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 フィラデルフィアの夜に針金が芽吹きます。


 車が行きかう道の側。

廃墟となった小屋。

そこに、誰もいると知られていない驢馬がいました。

なぜそこにいるのか、驢馬がしゃべれない以上わかりません。

 ただ、年を取り病にかかり、飢えていました。


 地面に寝そべり、ただ時間が過ぎるのを待つだけ。

もう何日も、何週間も。

声も挙げず、ほぼ動かず、虚空を見つめています。

前に出している、右前足を見つめます。

 夜の薄明かり、毛並みの色彩が、変わる。


 前に出している右前足。

その体毛が、鈍く光り出す。

その前足は輝く体毛と共に形を、姿を変えていく。

足先から少しずつ紐の様にほつれていく。

螺旋を描き出しながら、右足が針金へと変わっていく。

そしてその姿を次々に変えていく。

 普段感じていた痛みが消えると共に。


 よく分からない形、初めて見る何か。

針金が輝きながら地面を這いずり回り、次々に驢馬の前で姿を変えていく。

時に覚えている誰かの顔を取り、懐かしい世界が現れる。

遠い記憶を時に呼び覚ましながら。

かつての想いを味わいながら。

右足は変幻自在に動き回る。


 そんな右足に勢いが付く。

その拍子に驢馬の体が、より広い方へと引っ張り出された。

見ると、薄明かりに沃野が広がっている。

 右足の先から、自分の体から、豊かな野原が生まれている。

子供のころ走った、あの世界が。

 銀に輝く、草が芽吹き、花が咲いていた。

驢馬の周りに、新たな世界が広がった。





 朝。

もう、あの沃野は消えていました。

でもあの驢馬は立ち上がる事ができていました。

驢馬自身、もうあきらめていた足に力が入り、痛みをこらえながらも歩きだしました。

人目に付く事でしょう。

それが良い事になるか悪い事になるのか。

 驢馬はまたあの沃野を見る事ができるとどこか確信しながら、朝日の中を歩き出しました


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