21
フィラデルフィアの夜に、針金が咲き乱れました。
フィラデルフィア、華やかな街。夜には光と喧噪に溢れ、不幸はまるで無いかのよう。
その暗い物陰の一角に、男がいました。
最後が一刻一刻と近づく男が。
物陰の闇には誰にも見られる事無く、忘れ去られているものが吹き溜まっています。
男はその一つです。
それは助けを叫ぶも、かき消された男で。
傷だらけの心と体を、さらけ出せなくて。
いつしか闇へ物陰へ、この世から捨てられるように。
出来るのはもう、凍える地面に病んだ身体をただ横たえるだけ。
「美しいものが欲しい。自分にふさわしい、誰も見たことのないような美しいものが欲しい」
男はもうろうとし始めた頭で願いを振り絞る。
辺りは汚いゴミばかりなのに、価値のないものなのに。
汚い闇に沈み込む、捨てられたのものばかりなのに。
しゃらん
音がします。
両手足から。四本の針金が跳んだ音。
それぞれの針金はがちりと周りのものにからみついていきます。
それは人の姿のようになりました。それは塔のようになりました。
それは十字架のように、それは花のように形作る。
次々に両手足から針金が飛び跳ね、次々に何の迷いもなく、ゴミに結びついていきます。
まるで何かに見えるかのように。
男が産み出していく。
男にとって美しいものが。その目にとって、すばらしい何かを。
しゃらんしゃらん
針金は止まらない。
男の最後の願いを叶えるかのように、速度を増してゴミに、価値のない物に絡みつく。
そして何かを、造形していく。
美しさを。
男はだんだんしぼんでいきました。
元々痩せこけていたのにさらに小さくなっていくのです。
男は幸せそうに縮んでいきました。
針金は次々に咲いていきました。
価値の無いつぼみが、美しく咲いていくように。
ずっと後のことです。
夜、自動車のライトが一瞬何かを照らしました。 青年はなんだろうと照らしたものに近づきました。
そこにはぼろぼろの服と多くの、人のような、塔のような、十字架のような、花のような、樹木のような、手のような、船のような、工具のような、寝台のような、犬のような、船のような、拳銃のような、凶器のような、胎児のような、文字のような、書物のような、杯のような、顔のような、砲台のような、車輪のような、木の実のような、鳥のような、様々なオブジェがあったのです。
数は千を超え、その一つ一つは青年の心を強く打ちました。
オブジェたちは多くの人に知られるようになり、世界中で開かれる美術展で不思議な感動を与えます。
これらを作ったのは誰なのか、一体どうやって、どうして作ったのか街中を探しました。
でもわからないまま終わり、数多くのオブジェは今日もどこかで咲き続けているのでした。




