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フィラデルフィアの夜に羊歯植物が生えます。
羊歯は原始的な植物で、少し暗く湿った物陰に好んで生え、しばしば気づかれることがありません。
生えだした姿は、先端を発条の様に縮こませ、人の頭にも思えます。
そんな羊歯が、小さく今年も生えたのです。
誰も知らぬ、石の陰で。
誰も知らぬ石の陰。
その昔、大きな戦いがあったと記している石の陰に、どれだけの人がそこを訪れたとしても覗く人はいません。
だから、気づかないのです。
針金が生えてきているのを。
そこには最初、ただの羊歯が生えてきていたのです。
羊歯は、まるで家族の様に一か所に数本が円を描き生えてきます。
大きなものも小さなものも、団らんを作るかのように、緑に丸めた頭を向き合って。
夜そこに、銀に輝く頭が入り込んできた。
その家族の中に針金が、一本紛れ込む。
初め、丸く。先端を丸く。発条の如く。
夜、伸び始め、先端は発条よりも丸みを帯びる。
さらに夜、銀の体をさらに伸ばし、先端は完全な球体へと変えていく。
羊歯は植物ですので、昼に伸びていきます。
羊歯は家族を昼に伸ばしていく。
針金は異形のまま、その家族に寄り添っていく。
緑の家族の中、針金は紛れ伸びていく。
先端をさらに丸く球体へ、今度は刻みを入れていって。
夜の度に先端は形を変えていく。
羊歯の緑は伸び、針金は伸び変わりゆく。
夜、月光。
そこに羊歯の家族が照らし出された。
一本、異形の羊歯。針金の。その先端。
人の顔が、そこにはあった。
戦争の石碑。その下に、苦渋の人の顔が一個知られることなく存在している。
家族にもなれない、羊歯に混ざって。
羊歯は胞子をつけ、風に載せて散布します。
そのために丸めていた頭の様な先端は大きく広げ、肋骨状の葉を全力で展開させます。
頭を向き合っていた日々は終え、緑の花を咲かせるみたいに家族は解散するのです。
針金を一人置いたまま。
苦渋の、苦悶の顔をした針金の羊歯は、物陰の中立ち尽くしていました。
春。
次の春。
さらに次の春。
また次の春。
石碑の陰に、針金の羊歯がいました。
苦痛の顔を向き合う四本の羊歯が。
その羊歯の顔は、顔を知られる事なく亡くなった、石碑に刻まれた者の顔だと誰が知る事でしょう。
次の年に、さらにもう一人増えるかもしれません。




