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フィラデルフィアの夜に、針金が芽吹きます。
倉庫は人が来ない限り、真っ暗になっています。
誰かが何かをしないのだから、光をつける必要がないためです。
真っ暗闇の倉庫。そこへ夜の帳が落ちると、漆黒が一切の音も立てずに満ちています。
誰も何もいない。
鼠も虫さえもいない。
音がする。
電気の異常でも、自然に壊れる音でもない。
走る音。細い長い何かが、高速で伸びて、走る音。
ひとしきり伸びたのか、音は止む。
静寂。
その中で、小さい小さい音が幾つも続いていく。
続いていく。
小さい小さい音が、いつまでも続く。
彷徨い歩く音は、止まった。
別な音が静寂を揺らす。
金属が軋む。擦れる。
扉が開かれた。
開くことがなかった倉庫に、風が吹き込んでくる。
外の新鮮な空気が歓声を挙げて、静寂を駆逐する。
その声の下、転げ落ちていく。
救援に来たような風を、見向きもせず。
転げ落ちる。転げ落ちる。
望みを叶えるために。
忘れ去られた倉庫。
その扉が内側から開けられ、音をがなり立てて風がなだれ込んでいきます。
悪臭漂うその中を、少しでも清浄にしようとする様に。
その扉の近くの崖。崖の下。
一個の芋が転がっている事に、誰が気づくでしょう。
そしてその芋が、不可思議な事になっている理由を、知る者はいないでしょう。
芋には目があります。無数に芽を出せるように。
その一つが明らかに人間の目と同様の形に抉れ、何かを見据えているかに思えます。
そしてその他の目から生えているのは、芽などではありません。
明らかに針金です。
長い長い針金が四方八方に伸び、邪悪な化け物にしか見えません。
芋は歩いたのです。
仲間たちが放置されて腐りきっていく中を、眼を作り、針金を伸ばし足を作り、脱出したのでした。
芋は、明るい日差しの下にいます。
伸ばしていた針金は抜け落ち、その下からは瑞々しい新緑の芽が顔を覗かせます。
眼は眠り、芽を伸ばしていきます。
芋はここで、成長を遂げることでしょう。




