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フィラデルフィアの夜に、針金となっていきます。
美術館の裏から少女像が出されました。
著名な彫刻家の作品ではあるものの繊細な出来のため、光の下に出るのはとても久しぶりになります。
細心の注意を払い、美術館の入り口近くにアクリルケースに入れての展示となりました。
展示されるのを少女像の作者である彫刻家も手伝い、夜になってようやく作業は終わったのです。
職員にとっても彫刻家にとっても、明るい光の中その少女像は何も変わらず一点を見つめるだけだったと言います。
ドン。
何かの音。
大きく何かがどこかに激しくぶつかった音がしました。
一瞬、一瞬だけ皆がその方向に顔を、眼を向けました。
そして、また少女像に視線を戻した時。
少女像が消えた。
透明なアクリルケースの中、そこにある少女像。
代わりに針金が陣取る。
その少女像、その形を針金が形作る。
ぐにゃぐにゃぐにゃ、と顔に髪、服まで。執拗にまで正確に、針金で。
すると姿は崩れ、動き出す。
髪は、急激に伸び始めそのピアノ線の髪は、アクリルケースへ打ち立てる。
頭を振り乱さし、針金同士が擦れぶつかり合う不協和音を悲鳴、罵声、絶叫であるかの如く美術館中を知らしめていく。
自らを破壊するかのような速度で。
何もできない人々、絶望した顔で圧倒され続ける彫刻家。
針金となった彼女は、アクリルケースの中で竜巻として暴れ続ける。
光が、斜めから差し込んでくる。
漆黒だった闇だった夜の外が、柔らかな色彩を帯びてくる。
朝、その光が彼女をぼんやりと照らしてきた。
彼女は小さくなっていく。
針金が千切れ、小さくなっていく。
その千切れた針金は、虫のように這いながら、アクリルケースの穴から外に出ていく。
あっ、と気づいた彫刻家はその千切れた針金を捕まえようとするも、素早く逃げてどこかへ行ってしまった。
少女は、像だった、針金の塊となった少女は、朝日が上がる頃、いなくなってしまいました。
ただ美術館には壊れかけたアクリルケースがあるのみです。
少女像はもう、記録と人々の記憶の中にしかいません。
その中でただ、一点を見つめるのみです。




