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フィラデルフィアの夜に、針金が紅く燃え上がっています。
フィラデルフィアの片隅で焼却炉が炎を上げていました。
雑多に詰め込めるだけ詰め込んで火をつけられたその中身は、分別されるべき燃えないだろう物、毒物を拡散させる物、過剰に熱を放出するものまで。
炎に照らし出される闇色の煙を、夜をさらに黒くさせるかのように吐き出し続け、焼却炉は溶け落ちる寸前までに。
紅く、真っ赤に、出血したかの様に。
大きく重い蓋が、拡散する熱に、噴出する煙に煽られたのか、音を立て始め、開こうとしています。
少しずつその動きは大きくなって。
開いた。
地獄の業火が。
血の色の炎が、真夜中に噴き出した。
それは大きく立ち上がり、周囲を焦がし始める。
その中を、針金が伸びていきました。
一本だけだった針金が、次第に増えていき、編みあがり形作る。
それは人の像でした。
髪の長い、孕んだ女の姿を針金は作り上げます。
炎上する業火の中、熱に翻弄されているのかその女は動き、踊る。
踊る。
踊る。
真っ赤に灼熱した髪を振り乱して。
口を天へ向けた。
その口からは何かが出てきた。
遥か上空へ撃ち出され、外気と冷風にさらされ、どこかへ落ちてきました。
幾度も幾度も彼女は、天へ何かを打ち出していったのです。
朝、あの焼却炉は硫酸に浸されたかのように溶け落ちてました。
そこまで異常な程に炎が暴れ狂っていために。
女の像は、姿が見えません。
ボロボロになった編まれた針金の破片が転がるだけ。
そして、このフィラデルフィアにまた別な針金の像が方々に点在するだけ。
あの時彼女が口より打ち出した何か、それは緻密なまでに曲げられ巻き付けられた針金の像でした。
様々な物、または針金同士で間違いなく誰かが執念深く複雑に時間をかけて作り上げただろうと思わせる、芸術でした。
まだその存在に気付かれることなく。
守り神のように、あちこちで佇む。
焼却炉から身を乗り出し天へそれらを撃ち出した彼女の、あの晩の出来事を知られることもなく。
あの晩、彼女が空高く生み出した、それらは人々を見守るかのようでした。




