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フィラデルフィアの夜に、針金が広がります。
地面を這い、壁を登り、針金が方々に広がっていく。
細い針金が、伸びていく、広がっていく。
人の足元に、道路の隅に、建物の端に、地下道を、茂みの中を。
そして降りしきる雪の上、真っ暗闇の中、音も立てずに。
聞こえてくるのは、声。
雑踏に、騒音に打ち消される声。
雪の中に飲み込まれていく、声。
誰が聞くこともない、その声は、歌でした。
針金が伸びていく。
細い針金が、気づかれることなく、伸びていく。
絡みつき、引き寄せ、また伸びていく。
何かを探すかのように。のたうち回る。
もう誰にも知られることのない地下室、その前で。
声が聞こえます。
歌が聞こえてきます。
もし誰かが、本当に耳を澄ませば聞こえる歌が。
その地下室から。
針金は意思を持つかのように、探し見つけては、地下室へ持ってきます。
光を。
それは捨てられた鏡や、金属。
暗い世界に光を与える、輝く物。
少しづつ少しづつ、光を、輝きを地下室に。
今はまだ暗いけど。
日が差してくる。
光が、地に満ちる。地下室には当たってこなかった光が。
でも今は。
狭い地下室を満たす。
「つみとが けされし わがみは いずくに ありても みくにの ここちす」
光と輝きに満ち満ちた樹が、地下室に立っていました。
針金が集め、様々なものを縛り上げ作り出した、最上の祈りが。
歌を呟く老人の目の前に。ありました。
目の見えない老人は、それに気づいているのかいないのか、歌を歌い続けます。




