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フィラデルフィアの夜に、針金が鳴りました。
風に吹かれたのか、不法に捨てられた残骸の中から伸びる針金がピィィィィィィンと震え、
音を響かせます。
その音が消えかける頃、また再び同じ音が空気を震わせました。
でもそれは、山の中の事。誰にも気づかれる事も、耳にすることもない振動です。
そのはずでした。
草を掻き分け、何かが、誰かが来る。
落ちていた枝を踏み割り、足を進めてくる。
ぬかるみに意を関せず、こっちに来る。
人々が、一斉に人々が、あらゆる障害を、暗闇を乗り越え、やってくる。
針金はピィィィィィィンと竪琴のように一人でになり続けるばかり。
そこに津波の様に人々が四方から八方から、押し寄せてくる。
それは濁流の様に続いた。
朝、人々を救出することから始まりました。
湾曲した地層の様に人々が幾重にも折り重なり密集し、山となり、それは身動きひとつできないほどだったために。
窒息しかかった彼らをひとりひとりと、結び目を解き解くみたいに。
「音が聞こえたんだ」
その中の一人がうわごとを口にします。
手には何かを握りながら。
「行かないといけないと思った」
別な口が続く。
手が未だに動きながら。
「体の言う通りに動いたんだ」
手が、針金を折り曲げながら。
「『できる事があるだろう』そんな声が聞こえた、気がした」
残骸と組み合わせた、何かを抱きかかえ、なおも作りながら。
「できる事があったんだ。みんな、みんなできる事があったんだ」
自らの背丈より大きな、オブジェに取りつかれながら。
そこにいた全ての者が、針金を用いた何かを、オブジェを、アートを、作り続け、手にし、身に着けていたのです。
一体なにがあったのか、わからないまま。
いいえ。一つわかった事。
ピィィィィィィン
針金が竪琴のようにまた鳴りだした。
倒れ衰弱していた、全ての人間がまた再び動き出す。
動く死者の如く。
でも明らかに、嬉しそうに。
その創作を止めようにも、止まらなかったのです。




