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第九章 -1+2=+1

 家の最寄り駅から始発電車に乗り、大きな駅で乗り換えた。封筒に書いてあった市の名前は、この駅から特急で数時間の地方都市。そこからさらにローカル線で何駅か先が、お父さんのいる街だ。

 あたしは窓際の席に座り、次々と飛び去る景色を眺めていた。どんどん家から離れてゆく。

「お父さんと、うまく会えればいいけど……」

 あたしは少しだけ不安になってきた。もし今日中にお父さんと会えなかったら、どこに泊まったらいいんだろう?

「なるように、なる」

 うーたんが言った。

「うーたんはいつもポジティブだね」

「ちがう。『なるようになる』、いみ、『なるようにしかならない』。うーたんとてもねがてぃぶ」

「ふぅーん……」

 ずいぶん早起きしたせいか、眠くなってきた。目的地までだいぶあるし、あたしはしばらく眠ることにした。


「はるか!」

 後ろから大きな声で急に呼びかけられ、あたしはびっくりして振り返った。

 一眠りして目を覚まし、お手洗いに行って席に戻る途中だった。呼びかけたのはあたしと同じ歳くらいの女の子で、振り向いたあたしを見て目を丸くした。

「あ、ごめんね! 人違い」

 その時あたしの席の方から、

「のぞみ!」

 と、うーたんの声がした。そっちを見ると、うーたんはあたしじゃなくて誰か違う女の子に呼びかけている。

 ふと、その子があたしの方に振り返った。あたしとその子は、すごくよく似ていた。


「……!」

「!!」

 あたしとその子は、目を丸くしてお互いに見つめ合った。

 本当によく似ている。顔だけじゃない。背もちょうど同じくらいだし、体つきなんかもそっくりだ。

「あ、はるか~。こっちこっち」

 さっきあたしに声をかけた子が、その女の子――「はるか」に手を振った。そうか、この「はるか」って子とあたしを見間違えたのね。でも無理もない。

 はるかはゆっくりと、あたしの方に歩いてきた。

「はるか、この子親戚? すごい似てるね!」

 はるかのお友達は人見知りしないタイプらしく、あたしにも人懐っこい笑顔を見せながら言った。

「さあ? 会ったことないと思うけど~」

 はるか、は、訝しそうにあたしを眺めた。

「のぞみー」

 席の方からうーたんが呼んでいる。座席の背もたれの上からちょこんと顔を出して手を振っていた。

「あ、あの……、じゃあ……」

 何が「じゃあ」なのか分からないけど、あたしはなんだか慌てちゃって、とりあえずそう言った。

「あ、う、うん。じゃあね」

 はるかも少し緊張した様子でそう答えると、お友達と一緒に自分の席に戻っていった。


 電車はドーム型の屋根に覆われた駅の構内にゆっくりと滑りこんだ。ドアの前で待っていたあたしは、停車すると一番にホームに降りた。

 目的地に一番近いターミナル駅。ここで最後にもう一度、電車を乗り換えればいいはずだ。

「ええと……」

 あたしは掲示されている路線図を見上げた。目的の駅はすぐ見つかった。ここから五つ目だ。

 階段を下ってホームに降り、空いているベンチに座った。離れたところで二、三人が電車を待っている。反対側のホームの向こうに広がる青空を見上げながら、あたしは大きく伸びをした。

 ふと、ホームの時計が目に入った。もうお昼をまわって大分経っている。今朝家を出た時にはもっと早く着くかと思ってたんだけど……。何しろあたしはスマホを持っていないから、駅の案内を見ながら行き方を探したり、駅員さんに聞いたり、途中の大きな駅で迷ったりしているうちに随分時間がかかっちゃったんだ。

――これじゃ本当に、今日中にはお父さんと会えないかも。

 目的の駅に着いてうろうろ探してたら、きっとすぐ夕方になっちゃう。夜になったら……。公園とかにいるには寒すぎるし、だいたい危ないし。かといって人通りの多い場所でうろうろしてたら、警察に捕まっちゃうかもしれない。どうしよう――。

 そんなことを考えていると、

「あれっ」

 後ろで聞き覚えのある声がした。振り向くとそこには、さっきの「はるか」が立っていた。


「また会ったね」

 はるかが言った。

「この電車乗るの? あたしも」

 電車がホームに入ってきた。あたしとはるかは一緒に乗りこみ、向かい合ったボックス席に腰を下ろした。

 のんびり座って電車に揺られながら、落ちついてはるかの顔をよく見てみると、ますます似ている。はるかもあたしと同じことを考えているみたいだった。

「あ、あの。あたし、西条のぞみ」

 沈黙がちょっと気まずくて、あたしはとりあえず自己紹介した。でもそれで、はるかの表情が少し和らいだ。警戒を解いてくれたみたい。はるかはお友達と違って人見知りする子なんだろう。

「あたし、谷崎はるか。苗字も違うし、親戚とかじゃないと思うけど、あたしたち似てるよね。驚いちゃった」

「うん! あたしも!」

 お互いに緊張が解け、あたしとはるかは笑い合った。初めて会った子だけど、友達になれそうな気がした。あたしのこういうカンて、結構当たるんだ。

「えっと、はるか、中学生? あたしは中二」

「あたしも! へえ、同い年なんだ。なんかあたしたち似てるし、もう一回会っちゃうし、不思議だね」

「そうだね。なんか運命的だね!」

「何それ~。ウケる!」

 はるかは笑った。

「のぞみ、どこまで行くの?」

「えっと……」

 あたしは目的地の駅名を言った。

「えー、マジで? あたしんちもその駅だよ」

「えっ、そうなんだ」

「近所に住んでるのに、今まで知らなかったんだね。どこの中学?」

「あ、えっと、違うんだ。その……」

 あたしは口ごもった。はるかは黙って、あたしの足元に置いてあるスポーツバッグをちらっと見た。

「ねえ。……もしかして、のぞみ、家出?」

「え、ええっ」

「そうなんでしょ。隠さなくていいよ。誰にも言わないから」

「…………」

 確かにこれも家出と言えば、そうなのかもしれない。本当はちょっと違うけど。

「今日どこに泊まるの?」

 あたしは黙って首を振った。するとはるかは、なぜかちょっと嬉しそうな顔をして言った。

「ねえねえ、じゃあさ、うちに泊まりなよ!」

「ええっ」

 それは願ってもない話だけど……。

「で、でも。はるかのお父さんとお母さんが何か言うんじゃない?」

「大丈夫。今日、うち誰もいないから」

「そうなの?」

「うん。ママは仕事が夜勤で、明日の朝まで帰ってこないんだ。パパは、なんか今朝電話がきて急に出かけちゃった。今日は帰れないかもって言ってたから」

「でも……、いいのかな」

「いいって! あたしも一人で退屈だもん、泊まってよ。明日は日曜だからゆっくり起きればいいし、遊ぼうよ」

 はるかの眼差しはあたしに期待している。

「うん、じゃあ……。今日、泊めてもらうね。ありがとう」

「やったー」

 はるかは嬉しそうに言った。


 はるかと一緒に改札を出ると、海の匂いがした。そこは小さな港街だった。

 はるかの家は街の高台にあって、道は駅から緩やかな上り坂になっている。少しづつ登って行くに従って、遠くに海が見えてきた。

「きれいなところだね」

「そっかなー。田舎だし、あたしはもっと都会の子だったら良かったなー」

 はるかは笑いながら言った。

「あ……、あれ見て」

 はるかが海の方を指差した。見るとはるかの指先のずっと向こうに、白い塔のような建物がある。

「あれ何?」

「灯台だよ」

「灯台?」

「そう。昔のやつ。今は使われてないけど、中に入れるようになってるんだ。デートスポットなんだよ!」

「で、デート……」

 その時だった。何か変な感じがして、あたしは反射的に後ろを振り向いた。

「……?」

 見晴らしのいい、幅の広い坂道。誰も歩いてる人はいない。別に何も、変わったことはない。

「どうしたの?」

 先に行きかけていたはるかが聞いた。

「あ、ううん。なんでもない」

 あたしはそう答えると、小走りではるかを追った。


「待ってて! ジュース取ってくる」

 はるかはあたしをリビングに座らせると、慌ただしくキッチンに行ってしまった。

 一人残されたあたしは、部屋の中を見回した。はるかの家のリビングは、どことなくあたしの家のリビングみたい。なんだか落ちつく。

「あー、疲れたねえ、うーたん」

 人のお家なのに変だけど、あたしはすごくリラックスしてソファの上で背中を伸ばした。

「うーたん?」

 返事がないので見ると、うーたんは部屋中をピョコピョコ歩き回っていた。あちこち匂いを嗅いだり、耳をパタパタ動かしたりしてる。

「どうしたの?」

「うさぎ、あたらしいばしょ、ようじんぶかい」

 うーたんは振り返りもせず言った。

「ふーん」

 あたしはソファにもたれ、うーたんを眺めた。うーたんは庭に出る窓にかかったカーテンの隙間から、外を覗いている。

「おやつ持ってきたよー!」

 クッキーとジュースの載ったトレイを抱え、はるかがリビングに戻ってきた。


 あたしたちはおやつを食べながら長い間お喋りした。と言ってもはるかはすごく喋るし、あたしはどちらかと言えば無口な方だから、ほとんどあたしが聞き役だった。学校のことや友達のこと、部活のこと、テレビのこと、芸能人のこと……。そういう些細なことを、はるかはずっと喋り続けた。あたしはふと、はるかは寂しいのかな、と思った。はるかはまるで小さな金魚みたいだ。ぱくぱく。ぱくぱく。小さな泡みたいな空っぽの言葉を、口から次々と吐き出し続けている。

 ふと、はるかが真剣な顔をした。

「……ねえ、のぞみ。聞いてもいい?」

「なあに?」

「のぞみはなんで家出したの?」

 はるかは遠慮がちにそう聞いた。

「うん……。本当は、家出っていうのとちょっと違うんだけど。あのね、あたしお父さんを探してるの。この街のどこかで、住所は分かるんだけど……」

――あ、そうだ! 

「ねえはるか、スマホ持ってない? インターネットで行き方を調べたいんだ」

「はるか、スマホまだ持たせてもらえないんだ」

「そっか……」

「でもお母さんに頼めばいいよ! 明日のお昼ぐらいには帰ってくるから、そしたら頼んであげる」

「本当!?」

 行き方さえ分かれば、明日にはお父さんに会いに行ける。あたしは嬉しいような、緊張するような、おかしな気持ちになった。変なの。自分のお父さんなのに。

「……ありがとう、はるか」

「いいよー、それぐらい!」

 あたしは、はるかの顔をじっと見つめた。はるかって最初はちょっとぶっきらぼうな感じがしたけど、優しい子なんだな。

 その時ふと気づいた。

 今まで、「何か探して困ってる人」は、向こうから現れた。うーたんの言った通りだ。拓海くんのママ、アリスお姉ちゃん……。そして今こうして、はるかと会ったってことは……。

 あたしは服の上から、魔法少女の印をそっとなでた。

 あたしはまだ、見習いだ。早く三つ目の印を手に入れて、一人前の魔法少女にならないと。でないとお父さんと一緒に戦うどころか、足でまといになっちゃうかもしれない。もしはるかが何か探して困ってるなら、魔法でお手伝いできれば……。

「ねえ、はるか」

「ん?」

「はるかってさ、もしかして……、その……、何か探して困ってたりしない?」

「は?」

 はるかは呆気にとられてあたしを見た。しまった。変な聞き方しちゃったかな。

「あ、えっと。ていうか、その、ほら……。例えばなんか悩んでることとか……」

「えっ!?」

 はるかが大きな声を出した。

「のぞみって……、もしかして……」

 や、やっぱりちょっと軽率だったかな? 変に思われたかも……。

「もしかして霊感とかある!?」

 はるかは勢いよく身を乗り出した。

「へ?」

「こないだテレビでやってたの見たんだ! なんかね、オーラが見える人がいるんだよ。そんで、相手のことがいろいろ分かっちゃうの!」

「え……」

「のぞみもそうなんでしょ!?」

「え、えっと。ちょっとそのテレビの人とは違うと思うけど……」

「すっごーい!」

 どうしよう。はるか、何か勘違いしちゃったみたい。

「ねえねえ、それであたしのことがどういう風に見えたの?」

「えっと、よく分かんないけど……。寂しがりやなのかな、って」

「すごーい! 当たってるかも~」

「えっと、それで……。何か悩んでることとか、ある?」

 その瞬間、いつも明るく笑っているはるかの顔が曇った気がした。でもそれは本当に、一瞬のことだ。

「何それ~! はるか、別にそんなのないよ~」

「そ、そう」

「あっでも学校の担任が超ヤな奴で! それは悩んでる! あとお小遣い少ないとか……」

 まだ窓のところにいたうーたんが、シュッと小さな音を立ててカーテンの隙間を閉じた。


 一緒に夕飯を食べ、順番にお風呂に入った後、はるかはお客さん用の布団を自分の部屋に敷いてくれた。

「はるか」

 お布団に潜りこみながら、あたしは言った。

「本当にありがとう。はるかが泊めてくれなかったら、今日は公園で寝なきゃいけないとこだったよ」

「だめだよ、風邪ひいちゃうよ。のぞみってけっこう無茶するね~」

 はるかは笑った。

 もうだいぶ夜遅い。はるかは小さなライトだけを残し、部屋の灯りを消した。それでもまだ話し足りないみたいに、薄暗い部屋でお喋りを続けている。

 うーたんはとっくにスヤスヤ眠っている。あたしも疲れていたからか、はるかより先に眠くなってきた。

「……そんでね、その子がさあ」

 はるかはまだ、学校のお友達の話を続けている。

「……のぞみ、寝ちゃった?」

 はるかの声が聞こえたけど、あたしはもう半分眠っていて返事できなかった。はるかは話を止め、部屋は少しの間、静かになった。

「……悩んでるっていうか」

 はるかの呟く声が遠くで聞こえた。たぶん、独り言。

「あたし、ほんとはいない方がいいんだ……」

 はるかの言葉が終わる前に、あたしは眠りに落ちていた。


 翌朝は早起きして、はるかと一緒に朝ごはんを作った。トーストとベーコンと目玉焼きにサラダ。はるかはいつもやってるみたいで、すごく手慣れている。お母さんがお仕事で夜勤のことが多いから、とはるかは言った。あたしと同い歳なのに、はるかはしっかりしていて大人っぽい。

「ねえねえ、せっかくこの街に来たんだしさ、海の方まで行ってみない?」

 サラダを口に運ぶ手をふと止めて、はるかが言った。

「え? ど、どうしようかな……」

 あたしはちょっと迷った。本当は遊んでる場合じゃないんだけど……。でも昨日遠くから見えた青い海と古い灯台、ちょっと素敵だったな。

「どっちにしろ、お母さん帰ってくるまですることないし。行こうよ!」

「うん、それもそうだね……。じゃあ行こうか」

「やったー」

 はるかは食べ終わったお皿を手にして立ち上がり、キッチンに運んでいった。あたしもテーブルから立ち上がった。

 ふと見ると、うーたんがまた窓から外を覗いている。

「うーたん?」

 あたしが呼ぶとうーたんはハッとしたように振り返った。昨日から、どこかいつものうーたんらしくない。妙に大人しくて落ちつかない様子だ。

「うーたん、どうしたの?」

「のぞみ、そと、いく?」

「うん。どうして?」

「…………」

 うーたんは黙りこんだ。そして一言、

「……きをつける」

 と、言った。

「……え?」

「のぞみー! お皿洗っちゃうから持ってきて~」

 はるかがキッチンからあたしを呼んだ。

「あ、はーい」

 あたしは慌ててお皿を運びながら、何に気をつけるんだろう、と首をかしげた。


 空が、広い! 広くて、真っ青。

 海へ向かう道をはるかと歩きながら、あたしは空を見上げて深呼吸した。あたしがいつも見慣れている、背の高い建物の輪郭に削られた空じゃなくて、この街の空はただ空いっぱいに空だ。空は遠くの方で海に繋がっていて、その手前にあの白い灯台が見える。

 はるかが走り出した。笑ってあたしの方を振り返り手を振る。あたしも駈け出した。

 二人で笑ったりはしゃいだりしながら、海岸沿いの公園に辿り着いた。灯台も公園の中にある。近くまで行って見上げると、それはとても大きかった。

「中に入れるの?」

「うん。ほら、こっちが入り口だよ」

 灯台の建物の中は、少しひんやりとした、どこか厳かな空気が漂っている。あたしたちの他には誰もいなくて、とても静かだ。

「のぞみ、一番上まで登ってみようよ!」

 はるかがそう言い、上へ向かう急な螺旋階段を指差した。あたしたちはその階段を登っていった。ちょっと息がきれるくらいの長い階段だ。ようやく一番上まで登りきった時、あたしは思わず声を上げた。

「わあ、すごーい! きれい!」

 高い高い灯台のてっぺんから見渡す港街は、まるで絵みたいだ。

「すごいね、はるか。やっぱ来てよかった!」

 返事がない。

「……はるか?」

「あ、う、うん! きれいでしょ!」

 ぼんやりしていたはるかは、慌てたように振り返って笑った。

「はるか……?」

 やっぱり、はるかは何か探して困っているかもしれない。あたしのカンだけど。いつも明るく元気にしている、はるか。でもなんだか時々、無理にそうしてるように見える。

 あたしは海を眺めているはるかのそばへ行くと、隣に並んだ。

「ねえ、はるか。あのね……。やっぱり何か、困ってることとか、悩んでることとか、ない? よかったらあたしに話してみてほしいな……」

 はるかはしばらく黙っていた。そして少し迷いながら、ゆっくりと話し始めた。

「うん……、悩みっていうか……。あのね、あたし……、本当はいちゃいけない子なんだ」

「え? 『いちゃいけない子』って……、どういうこと?」

 あたしは昨夜寝る前に聞いた、はるかの独り言を思い出した。夢じゃなかったんだ。

「そのまんまの意味だよ。産まれてきちゃいけなかった子なんだ」

「そんな! 産まれてきちゃいけない子なんていないよ!」

「普通はね。でもあたしは別」

 はるかはきっぱりと言った。

「どうして別なの?」

「あたしがいるせいで、悲しむ人がいるから」

「え……?」

「本当だよ。あたしが何もしなくても、いるだけで誰かを悲しませちゃうんだ」

「う、うん……」

「それってさあ、あたしどうすればいいわけ? あたしのせいじゃないのに……」

「…………」

 あたしには言うべき言葉が見つからなかった。

「あ、ごめんね! 変な話して」

 はるかは慌ててあたしの方に向き直った。無理に笑ってる。

「う、ううん。でも、えっと……」

 頭の中で言葉を探す。そんなあたしに、はるかは笑いながら呟いた。

「大丈夫。あたしだって、誰も答えてくれないって分かってるから」

 あたしは、無理やりにでも何か言わなくちゃ、と思った。

「あ、あのね……」

 一生懸命考えた。そうしたら、ちょっといい考えが浮かんだ。

「あたし思うんだけど。もし本当に、はるかがいることで悲しむ人がいるなら……。はるかがいることで喜ぶ人をいっぱい作ればいいんじゃないかな?」

「え?」

「えっと、つまりね、はるかがいて悲しむ人が一人いて、でも、はるかがいて嬉しい人が二人いたとしたら……、それってつまりマイナス1プラス2で、プラスになるじゃん!」

 はるかは吹き出した。そして声をあげて笑った。あたし真面目に言ったのに、なんだかウケちゃったみたい。

「あははは……! お、おかしい~! のぞみって面白いこと言うね!」

「へ、変かな……」

「うん、ちょっと変わってるかも」

 だけどはるかは笑うのを止め、小さな声で言った。

「……ありがと」

「あたしは今ここにはるかがいてくれて嬉しいし、泊めてくれてすごく助かったし。それでもうプラス1だよ」

「そっか。じゃあ、あたしがもっといい子になって、優しくなって……。そしたらあたしがいて喜んでくれる人が増えて……、もっともっとプラスになるかな」

「うん。そうだよ!」

 あたしは力強く答えた。


「ねえ、うーたん」

 階段を降りていくはるかの後ろ姿を見ながら、あたしは小声でうーたんに囁いた。

「はるかのこと、魔法でなんとかできないかな?」

「まほうで?」

「そう。ええと、例えば……。拓海くんのママの時みたいに、防御の魔法をかけて悪い幻想から守ってあげるとか」

「…………」

「それか、お姉ちゃんにしたみたいにディススペルの魔法で……、幻想の呪いを解いてあげるとか」

「…………」

「あ、新しい魔法もあるんだよね。えっと、『幻惑』だっけ」

 うーたんは黙って考えこんでいる。

「ねえ、うーたん?」

 うーたんは顔を上げ、言った。

「むり」

「どうして? 今まで魔法でうまくいったじゃない。どうして今度は無理なの?」

「はるかのかなしみ、げんじつ。げんそうちがう」

「え……?」

「はるかのてき、はるかたたかう。まほう、むり」

「はるかが自分で戦うの……?」

 あたしはもっと詳しく聞こうとした。その時だ。

「のぞみ!」

 突然うーたんが叫んだ。ちょうど、灯台から外に出たところだった。うーたんは少し離れた場所にいる、観光客らしい人たちの一団を指差している。見ると、その中に灰色の服を着た女の人が二人いた。なんだか、あたしとうーたんを見てる気がする……?

「のぞみ、はしる!」

 言うが早いか、うーたんはあたしの手を引いて走り出した。あたしも反射的に駆け出す。

――もしかしてあの女の人たち、幻想魔法の手先!? あたしたちの居場所がバレちゃった!?

「はるか!」

 前を歩いていたはるかに追いつきざま、あたしは叫んだ。

「走って!」

「え、えっ!?」

「早く!」

 あたしははるかの手を引っ張った。

「ちょ、ちょっと!」

 はるかはわけが分からないって顔のまま、あたしと一緒に走り出した。

「のぞみ、どうしたの!?」

「逃げなきゃいけないの!」

「もしかして、のぞみのおうちの人!?」

 答える余裕がなかった。そのまま公園を飛び出し、街の方に向かって走る。曲がり角で振り返ってみたら、人影がちらっと見えた気がする。二人はあたしたちの後を追ってきてる!

「のぞみ、こっち!」

 はるかが立ち止まった。見ると、家の塀と塀の間に、子供がやっと通れるくらいの狭い隙間がある。あたしたちはそこに飛びこんだ。

 細い隙間を通り抜けて反対側に出る。あたしたちはそのまま速度を落とさずに走って、走って、走った。息が切れぎれになる頃、ようやくはるかの家まで辿り着いた。玄関に駆けこんで鍵をかける。そのまま二人して玄関先に座りこみ、はあはあと息をついた。

 なんとか動けるようになると、あたしはリビングに行き、カーテンの隙間からそっと外を覗いてみた。

 誰もいない。

 あたしはホッとして、ソファに倒れこんだ。

「のぞみ」

 はるかも部屋に入ってきて、あたしの隣にドサッと腰を下ろす。まだ息が荒い。

「ね、ねえ……。一体、何なの……?」

 あたしは迷った。あたしが魔法少女だってこと、はるかに話してもいいんだろうか。そっとうーたんの顔をうかがうと、うーたんはあたしに目配せをした。だからあたしは、思い切って話してみることにした。

「うん……。あのね、はるか。驚かないで聞いてくれる……?」

 あたしは全て話した。幻想魔法のこと、魔法少女の修行のこと、魔法戦士のお父さんのこと。はるかは目を丸くしてあたしの話を聞いていた。

「……それで、お父さんを探してこの街に来たってわけなの」

 あたしが話し終わるとはるかは、

「は~っ」

 と息をついて、ソファに深く座り直した。

「…………」

 あたしは不安になった。やっぱり、信じてもらえないかもしれない。

「あ、あの……、はるか……」

「のぞみ」

 はるかは真剣な顔で、あたしの目をじっと見つめた。あたしも、はるかの大きな瞳を見つめ返した。

「ちょっと信じられないような話だけど……」

 やっぱり。そりゃそうだよね……。

「でも、のぞみは嘘つくような子じゃないと思う。あたし、信じるよ」

 はるかはにっこり笑って言った。

「……ほんとに!?」

 信じてもらえた! 今まで、いろんな人たち――あたしの好きだった人たちが、魔法なんてウソだって言った。あたしを信じてくれなかった。でも、はるかは信じてくれた……。

「さっきのぞみを追いかけてきたのは、その、『幻想魔法』って奴らなんだよね。のぞみがお父さんに会う前に捕まえようとしてるのかな」

「うん。きっとそうだと思う。こうなったら一刻も早くお父さんを探さないと……」

「そとでるだめ」

 それまで黙りこくっていたうーたんが、突然口を開いた。

「え?」

「みつかる。つかまる」

「だけど魔法戦士がいなきゃ、幻想魔法と戦えないよ」

 うーたんは腕組みをして俯き、じっと考えこんだ。そして言った。

「……まほうせんしなしで、たたかう」

「え? あたし一人で!?」

「ひとりじゃない、もうひとり」

「もう一人?」

 うーたんは、少し戸惑いながらあたしとうーたんを見ているはるかを指差した。

「ここに、もうひとり!」

「ええっ。はるかと!?」

 うーたんは背負っていたリュックを下ろし、中をゴソゴソと探った。そして取り出したのは――、魔法のタネだ。

「はるかのまほう。じくうまほう、『トリア=ゾラム』!!」

 あたしは口をぽかんと開け、うーたんとはるかの顔を交互に眺めた。

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