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フィラデルフィアの夜に、呼びかける声がします。
街の雑踏に、紛れ込むようにそんな声がします。
「おおい、おおい」
そんな声でした。
行きかう大勢の人々の中、その声に反応したのはただ一人だけ。
気のせいかと思うも、その声はやはり耳に届く。
「おおい、おおい」
その人は誘われるがまま、進んでいく。
人々と車が行きかう、明るい街中からその声の元へ。
次第に暗くなっていく、世界へ。
夜、街が暗くなっていく。
歩くほどに。
人の気配が無くなっていく。
代わりに潜むのは危険。獣のような悪が潜む。
それは一人歩き進んでいく者も知っている。普段なら決して行かない奥へ行っていることを。
でも声がする。呼びかけが続く。
「おおい、おおい」
その声に従い、引き寄せられていきます。
知らない建物が増えていく。
地図に載っていない道に入っていく。
道は荒れ果て、砂利や土、ついには背の高い草を掻き分け進んでいく。
「おおい、おおい」
自分でも何をしているのかわからなくなっていく。
でも声が呼びかける。
「おおい、おおい」
だから進んでいく。
何かが、あります。
朽ちた建物。元は誰かの家。
その周りには雑草は生えておらず、きれいにされている。
「おおい、おおい」
声がします。その建物から。
誘われるがまま、入っていく。
暗く何も見えない。
持っていたマッチを擦り、中を照らす。
あるのは像。
教会で見た聖人たち。
薄明かりで見たシルエットはそう。建物に入り、さらに近くで見ます。
もう一度マッチを擦り、見ました。
確かにその像は、立体に作られた聖人たちの像。
でもそれは、異常なまでの執念で編まれた針金。隙間なく巻かれ銅像のようになっている。
鉄骨や残骸が巻き込まれ、かえって生々しく。
「おおい。おおい」
声がまだする。さらに奥から。
さらなる闇の中へ進んでいきます。
聖人たちに見守られながら。
マッチをまた擦ります。
聖人たちは厳しく、また優しくその歩みを護ってくれている。
「おおい、おおい」
声が近くで聞こえてきました。
マッチをもう一本擦り、照らします。
像が、一人でにでき上がっていっています。
そこには誰もおらず、ただひとつだけ動いていました。
針金、それ自身が。
的確に、精緻に自ら編まれ巻き付いて、巻き込んで。
驚きのあまり、その人はマッチを投げ捨て走り去ります。
気が付いた時には、街の雑踏の中にいました。
もう、声は聞こえません。
ただ、あそこまで丁寧に聖人たちを作っているのならば、そう邪悪なものではないとも思いました。
でももう、その廃屋に行くことも、誘う声も聞く事はなかったのでした。
「おおい。おおい」
いつの日かの夜に誘う声がまた、誰かの耳に届くかもしれません。




