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 フィラデルフィアの夜に、針金が食べられました。


 雨降る真っ暗な陰の中、女がいます。

廃棄された鉄クズに手を伸ばし、飲み込むのは針金。

引っ張り出す錆び付いた針金を手で丸め、飲み込んでいく。


 女は子供を宿せません。

そう医者に言われ、何か、大切な物さえもその瞬間失いました。

飲み込みたくなりました。

食べたくなりました。

おいしそうに思えてきました。

針金が。


自分がおかしく感じながら、おいしく感じ、止められない。

陰へ、暗い中へ、誰にも知られない場所へ。

針金。

つややかで。すべすべして。ざらついて。かがやいて。

錆び付いて。鉄臭くて。

おいしい。



おいしい。


おいしい。




 ぐっ、と吐き気がします。

本来食べる物ではない物が、水たまりに落ちます。

それは大量で、彼女の正気の部分が、もうダメだと思わせるほど。


どれだけ吐いたのか。

水たまりの針金。胃液と水たまりの泥に汚れて、はっきりわかりません。



ぶる。

揺れます。針金が、揺れます。

ぶるぶる。ぶるぶるぶる。

水たまりの、胃液と泥にまみれた、針金が。

ぶるぶるぶるぶる。ぶるぶるぶるぶるぶるぶるぶる。

高速で揺れ動く、スライム状の何かとなって。

ぶびゅん。

大雨で海のようになったゴミ捨て場で、飛び跳ね、泳ぎ、宙を舞います。

魚よりも、なによりも早く。



 粘土のような泥をまとい、小高い場所にそれは立ち止まります。

こっちを、女を見ているかのように。

それは両手を自分の顔をぬぐうような、傷付けるような仕草を繰り返しました。


日が、照りつけます。

そこには木偶のようにも見える、針金と泥による人形が立っていました。

 その顔は、目と鼻と口が線だけで描かれた簡潔で、それでいて気高くきりりとした、彼女を見守るような顔でした。


 彼女は抱きしめ、そこを立ち去ります。

針金を口にしようと二度と思う事なく、光の中、その人形と歩いて行きました。


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