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 フィラデルフィアの夜に針金が流れます。

まっすぐ一筋の線となって。

輝く糸のようになって。


 炎。

瞬く間に建物はそれに包まれる。

貪欲に手当たり次第飲み込み、それは大きくなります。

代わりに熱が、煙が、火そのものが沸き上がり、燃え上がる。

人が出来るのは、逃げ惑うばかりでした。


 彼女は逃げ遅れ、目の前にはもうもうと立ちこめる煙があるばかりでした。

それに熱、感じる炎。そこから弾き出せるのは混乱だけでした。

上に煙、下に熱。

ここにもどこにも、さっきまで安心できた場所がもういてはいけない。

当てなく駆け出し、ただ涼しい所をめざす。





 フィラデルフィアの夜に針金が流れます。

まっすぐ一筋の線となって。

輝く糸のようになって。


 痛み。痒み。

病。

 彼女の外見からは、それらしか見いだせない。

体毛は抜け落ち、火傷のようにただれ、何者も近寄らない。

暑いのか、寒いのか。

振るえつつ、その身体からは異様なまでの熱を発してます。

 せめて一人に。誰からも気付かれないように。

安らかになれる場所を求めて、さまよいます。


 そこには誰かがいて。あそこにも何かがいて。

ここへ行こう。誰からも見捨てられただろう場所へ。

そこは涼しい場所でした。


 ゴミとガラクタ。

いらない物が詰め込まれた部屋。

ほぼ隙間無い、誰も入ってこない所。

 わずかな空間に、痩せた身体を捻りこませ、入り込みます。

すると光が、差し込み照らし出す。

開けた一カ所に。


涙が、流れている。


そこにあったのは、女神像でした。

散乱した部屋の中、不自然なほど大きな身体をそびえ立たせて。

目から、一筋の線が、音もなく落ちてきます。

輝くそれ。床に落ちる。

そして不規則に転がり出す。

彼女は近づき知ります。冷たさ。それと金属。

 女神が目から出すそれは、針金。


 冷たさ、涼しさが欲しい彼女は、身をそこに横たえました。

滔々と流れ続ける針金の泉に。

舐め、不思議と渇きも癒やされて。

 そびえ立つそれが何なのか、身体にまとわりつくこれがなんなのか。

何も分からないまま。


 気がつくと辺りは影に覆われてます。

崩れた天井から覗くのは青。空。

 音もなく流れ続けた針金は、多少転がっているだけで流れは止まってます。

そしてあの像は。

崩れていました。


 割れた足下からは、空洞が広がるばかり。

残るのは少しの薄い外殻だけ。

あれは幻だったのか。

 彼女は不思議と身軽な身体を光の下へさらします。

その身の一部から柔らかな針金が伸びているのに気付いているのか、どうか。

駆け出して行く。

 一瞬、振り返り、駆け出して行く。


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