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フィラデルフィアの夜に、ラジオが止まります。
スピーカーが、テレビが、パソコンが、携帯電話が、そしてラジオが。
見えない電波や内蔵されたデータによって音をその体から出します。
なんていう事のない夜の事です。
いつもと同じように動き続けていた、その機械たち。
音が止まる。
その瞬間。
街から音が消えたのです。
停電したわけでもなく、光だけは煌々と人を道を、街を照らし続ける。
充電や電池で動く、携帯機器でさえも。同じく、光だけ放ち、沈黙する。
パソコンやテレビの画面もまた動き続け、動きは音だけが止まっている。
聞こえていたエンジンやモーターでさえも、しん、と鎮まり返る。
人々の戸惑いの声だけが、街に微かに聞こえる。
音がする。
口をつぐんだ機械たちから。
それはごく一部のスピーカー、テレビ、パソコン、携帯電話。
あと全てのラジオから。
小さく。
ぶち
千切れる音。
そろり
静かに動く音。
そろりそろり。
大量に何かがゆっくり動いている。
そろりそろりそろりそろりそろりそろりそろりそろりそろりそろりそろりそろりそろりそろりそろりそろりそろりそろりそろりそろりそろりそろりそろりそろりそろりそろりそろり
音を放つ穴々から、色様々な針金が這い出してきた。
長い芋虫の如く、小さな蛆虫の様に、時に毛虫同然に。
針金がラジオ等の穴から這い出して来る。
それは地面を床を、埋め尽くすほど大量に。
混乱する人々。
絶叫や針金を攻撃する音がまた聞こえる。
針金は気にも留めず、歩みを止めた。
針金は、形を変える。
人に、多くの針金が寄り集まって人の姿に体を変えた。数百人分の人の姿に。
その姿で、手を合わせた。
一斉に、針金たちは合唱した。
声が、言葉にならない針金たちの歌が、街を支配する。
それはどれほど続いたのか。
短いようで永い時間が過ぎて。
声が、歌が終わりました。
針金の人は溶け出す様に姿を失います。
波打つように、その場から去って行きます。
元のごく一部のスピーカー、テレビ、パソコン、携帯電話。
あと全てのラジオへ。
音が戻ります。
街の音が元に戻ります。
スピーカーが、テレビが、パソコンが、携帯電話が、そしてラジオが。
見えない電波や内蔵されたデータによって音をその体から出します。
なんて事のない夜になるはずだった夜。
針金たちの聞き取れない歌が、轟き渡りました。
その夜、針金たちがなぜ這い出し歌い出したのか、誰にもわからないまま。




