絶対にできない
ある晩おそく、いかつい青年が荒川の土手をノロノロと散歩していると、空き地の端にただひとりバットで素振りしている少年を見た。
異様であった。彼の練習ぶりが。まるでノルマに追われる証券マンのように必死だった。
心配になった青年は足をとどめ、何に必死になっているのか聞こうとする。少年は土まみれの使い古されたユニフォームに穴だらけの靴を履いていた。
「坊や」と青年は少年に近寄って声をかけた。
「坊やどうしたのだ、そんなに必死になって。何かあったのか。」
彼と少年の間に一瞬沈黙が流れた。すると彼は堅い口を開きこう言う
「俺野球ができないからこうして練習しているんだよ。」
さらに少年はさらにこう語った「でもいくら練習しても無駄なんだけどね。」
青年は腑に落ち彼の粉骨する姿に感銘を受けた。興味がわいた青年はさらに少年に問いかける。
「君バッターなんだよね。打率いくつ?」青年は少々馴れ馴れしい気がしたが聞いてみた。
すると少年は予想だにしなかった数字を打ち明けた。
「3割1分だよ。」
青年は驚き呼吸が狂った。彼の口からまさかそんなに高い数字が出てくるとは思わなかったからだ。同時にそれだけ高い打率でなぜ野球ができないのかと青年の頭の中には疑問符が乱舞する。
少年はまた話し始める「今日の試合でも2打席2安打だったよ。しかも両方スリーラン。でも点取れなかった」。
「何があったの?」と青年は問いかける。
少年は答えた
「僕が孤児だからだよ。ホームがどこにあるかわからないの。」
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