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フィラデルフィアの夜に、針金が穴を作ります。
一匹の蛾が、街灯に誘われひらひら飛んでくるも、力なく落ちます。
疲れ弱りきっていたために。
落ちたのは地面。
街灯の光が当たっているも、暗い。
いや、黒い。
何かが、何かがやってきている。
蛾が止まっているその地面に。
細いもの。長いもの。それらが、増殖するかのように、集まってくる。
蛾は、その上を動かない。
ただ疲れ切って止まっている。
蛾は、動かない。
もしここに見る人間がいれば、気づく。
黒い針金。それが蛾のいる一点に集まってきていると。
誰が? いない。 どうやって? わからない。
蛾は、微動だにしなかった。
蛾は、落ちていきます。
風にゆられ落ちる、葉のように。
蛾のいた地面。そこに集まっていた針金。
真っ黒な針金が黒い円形を形作った時、微塵の隙間もなく、地面の一点が漆黒に染まった時。
蛾が、その漆黒の中へ落ちていきました。
穴を作るかのように集まった針金、それは本当の穴へ変化した。
蛾は落ちる。
一匹、何の力も出さず、もてあそばれ、宙を返り。
漆黒へ沈む。
沈む。
闇へ。
何か、見える。
蛾は、複眼のうちのいくつかで、それを見た。
わずかな力を羽に伝え、本能のままに、そこへ。
何かが来る。何かが来る。何かが、こっちへやってくる。
光り輝く、炎の鳥。
闇の中から、羽ばたいて。
蛾は一心に向かう。
湧き上がる風をつかみ、体を浮かせ、飛翔する。
炎へ、光へ、地上へ。
不意に空いた穴を見ている者がいれば、それは不可思議な光景だったでしょう。
煌々と穴は光り輝きだし、何かが地上へ向かってきてました。
光が目がくらむほどになり、地上へ出るまさにその時。
出てきたのは、針金だけでした。
ぷすん、と炎が消えた残骸が、飛び出ただけ。
光もなく、何もなく、終わったのです。
何も意味はなく、終わったのです。
蛾は、力強く近くの街灯へ向かって行っています。
何も考えることなく、力の限り、光へ向かっていきます。
フィラデルフィアの夜に、不意に穴が開きます。
針金が集まり、穴を作り上げます。
その度に、何かが出ようとして、出ては来ません。
ただ残骸が飛び出てくるだけ。
蛾は。
無数の蛾は、光に輝きに導かれ、集まり舞い踊り、見守る。




