縛っていたロープがテープが、転がっているだけでした。
少女の体と同じ量の針金が、絡みつきながら。
誰も見ていない夜の闇の中。
針金が一本、地面から伸びてきました。
それは螺旋を描き、絡み捻じり、巻き上がり、立ち上る。
それは隙間なく合わさり、人形を作る。
色付き始める。それも本物の人間の色に。
色も形も本物の、本当の本物となっていく。
最早、それはあの誘拐されたはずの少女そのものでした。
少女は気づきます。
ここは自分の家の近くだと。
それならあの誘拐された記憶はなんだったのか。
ちっともわからず、明るい光が零れるわが家へ入っていくのでした。
家族が心配して待っている家に。
それを月だけが見ていました。
誰も何もわからない夜の出来事を、月だけが見ていたのです。




