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フィラデルフィアの夜に、蛇が紡ぎ生み出していきました。
薄暗い半ば壊れた倉庫の中、捻じり編まれたワイヤーロープが輪を作って垂れ下がり、その前にうつむいた青年が立っていました。
その足元には滴がポタリポタリ落ち続けています。
震える顔をようやく前に向け、左手でワイヤーロープに縋り付く。
その時。
ワイヤーが解けていきます。
続けてそれは左手に絡みつき、同じように左手が解けていく。
いや、左手がワイヤーと化していく。
そして大きな、何かに変わっていったのです。
しなやかな、大きな、蛇に。
大きな口を開けて。
大きな口が、青年の頭から覆います。
青年の視界は真っ暗になりました。
光。
今日は満月なのか、雲が無くなったのか。
目の前には大きな蛇。
しなやかな鈍い鉛色の。ワイヤーで作り上げられた、蛇。
ただ傍らには青年が履いていた靴が片方だけ残されてます。
また月に照らされた部屋の様子は、青年がいたであろう壊れかけの倉庫のよう。
でもいるのは、蛇だけ。
不思議なのは自分の視点、視界。
そんな倉庫の様子、斜め上から見ている。
閉じることも逸らすこともできない、視界の中、蛇が動く。
グネグネ、活発に。
何か見つけ、口を開く。
鉄板。鉄屑。残骸。
そんなものを飲み込み続けてる。
すると、何かが出てきた。
次々と。次々と。次々と。
倉庫を満たすかのように。
もう、蛇のいる所だけが、唯一のスペースとなった頃、蛇がこっちを見据えます。
獲物を狙うように、体を九十九折にして。
口を開き、視界にまた再び覆いかぶさりました。
また、光。
満月が壊れかけの天井より覗いています。
そして照らすのは、苦痛。苦悩。
そんな題が相応しい、針金と廃材による作品群でした。
大きな手に杭が刺さったもの。
薄い苦しそうな顔に何本もの鉄棒が地面から浮かすように刺さったもの。
口だけの顔の人々が、何十人も捻じり合わさったもの。
虚ろな、がらんどうの目の顔。
人の、青年の感情をそのまま表したかのような、地獄。
無数、無限の地獄。
夜。
電灯の明かりの下、針金を編んでいきます。
あるのは感情。イメージ。苦痛。苦悩。
いるのはあの青年。
青年が何かを作り続けています。
自身のどうしようもないものを、痛みを、苦しみを、記憶を、表すために。
あの蛇のように。
あれは夢なのか現実なのかわからないけれど。
青年は作り続けます。
地獄を。
あの蛇のように。
自分が蛇のようになるために。
蛇が作り上げた、数多の作品に、見守られつつ。




