宿命のあらわれ 1
薄暗い広間を照らす月明かり。玉座の後ろにある大きな窓から差し込む柔らかい月光以外に、光源となるものはなかった。
だだっ広いこの部屋は、王宮で王がふんぞり返って座っているのが印象的な「謁見の間」だ。
王宮との違いを述べるとすれば、ここが王宮でなく、ヴァンパイアの根城となった廃城であることと、俺が元・人間のヴァンパイアロードであることか。
でもまぁ、狭い意味では、俺もヴァンパイアの王と言って過言ではない。
剣と魔法の実力が支配するこの世界へ生まれ落ちてから17年が経った。ようやくここへ辿り着いたという安堵と達成感、同時にどこか物悲しいような気持ちになる。
しがない商家に生まれた俺は早くに両親を亡くし、7歳のときから自力でで生きることを余儀なくされた。幼い妹と俺を遺して、両親はあの世へ旅立ってしまったのだ。両親が死んだ理由は単純明快。自殺だった。
人の良い二人は友人を助けるためにと借金の保証人になった。それが運の尽きだ。よくある不幸な話だが、遺された遺族からすればたまったもんじゃない。友人は夜逃げし、自分たちが食べていくだけでも精一杯だった俺の一家に借金を肩代わりする経済力はなかった。つまり、借金地獄を抜け出す手立てなんて、どこにも残っていなかったんだ。
それからというもの、冒険者崩れの「はぐれ」が借金を催促するために毎夜家に押しかけてくるようになった。そのたびに両親は、俺と妹に「絶対に外に出てくるな」と言いつけてから、玄関の外で何やら話し込んでいたっけ。
ある夜、あまりに帰りが遅いから、俺と妹はこっそりドアから外を覗いた。そしたら、汚い地面に頭を打ち付けて謝る父と母の背中が見えた。優しく俺を撫でてくれる、無骨であたたかい父の手は、雨に濡れてぬかるんだ泥にまみれ、何度も、何度も、おでこを地面にぶつけては「もう少しだけ待ってください」と言っていた。隣では同じように母が地面に蹲るようにして、「お願いします」と震える声で呟いている。はぐれの一人がしゃがみこみ、父に何かを言った。
父はさらに強く地面に頭を打ち付け、「それだけは、どうか勘弁してください」と泣きじゃくる。はぐれは嫌な笑みを浮かべると、母を舐めまわすような目で見た。そのまま母の肩に手をかける。母はびくりと身体を震わせ、おびえた顔ではぐれと父を交互に見た。そして、ふと後ろを振り返った母と目が合った。母は俺と妹を見た途端にさっきまでのおびえた表情をやめて、いつもみたいに優しく微笑んだ。
次の瞬間、俺は言いつけを破って外に出た。両親を守らなきゃって、そう思ったんだ。
そこからのことは、自分でもよく覚えていない。
気がつくと、俺の右手には血がべっとり付いた護身用のナイフが握られていて、左手には妹が震えてしがみついていた。見下ろした先にはドクドクと血を流しながら倒れている「はぐれ」の男が二人。泥まみれの両親は、その場で泣き崩れていた。
「リュートを人殺しにしてしまった」と、誰かが言っていたような気がする。おそらく、父だった。
きっと限界だったのだろう、二人はその翌朝、首を吊って死んでいた。遺書も遺産も、何もなかった。それでも、俺と妹のもとにはぐれがやってくることは二度となかった。二人が俺たちを守ってくれたんだって、そう思った。
とにかくその日、よくわからないまま二人の死体を眺めて、とてつもなく死にたくなった。だけど死ねなかった。左手に妹がしがみついているのが分かったからだ。
その日から、俺が生きる理由は明確になった。
「俺と妹が生きていくために……そして何より、もうあんな思いをしないためにも、金が要る」
あの日を境に、柔らかな母の笑顔も、無骨で優しい父の手も失った俺は、全てと引き換えに金を求めるようになったんだ。
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