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フィラデルフィアの夜に手が、光に照らされました。
その手には布が執拗な程巻かれており、それを解き現れた手を見て。
「あなただったの」
そう、つぶやきがひとつ、口からこぼれました。
それは暗い森。
夜の廃屋。朽ちた館。
少女が湿った空気の中を這います。
迷い、降りしきる雨を避けるため、やむなく屋敷へ入り込む。
落ち続ける雷は、唯一の照明で、古びた屋敷を難破船の如くに翻弄する。
朝まで、朝まで、朝まで。そう思いながら。
隅にうずくまり、恐怖に、風に闇に、雨に、振動に、音に、光に耐え続ける。
光、窓から空が壊れるような音と共に館を揺らし、刃物として刺してくる。
いる。人影が。
さっきの雷光の時にはいなかった、人影。
目の前に立っている。
雷はさらにその影を映す。
人形だ。
全身サボテンみたいな棘をまぶした、牧場で使う有刺鉄線で作り上げられた、人形だ。
雷鳴、雷光、振動。
雷に風が強くなり、次の光が落ちた時には人形はいなくなっている。
気のせい。夢。
そう思った瞬間、背後に気配を感じた。
暖かさとともに。
光。
朝日が、館の朽ちた窓にも差し込んでいました。
昨日の嵐の気配を全く打ち消した、太陽が覗いてきました。
人の気配がします。
少女は背中を押され、その人の元へ走り出しました。
あれは、なんだった?
少女は再び、森の中へ入っていきます。
数年が過ぎ、あの森の中に屋敷はあるはずはないと言われて。
十分な装備に仲間を連れ、昼でも暗さが残る森へ。
くまなく探し、陽が落ちる頃。
館が見つかりました。
更に朽ち果て、崩壊した館が。
そして、少女は思い当たる方へ進みます。
仲間と共に光を照らして。
奥へ。
少女が思っていた以上に、奥へ続いています。
半ば地下のその場所へ。
そうだ、ここに来たんだ。
思い出した場所。
ちょうどその場所に、何かがある。
人の形をした、何かが。
ミイラのように厚く布切れを巻き付け、きっと暖かっただろう、風化した毛布を一番外側に纏っていました。
少女はそれを取りました。
布を取ると。
針金。
編み上げられた、有刺鉄線。
「あなただったの」
そう言うと、また布をまた巻きなおします。
館から去る前、もう一度あの人形を照らすと。
もう、いませんでした。




