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フィラデルフィアの夜に、針金が軋みます。
ぎぃぎぃ金属の音を鳴らしながら、動く音です。
動くのは歩くため。歩くのは、向かうため。
一人の男が部屋の中、武器を構えていました。
その手には大きな銃。手元には爆弾。そして画面をにらみつけ覗き込む。
近頃、男の側で、怪しい人影を見るから。
人の心が無いと言われている男は、なぶり殺すと決めた。
何人もが男の手で闇へ葬られている。
今日は男の手で直々に。
扉を開き、奪い積み重ねた財産をもって用意した設備と武器を構え、歓迎の準備をする。
すると来ました。
何かが。
人の形をした、何かを男は画面越しに見ます。
じわり汗に濡れた銃を放し、駆け出す。
目の前の錠前に鍵を何個もかけ、脱出しよう。そう足を動かそうとした時。
もういます。
あの、何かが。
人の形をした、赤い何かが。
ぎぃぎぃぎぃ。
悲鳴もあげられず目の前に見た物。
網。
頭と胸に多く絡みついて。
線。
腕と脚に太く伸びていて。
血管。
そうだ、これは人の血管だ。
人の血管が独りでに歩いてくる。
ぎぃぎぃぎぃぎぃ。
針金で作った、血管の標本だ。
自分と同じくらいの大きさの、血管が。
ああだからだ。
今日自分が人を使わず、直々に処理しようとしたのは。
ぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃ。
何故、針金なのかわからないけれど。
ぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃ
ぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃぎぃ。
座り込む心ないと言われた男の元に、血管がやってきました。
足元まで歩いてくると、倒れ込むように、抱きしめるように、男に。
すると、血管は男の身体へと入っていったのです。
服を貫き、なのに傷一つ与えず、男の中へ。
泣き声がします。
頭の中、いくつも繰り返し溢れ出てきまず。
悲鳴が。
呪いが。
絶望が。
怒りが。
憎悪が。
それらの色に満たされた何百もの顔が。
忘れ去られていた、不幸が。
かつて心ないと言われた男が、泣いている。
無くした物を取り戻してしまって。
ずっと。
ずっと。
血管が浮き出てきても、ずっと。




