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 フィラデルファアの夜に針金が鳴ります。

ぴーん、とだけ鳴る単純な音だったそれは、次第に次第に様々な音階を持つように変化していきました。

音の元、それはただの針金でした。

残骸より数センチ伸びる、針金です。何の変哲もない、針金のはずでした。


 それは一体どの位昔からあったのか、わかりません。

ただ、偶然たまたま針金が虚空に伸びていただけ。

 あるの日の夜、ぴん、と少し撫でて音が。

それは子供の手。夜に迷子になった子供の。

危険な夜。さまよい歩く内に、触れました。

ぴん。

それは夜の街にはない音で。

 ぴん。

一瞬、気持ちを晴らす音で。

 ぴん。

いつまでも鳴らしてみたい、そう思える軽妙な音で。

小さい手が、幾度も触れ続け。

音が、増えていきます。

どこを弾けば、どんな音が鳴るのか、分かるように。

わずか数センチ。

聞いた事のある音楽、自由に演奏さえも。

その子にはそう思えて、弾き続けて。

その子だけの音楽、街の喧噪に溶けるまでの空間に。

 充実したリサイタルが。


 でもそれは突如として終わります。

その子を探す声が、リサイタルに入り込んだから。



 夜。

残骸から伸びる針金。

 もう誰も触れる事がないであろう、物体。でも。

ぴん。

 独りでに。

ぴん。

軽妙に。

ぴーん。

 あの子が鳴らした、音楽。

鳴らし始める。

誰も知らないリサイタル。

夜の喧噪に溶けてなくなる、リズム。

 夜、次第に複雑になる音楽。

ただの針金から。


 誰かが、その音に気付きました。

耳を澄ませ、マイクで音を収集し、聞き取って。

 誰が何のために演奏しているのか、探そうとします。

でも、探すには街はうるさく、わからないまま。


 針金は、ひととき意味を与えられた針金は。

その時の意味のまま、奏で続けました。

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