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第四章 たいけんするちから

「……ただいま」

 二人で一緒に拓海くんの家に戻り、リビングに入って行くと、拓海くんのママはソファに座りこんでいた。相変わらずお人形たちを大事そうに抱えている。拓海くんの声が聞こえたはずなのに、こっちを見ない。なんだか拓海くんよりもお人形の方が好きみたいだ。

「ママ」

 拓海くんのママは、答えない。黙ったままお人形をなでている。

「ママ、僕、ひどいこと言ってごめんなさい」

 ママは顔を上げた。虚ろな仮面の瞳が拓海くんを見た。

「ねえ、ママ。ママは……、幸せじゃないの? 僕がいても拓真がいても……、ママは幸せじゃないの?」

 拓海くんのママはため息をつき、吐き出すように言った。

「現実は、そんな簡単じゃないのよ……」

「ママ。僕の聞いたことにちゃんと答えてよ」

 拓海くんは静かに怒っていた。真っ暗なところを一人でフワフワ漂っていた拓海くんが、地面に降りてきたみたい。諦めず、怒るために。

「大人はそんなに気楽でいられないの。拓真やあなたの将来の事だって……」

 拓海くんのママはそこまで言うと、黙ってしまった。拓海くんから目を逸して、腕の中のお人形を見つめている。

「ママ」

 拓海くんは、言葉を――、呪文を探している。

「ママは他の人に幸せって言ってもらえないから、幸せじゃないの? だったら僕が、ママは幸せなんだよって言ってあげるから……」

「いいかげんにして!」

 ママは悲鳴を上げた。

「そんな屁理屈ばかり言わないで! せめてあなたくらい、普通の子でいてちょうだい!」

 拓海くんのママは、二つの小さな男の子の人形をしっかりと抱きしめた。

「普通、普通って、ママそればっかり!」

「普通じゃないって人に言われたくないのよ! ママは普通のママでいいの!」

 拓海くんのママは絞り出すような声で叫ぶと、ソファの背に突っ伏してしまった。拓海くんはそんなママのそばに寄ると、小さな手を背中にそっと置いた。

「ママ。うちはさ、『ふつう』じゃないかもしれないけど……。パパがいなくてもママがいて、拓真がいて、僕もいて……、それだけじゃ、だめ? 『ふつう』でなきゃ、だめ?」

「もういいから……、黙ってちょうだい。どうせ人にいろいろ言われるのはママなんだから」

「ママ。ママはどうして僕よりも、家族じゃない人の言うことばっかり聞くの?」

 拓海くんのママは、ハッと顔を上げた。息を止めた音まで聞こえた気がした。

「それなら、僕、いらないよね……?」

 ママの抱いていた人形が、ぽとっと床の上に落ちた。

 静まり返った部屋の中、拓海くんとママは見つめ合った。

 その時だ。

「……まほうしょうじょ、クルクル」

 うーたんが静かに言った。

「まほう、つかう、いま」

「え、今?」

「そう。アリ=ピプラ=ゾール、ぼうぎょのまほう。たくみのまま、まもる。げんそうにいじめられないよう、まもる」

「……分かった!」

 あたしはごくんと唾を飲みこむと、拓海くんとママの前に一歩進み出た。

「拓海くん! おばさん!」

 あたしの声で沈黙が急に破られ、拓海くんとママは目を丸くしてあたしを見た。あたしはとたんに恥ずかしくなってしまったけど、勇気を出して言った。

「いっ、今から、魔法少女が……、防御の魔法をかけます!」

「……は?」

 拓海くんのママは、口をぽかんと開けた。

「あ、あの、えっと。言い忘れてたけど、あたし魔法少女なんです!」

「ま、魔法少女……?」

「そうなんです! ほんとは秘密なんだけど……。えっと、だから、その……。拓海くんも拓海くんのママも、誰かにいじめられないように……、魔法少女クルクルが、防御の魔法をかけます!」

 あたしは目を閉じた。そしてゆっくりと、呪文を唱え始めた。教えられてもいないのに、呪文の言葉が口をついて自然に出てくる。

「――太陽は天上で静止せよ! 完全世界を照らせ! 来たれ、大いなる正午よ……」

 身体の中に、力が湧いてくる。魔法が、使える。あたしには分かった。

「メタモルフォーゼ=イントゥ=クルクル!」

 閉じた瞼の内側で、虹色の光がキラキラと煌めく!

「拓海くんとママを、幻想から守って……! アリ=ピプラ=ゾール!!」

 あたしは両手を高く掲げた!

 その指先から眩い光が放たれ、部屋中を包みこんだ――。


「これでもう、大丈夫!」

 あたしは息を切らしながら言った。

「防御の魔法がこの家を守ってるから……。おばさんも拓海くんも、もういじめられないよ! だから大丈夫です!」

 あたしがそう言うと、呆然としていた拓海くんのママの表情が崩れた。そして……、笑った。まだ変な笑顔の仮面を被ったままだけど、その仮面の下の顔も笑ってるとあたしは思った。笑い声はだんだん大きくなって、お終いには、テレビのお笑い番組を見てるみたいな大笑いになった。

 あたしの魔法、なんか変だったのかな!?

 あたしは心配になってうーたんの顔を見た。でもうーたんはニコニコしている。ママにつられたのか、拓海くんも吹き出した。そうしたらあたしもなんだかおかしくなっちゃって、一緒に笑ってしまった。

「……ありがとうね、のぞみちゃん」

 拓海くんのママは涙を流して笑いながら、小さな声で言った。


「のぞみちゃん」

 拓海くんは顔を赤くして言った。

「……あのさ、僕、さっきはごめんね」

「いいよ、そんなの」

 あたしと拓海くんは、二人並んで夕焼けの街を歩いていた。家に帰るあたしを、拓海くんは途中まで送ってくれている。

「……ありがとう」

「どうってことないよ! だってあたし、魔法少女だもん!」

 あたしは胸を張った。

「まあ、まだ見習いだけどね」

 近道の遊歩道に入る。うーたんが、小鳥を追いかけながらぴょんぴょん飛び跳ねている。

「あのさ、ママ、笑ってたよね」

 そう言う拓海くんにも、笑顔が浮かんでいた。

「僕、すごく久しぶりに見た。ママが笑ってるの」

「よかったね、拓海くん。きっと拓海くんの魔法もきいたんだね」

 あたしも嬉しかった。

「これからは、防御魔法が拓海くんの家を守ってるから安心だね」

 その時突然、うーたんがあたしの肩の上に飛び乗った。

「あまーい!」

「えっ!?」

 うーたんは耳をピクピク動かすと、神妙な顔つきで言った。

「そとからくるげんそう、ぼうぎょまほうふせげる。でも、なかのもの、だめ」

「え?」

「いえのなかにあるげんそう。たくみのままがじぶんでつくったげんそう。ふせげない」

「……あ」

 確かにそうよね。「防御」って、外から来るものを防ぐことだもんね。拓海くんのママが自分で家の中に作ってしまった幻想は、防げない。

 あたしは、あの人形たちのことを思い出した。拓海くんのママが大事に大事に守っている、あの人形。

 あたしはがっかりして、拓海くんにうーたんの言ったことを伝えた。ところが拓海くんは、少しも残念そうな顔をしない。

「うん。うーたんの言うこと、分かるよ。――僕さ、思うんだけど」

 拓海くんは真剣な顔をした。

「魔法だけじゃだめだと思うんだ。僕ね、どうしたら家族が仲良く幸せでいられるのか、ずっと考えてたんだよ。そしたらね、」

 拓海くんはニッコリ笑った。

「こないだテレビでやってたんだ。お父さんとお母さんがいてね、ケンカばっかりしてるの。それで、子供が、二人の前で歌を歌ったんだよ。そしたらお父さんもお母さんもニコニコして、仲良くなったんだ」

「へえ……」

「僕もやってみようと思うんだ。来週ママの誕生日だから、その日に誕生日の歌を歌ったらどうかなって。……どう思う?」

「うん! とってもいいと思う!」

「ほんと?」

 拓海くんは嬉しそうに顔を赤くした。その時、うーたんが唐突に片腕を上げた。

「ぱーてぃ、する!」

「え? パーティ?」

「おたんじょうびぱーてぃ」

「そっか、バースデーパーティかあ! いいかも」

「いま、ここ、ある。いろいろある。たくさんある。それ、おいわいする。ぱーてぃ」

 バースデーパーティ。今ここにあることを、お祝いするパーティ――。

「へえ。うーたんって、すごいこと考えるね!」

 拓海くんにそう言われ、あたしは自分のことじゃないのになんだか誇らしかった。


 パーティの日。あたしと拓海くんは朝から大忙しだった。

 あたしはお料理を担当。サンドイッチやサラダを作り、きれいに盛りつけた。拓海くんはケーキやお花を買ってきた。弟の拓真くんは、パーティの飾りつけに使う絵を書いた。拓真くんはいろいろなことができないけれど、その代わりにとっても絵が上手だ。拓海くんも色紙でたくさんの輪っかを作り、部屋を飾った。

 すっかり準備が整った頃、拓海くんのママがお仕事から帰ってきた。ママがリビングのドアを開けた瞬間、あたしたちは一斉にクラッカーを鳴らして叫んだ。

「お誕生日おめでとう!!」

「まあ……」

 拓海くんのママは片手でドアノブを掴んだまま、びっくりして部屋の中を見回している。

「ママ、お誕生日おめでとう。ではこれから、お誕生日の歌を歌います……」

 拓海くんが、まるでテレビの司会者みたいに気取って言った。拓真くんもはしゃいで手を叩く。

「……いち、に、さん」

 三人で、声を揃えて歌った。

「ハッピーバースデー トゥー ユー……」

 拓真くんはあんまり上手く歌えないけど、一生懸命歌っている。あたしも歌は苦手なんだけど……、とにかく大きな声で歌った。うーたんも、他の人には聞こえないのに、あたしの横で一緒に歌ってくれた。

 歌い終わった時、拓海くんのママの仮面の瞳が少しだけ光っていた。変な笑顔の仮面も、今日は不思議と怖くなかった。

「……どうも、ありがとうね」

 ママは、やっとそれだけ言った。


 その日、あたしたちはとても楽しく過ごした。拓海くんのママもたくさんお喋りして、たくさん笑った。うーたんの言った通り、「今、ここ」に、楽しいことや幸せがたくさんあった。

 そろそろパーティも終わり。あたしたちは後片付けを始めた。拓海くんは、自分が片付けると言うママを無理やりソファに座らせた。

「ママがやるから……、」

「いいから! 今日はママが主役なんだからね。僕たちに任せてママはのんびりしてて!」

「もう……、大丈夫なの? 片付ける前より散らかしたら嫌よ」

 ママは諦めてソファに身体をもたせかけ、あたしたちを眺めて苦笑いした。

「大丈夫だったら!」

 拓海くんは、とっても嬉しそうだ。

 拓海くんのママはお仕事で疲れていたんだろう。あたしたちが片付けている間に、ソファでうとうとし始めた。

「パーティ、成功だったね」

 あたしはそっと拓海くんに囁いた。

「うん。もう家の中から、『幻想』いなくなったかな……」

 拓海くんは見えないそれを探すように、部屋の中をキョロキョロと見回した。

「大丈夫だよ、きっと」

「……あのさ。ママはね、ちょっと間違っちゃっただけなんだ」

 拓海くんは言った。

「だから、ちょっと間違っちゃったね、って笑っちゃえば、もういいんだ。だって、ちょっと間違っちゃっただけなんだから」

「……そうだね!」


 後片付けを済ませたあたしと拓海くんは、リビングとつながっているキッチンのテーブルで一休みしていた。拓海くんはふと立ち上がり、うたた寝しているママに毛布をかけてあげている。うーたんがその様子を静かに眺めていた。

「……さいごのしあげ、する」

「え?」

「何をするの?」

「がったいまほう、つかう」

「合体魔法!?」

「そう。のぞみとたくみのまほう、あわせる。がったいまほう。……たくみ、まほうのたねだす」

 あたしが説明すると、拓海くんは食器棚の引き出しから小さな紙袋を取り出した。

「これのこと?」

「そう。たくみのまほう、『エチ=ゾラム』!!」

「エチ=ゾラム?」

「エチ=ゾラム。ちえのまほう。かんがえるちから、あたえるまほう」

「へえ!」

「のぞみのアリ=ピプラ=ゾール。たくみのエチ=ゾラム。あわせる。ゆめのまほう、できる」

「夢の魔法?」

「そう。たくみのまま、しあわせなゆめ、みる。かぞくのしあわせなみらい、ゆめ、みる。それ、『しゅくふく』になる」

「家族の幸せな未来……。祝福……」

 あたしは拓海くんの手を取った。

「よし、やろう」

 あたしの右手と拓海くんの左手。あたしの左手と拓海くんの右手。あたしたちは輪を作り、二人で声を合わせて呪文を唱え始めた。

「――太陽は天上で静止せよ! 完全世界を照らせ! 来たれ、大いなる正午よ……」

 手を繋いで作った輪の内側で、虹色の光がキラキラと煌き始めた。

 あたしは力強く唱えた。願いをこめて。

「拓海くんのママが、家族の幸せな未来を夢に見ることができますように……。アリ=ピプラ=ゾール!!」

 続けて、拓海くんも唱える。

「ふつうじゃないことにも、祝福がありますように……。エチ=ゾラム!!」

 両腕を高く掲げると、輪の中から、眩い虹色の光の球が現れた。光の球はあたしたちの頭上に浮き上がり、拓海くんのママのところへ真っ直ぐに飛んでいった。そして煌めきながら、胸に吸いこまれていった。

 あたしはママを起こさないように静かに近寄ると、その笑顔の仮面に指をかけてそっと外した。仮面の下のママの寝顔は、笑っても泣いてもいなくて、ただ穏やかだった。

 手に持った仮面はパリンと微かな音を立てて砕け、小さな光の粒になって散った。


 家に帰ると、あたしは部屋の窓を大きく開いた。少し寒いけど気持ちいい。深呼吸して空を見上げれば、星が瞬き初めている。

「ねえ、うーたん。あたし、どうして攻撃魔法は難しいってうーたんが言ったのか分かる気がする」

「どうして?」

「だって、もし攻撃魔法を覚えたら攻撃するよね」

 うーたんは耳を寝かせ、あたしの顔をじっと見た。

「あの時もし攻撃魔法があったら、拓海くんのママを攻撃して傷つけちゃってたもん。でも実際にはできなくて、結局、よかったよね」

 うーたんはニコニコと笑った。

「のぞみ、それきがついた、すごくえらい」

 うーたんは肩にぴょんと飛び乗ると、短い腕を伸ばしてあたしの頭をなでた。あたしはちょっと照れくさかった。

「のぞみ、うで、みて」

「腕?」

 言われてみれば左腕が少し熱い気がして、あたしは服の袖をまくってみた。するとそこにはいつの間にか、星形の印が赤く浮き上がっている。

「え!?これってもしかして……?」

「まほうしょうじょのしるし!」

「……!」

「のぞみ、ひとつめのちからみつけた。『たいけんするちから』」

「体験する力?」

「そう。たくみのまま、かぞくのしあわせなみらい、ゆめにみた。これから、それほんとにたいけんする。たいけんしようとする。もうげんそうまほう、まどわされない。たいけんするちから、みつけたから!」

「…………!」

 あたし、拓海くんの家族の役に立てたんだ!

 あたしは腕を高く掲げ、夜空を背景に輝く印を眺めた。

――魔法少女の印、一つ目、ゲット!

 

「こんにちは、のぞみちゃん。今週はどうでしたか?」

 カイ院長先生が、いつもの優しい笑顔であたしに尋ねた。

 待ちに待った日。魔法学院の院長室で、先生とお話する時間だ。今日のこの時間が楽しみで、あたしは昨夜なかなか寝つけなかった。だって今週は先生に話すことがいっぱいある。

「先生! あたし、今日はたくさん報告することがあります!」

 あたしは大得意で、魔法少女クルクルの活躍を話した。魔法の力で拓海くんの家族の力になれたことが、あたしはとても誇らしかった。

「拓海君……、ああ、広瀬拓海君ですね。お友達になれて良かったですね」

「はい」

 あたしの話に熱心に相槌をうちながらも、カイ先生は手にした書類に忙しく書きこんでいる。先生ってば、どうしてこんなに何でもメモしておくのかな。

「――今週は、とっても忙しかったんですね」

 話が終わると、カイ先生はニッコリと微笑んで言った。

「はい! でも、がんばったおかげで……」

 あたしは服の袖をまくり、腕に現れた「魔法少女の印」を先生に見せた。

「一つ目の、魔法少女の印が現れたんです!」

 先生は、「ほう」と呟いて、椅子から身体を少しだけ乗り出した。じっと印を見つめ、手を触れて調べ、そしてまた書類に書きこんだ。すごく真剣な顔。

 もうちょっと、褒めてくれないかなあ。あたしはなんだか物足りない気がした。

「そうそう。この間……」

 先生がふと手を止めた。

「ほら、ジョギングを始めたって言っていましたね。その後どうですか?」

「あ……」

 あたしは気まずく顔を伏せた。

「えっと、それがその……。ちょっと忙しかったんでお休みしてたっていうか……」

「もうやめた?」

「い、いえ、やめてません! 昨日からまた始めました! 実は最近ちょっと太っちゃったから、ダイエットにもなるし……」

「……そうですか」

 先生はまた書類に書きこんだ。

「先生。あの……」

「何でしょう?」

「あの、あたしが太っちゃったことまで、その書類に書いておくんですか……?」

 先生は笑った。

「大丈夫。秘密にしておきますから、ね」


 新しい魔法のタネ。カイ先生とのお話が終わると、アリスさんが新しい魔法のタネをくれた。あたしは大喜びでその小さな袋を受け取り、急いで家に帰った。

 机の前に座ってさっそく袋を開けてみると、今度はいくつかの白っぽい粒と、オレンジ色の粒が出てきた。うーたんがぴょんと机の上に飛び乗り、いつものポーズを決めた。

「にばんめのまほう。ディススペルのまほう、『トリ=ヘキ=シフェニジル』!! さんばんめのまほう。きょうかまほう、『ジア=ゼパム』!!」

 うわっ。舌噛んじゃいそう。

「ディススペルってなに?」

「ディススペル。わるいまほうかかったとき、とく。のろいとか。とく」

「悪い魔法とか呪いを解く……。『強化』は?」

「つよくする」

「そのままだね。……どうやって使うの?」

「ひつようなとき、わかる」

 うーたんは一人納得したように、ウンウンと頷きながら言った。

 新しい魔法かあ。思わず頬が緩んじゃう。あたしは新しい魔法のタネを慎重に飲みこんだ。

「これで、防御とディススペルと強化、魔法が三つ使えるようになったんだね」

「うん」

「なんだか魔法少女らしくなってきたよね!」

「のぞみ、がんばってる。いいかんじ!」

 あたしとうーたんは二人してはしゃいだ。

「おかあさんかえったら、ほうこく!」

 うーたんが言った。

「うん、そうだね」

 あたしは時計を見た。もう六時を回ってる。

「お母さん、今日はお仕事で遅くなるかもって言ってたけど。早く帰ってこないかな」

 そういえばお腹も空いてきた。

 お母さんは、帰るまで待てないようだったらピザでも取りなさい、と言ってお金を置いていってくれた。あたしはピザを頼むことにして、一階に降りた。

「あれ?」

 あたしはキッチンの冷蔵庫の前で首をかしげた。

 いつもここに、近所のピザ屋さんのデリバリーメニューがマグネットで止めてある……はずなんだけど、なくなってる。

「どこやっちゃったんだろう」

 古いやつだったから、お母さん、捨てちゃったのかな。

 もしかしたらポストに新しいのが入ってるかもしれない。あたしはうーたんを抱き上げて玄関を出た。ポストを覗くと、何かたくさん入ってる。あたしはそれを全部まとめて取ってリビングに引き返し、テーブルの上に広げて一つひとつ調べてみた。

 あったあった。いつものピザ屋さんのメニューを手にした時、その下にあった水色の封筒にふと目が止まった。

――差出人のところに、お父さんの名前が書いてある!

 あたしはピザのメニューを放り出して水色の封筒を掴んだ。間違いない。お父さんからの手紙だ! 

 うーたんは、お父さんは元気にしてる、魔法戦士としてがんばってるって言うけど、あたしはやっぱり心配だった。それにずっと会ってないんだもん。どうしてるのか知りたい。お父さん、あたしがお父さんと一緒に戦うために魔法少女の修行をしてるって言ったら、どんな顔するだろう。褒めてくれるかなあ。

 お父さん。

 話したいことがたくさんある。きっとお父さんも、あたしとお母さんに会いたくてたまらないに違いない。だって……、家族だもんね。

 心臓がバクバクと音を立てている。あたしは封を切る手つきももどかしく、その水色の封筒から中身を取り出した。

 お父さんのからの長い長い手紙――が、出てくるとあたしは予想していた。ところがその期待に反して、封筒の中から出てきたのは、たった一枚の紙切れだった。

 薄っぺらい紙切れ。それには、「離婚届」と印刷されていた。


 ええと、何これ?

「離婚届」って……。りこんする時、市役所に出す書類だよね、きっと。結婚する時に出すやつの反対。

 何でそんな物が送られてきたんだろう。

 お父さんから。お母さん宛に。

 ??????

 あたしは他にも何か入っていないか、封筒の中を覗いた。でもやっぱり手紙も何も入ってない。一枚の紙切れだけ。

 あたしは手にした紙切れをぼんやりと眺めた。封筒がはらりと絨毯の上に落ちた。うーたんがそれを拾い上げ、あたしの顔をじっと見つめている……。


「のぞみ」

 突然声をかけられ、あたしはビクッとして振り向いた。

 どのくらいの時間、テーブルの前に突っ立っていたんだろう。リビングの入口には、たった今帰ってきたお母さんがいた。

「どうしたの? 電気も点けないで」

「あのね、お母さん。これ……、お父さんが……」

 あたしはぼんやりした頭のまま、手にした紙切れをお母さんの方にヒラヒラと振ってみせた。お母さんは電気のスイッチに伸ばしかけていた手をピタリと止めた。

 あたしはお母さんの側へ行き、その紙を差し出した。だけどお母さんはそれをチラリと見ただけで、まるで何でもないことのように言った。

「ああ、届いたのね」

「ねえ、これって……。りこんする時に書く紙だよね……?」

「そうよ」

 お母さんは苛立ったように、少し乱暴に、パチンと部屋の明かりを点けた。あたしの脇をすり抜けてリビングに入っていく。

「――お母さん!!」

 あたしは自分の叫び声に自分で驚いた。まるであたしの声じゃないみたいに聞こえた。

「どうして……、これ、どういうことなの!?」

「のぞみ? どうしたの?」

「どうしたの、じゃないよ! なんで……!」

 どこか遠くで、あたしじゃないもう一人のあたしが叫んでるみたい。身体の芯が、冷たく冷えてゆく。

 お母さんはあたしに駆け寄ると肩に手を置いた。

「のぞみ、落ち着いてちょうだい。離婚の事はこの前ちゃんとお話したでしょう? お父さんが引っ越す前に」

 あたしは、目の前に立っているお母さんの顔を呆然と見上げた。

 お母さんは一体何を言ってるんだろう。りこん? お父さんが、引っ越した……?

 違うよ。ちがう。お父さんは魔法戦士で、世界のために戦うんだよ。今はそのための修行で、家にいないだけなの。うちのお父さんとお母さんが、りこんなんてするわけないもん。お父さんは、あたしたち家族のことが大好きなの。あたしたちを置いて引っ越すなんて、そんなわけない……。

「お母さん……」

 その時突然、あたしの頭にある考えが浮かんだ。

――まさか!?

「のぞみ! あなた大丈夫!?」

 お母さんはあたしの肩を強く揺さぶった。だけどあたしは、その手を力いっぱい振りほどいた!

「お母さん。お母さんも、『幻想魔法』の仲間だったのね!?」

 とたんに、お母さんの表情が強ばった。

 お母さんは何も言わない。ただ厳しい顔であたしを見つめている。信じたくない。あたしのお母さんが悪いやつの仲間だなんて……!

「のぞみ」

 お母さんはあたしの背の高さに合わせて屈みこみ、そっと手を取った。その時、服の袖口から覗いた魔法少女の印を見て、お母さんは顔色を変えた。

「のぞみ!? あなた、これ何なの!?」

「いやっ!」

 あたしはお母さんの手を振りほどいて後ずさった。うーたんがあたしの胸に飛びこむ。あたしはうーたんをしっかりと抱きかかえた。

「やめて! お母さん!」

「いい子だから、ね。落ち着いて……」

 お母さんがゆっくりと手を伸ばす。あたしはお母さんに背を向けて駆け出した。

 逃げなくちゃ! 「幻想魔法」に、捕まっちゃう!

 リビングを飛び出し、玄関に向かう。でもドアの前で追いつかれ、腕を掴まれてしまった。

「のぞみ、どこ行く気なの! 待ちなさい!」

「放してよっ! あたしとうーたんをどうするつもり!?」

 ありったけの力でもがいて逃れようとしたけれど、お母さんの方が力が強い。あたしはお母さんの足を蹴った。

「!!」

 あたしを羽交い締めにしていた腕が緩んだ。その隙を見逃さず、力いっぱい突き飛ばす! 勢いで、お母さんは玄関脇の靴箱に背中を打ちつけた。

「痛っ……」

 弱々しく呟くお母さん。

「あ……、お母さん……」

 あたしはためらった。思わずお母さんに駆け寄ろうとした。

 その時だ。

 突然頭に割れるような衝撃が走り、目の前が真っ暗になった。

「――のぞみ! のぞみ!」

 遠くでお母さんの叫ぶ声が聞こえたけど、あたしの意識はすぐに闇の中に落ちていった。


「お願いします! 救急車を……すぐ、すぐ来てください! 娘が……! え、は、はい……! 住所は……はい、意識がないんです……頭を打って……棚の上から重い物が落ちて頭に当たったんです! お願いします、急いで下さい! はい、ええ、そうです……娘は西条のぞみ、十四歳です。私は母の西条香織です。はい、聞こえてます。大丈夫です……」

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