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フィラデルフィアの夜に、針金が傍らに佇みます。
暗い病室に、機械の音だけが微かに聞こえてくる。
それは心臓の動きを捉えています。
今は規則正しく動く心臓。
ただ不意に想定外の動きを示す。
機械に繋がれたその人は、身動きできず今晩も身動きできず、寝転びます。
眠りにつくこともできずに。
静かな夜。聞こえるのはずっと機械の音だけ。
機械以外の音にはかえって敏感になっている。
そう思っていました。
機械のライトの灯りを、何かが遮っている。
気づかなかった。
細い何か紐みたいなのが数本、機械と自分の間にある事を。
暗闇に慣れた目が確認できた。
それは人の形を取っていると。
細い針金のような物が、人の姿を輪郭だけ取っている。
音も出さず、気配も感じさせず、いつの間にかこの病室にいます。
機械が叫び出す。
心臓が規則から外れて動き出した。
あまりに驚きすぎたのか、体も心臓も正常に動かすことができなくなっていたのです。
ただ目は、人の形をした針金を見る。
針金の人。
その心臓の辺り。
急に針金が集まりだす。
動いている。一定の速度で。
落ち着いた心拍で。
それを、輪郭だけの右手が手に取り、差し出す。
針金の心臓は、異常を示す心臓の元へ、置かれた。
心臓は置かれ、肉体へ入り込む。
入り込めば入り込むほどに、体に繋がれた機械の叫びは収まっていきました。
感じます。
夜にあるべき様な、ゆっくりとした心臓に、鎮まっていっていると。
心臓は規則正しく動き、それに伴い機械は一定の速度で反応をし続ける。
果てしなく永く続いた煩いが消えたとわかります。
ただ、身動きはできず、声もでません。
針金がまた手を差し伸べてきました。
「この心臓を元に戻そうというのか。あの患ったものに」
そう思いましたが、なおも体が動かないのです。
針金の手は、また心臓の位置に当てます。
また針金が出てきました。
赤い赤い、針金。血管、それを模したもの。
素人目にも、病んだそれとわかるもの。それに似せた針金。
それが痛みもなく、体から離れていくのです。
赤い針金は、右手の針金に絡みつき、するとその針金の体の左胸に行きつく。
心臓の様に動き出した。
かつての自分の心臓の様に、不規則に動きながら。
そのまま、針金が輪郭だけをとったその人が、やさしく見つめているかのように思えました。
急に部屋が明るくなる。
白衣の医者と看護師がなだれ込んできた。機械が異変を示したといいながら。
数十分に思えた時間は、そんなにまで短い時間でした。
明朝、レントゲンが取られる。
あの晩が嘘でないと教えるかのように、心臓には針金がその動きを助けていたのでした。




