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初バイト、始めます。 2

「バイトですか……でも、いいんですか?」

「見てのとおり、猫の手も借りたいんだよ。少しでいいんだ」

 仕事にありつけるなんて思ってもみなかったことだ。僕は二つ返事で了承すると、すぐに露店の中へ入り、彼と一緒にレモネードを売り始める。

『かわいい店員さんね』

「あ……えと、ありがとうございます」

 時には大人のお姉さんにからかわれ。

『坊ちゃん、しっかりしてるねぇ』

「いえ、そんなことは……」

 時には初老のおじさんに褒められ。

『君いくつ? ウチの子よりしっかり者だわぁ』

「ははは……ありがとうございます」

 時には小太りの主婦と談笑をし。

 ようやく客足が落ち着いたのは、日が暮れてからのことだった。二人ともへとへとになって、店先の椅子に座って売れ残ったレモネードを飲む。

「いやぁ、今日は本当に助かったよ。ありがとう」

「いえ、こちらこそ、二杯もご馳走になっちゃって……」

「そんなの気にしないでよ。むしろ君のおかげで今日はたくさん売り上げられたんだから、奢らせてくれ!」

「俺のおかげ……ですか?」

 特に何かをした記憶はない。しかし彼は満足げに頷くと、レモネードを一口飲んで、言った。

「君はお店の前でレモネードを飲んでくれた。そして”作りものじゃない表情”で、本音の感想を伝えてくれたでしょ。だから人が集まってくれたのさ」

「それだけで?」

「そう、それだけ。だけどそれが、何より人の心を動かすんだ。誰だって味の分からない飲み物を買うのは怖いけれど、実際にそれを飲んでいる人がいて、その人が本当の笑顔で”美味しい”って言っていたら、信用できるでしょ?」

 確かにそうかもしれない。あの時、俺は本当に、このレモネードが世界一美味しい飲み物に思えていたし、何より、彼の気持ちが嬉しかった。

「人はね、何かを買うときに期待をするんだ。その期待を超えそうなものだけ、実際に手に取ってくれる。言うなれば僕ら商人は、いかにしてお客さんの期待を超えられるかっていうゲームをしているのさ」

「ゲーム、ですか」

「そ、ゲーム。君の嘘偽りのない表情や感想は、道行く人の期待を超えるために必要だった。もちろん、君があまりにレモネードを飲みたがっていたから声をかけたっていうのもあるんだけど、ほんのちょっぴり打算もあったんだ」

 それを聞いて逆にほっとする。見知らぬ子供に見返りも求めず優しくする大人がいるとしたら、それはよっぽどの善人かよっぽどの悪人だろうし、世の中には悪人の方が多いのだから。

「俺はちゃんと役目を果たせたんですね、よかった」

「それどころかバイトまでしてくれたんだ、ありがとう。これはバイト代だよ」

 彼は口の閉まった麻袋を僕に手渡した。ずしりと重い袋を振ると、ジャラジャラと小気味いい音が耳を満たす。中には金貨が一枚と銀貨が五枚、銅貨が三十枚ほど入っていた。レモネードが銅貨二枚、宿が一泊銀貨二枚だから、これは明らかに貰いすぎだった。

「こ、こんなにもらえないですよ!」

 彼は小さく笑って「そういえばこれも」と小瓶を手渡してくれた。

「レモネードの原液さ、余り物だけどね。お家に帰ったら飲むといい」

「でも……」

「言おうか迷ったんだけど、君はルノーグさんのところの子……だよね?」

 びくり、と背が伸びる。父の名だった。

 彼は真剣な顔で僕を見ると「やっぱりか」とつぶやいた。

「ルノーグさんはこの辺りで露店をやっていてね。駆け出しのころから本当にお世話になっていたんだ。それこそ、商売のイロハを教えてもらったって言っても過言じゃない」

 だから、と彼は続ける。

「今回のことは、本当に残念だったし苦しいよ。君が――リュート君がここにいるのも、たまたま遊びに……ってワケじゃないんだろう?」

 良かったら全部話してくれないか、と言う彼に、僕は事の顛末と今の状況をすべて伝えることにした。コップの中にある氷はすでに解けてなくなり、遠くからは楽器と喧噪の入り混じった嘘みたいに賑やかな音が響いていた。

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