誰の
よろしくお願いします。
001
光を見た。
赤い赤い、光を見た。
そして、私は何も感じなかった
目を覚まし、真っ暗な天井が視界に入った。ふわふわとした意識の中、木の肌のような渇いた喉を感じた。飲み物が欲しい。木製の床をぎしぎし音を鳴らしながら、台所への道を歩く。扉をあけて中に入り、静寂の闇の中、小さな灯りだけをつけて蛇口をひねる。
コップを出すのも億劫なので、背伸びをして、身を乗り出してその水をごくごくと飲む。強引に口に運んだせいで盛大に零れていくが、気にしない。水の冷たさも感じないのだから。何の飾りも色も見えないそれが、私の中に静かに入り込んでいく。
ふと、台所から見えるリビング、その窓から光が見えた。
見覚えのない光だった。
気づくと、床に仰向けに倒れ込んでいた。
体が痛い、ような気がする。頭に何かをぶつけられたような、殴打されたような痛みがする。ような気がする。
何が起きたかわからなかった。
空を見上げる。暗い暗い闇のカーテンに、星の飾りが少しずつ見える。そして何か、黒いそれが星の光を横切っていた。闇夜の中だから、そう見えるだけで、飛行機か何かだろうか。いや、それ以前に、私は家の中に居たはずなのに、どうして私は空を見上げているのだろう? 体を起こす。そして、薄く広くそして冷たく風が私の胸を刺す。
服がない。上の服だけ、どこにも見当たらない。どうしてだろう。よくわからない。シャツと軽めのパンツくらいしか履いていなかったけれど、上着を脱いだ記憶なんてものはなかった。
平べったい自分の胸を触ってみても、裸の王様のように見えなくなっている服があったり、ということもなかった。あの話はそう言えば別に本当にあるわけではないんだったったけか。前にお母さんに読んでもらったのが随分昔に感じる。
このまま座り込んでいるままというわけにもいかないので、立ち上がって台所からリビングを見ようと背伸びをした。
小さな小さな、部屋に一つ。
大きな机がありまして。
一組の椅子が、私を見ていた。
けれど窓はどこにもなくて、テラスへの道もなくなっていて、空は広く広がっていた。
見える景色は草原と、連なる山々の数々。
仄かに見える町の景色——のはずだった。
おかしいな。いつもより明るいな。町の光は輝いていても、こんな真っ暗な深夜にあんなに明るいなんておかしいな。
そして明るくなった闇。風切る音は、
002
次に目を覚ますと、目の前には転がる私の左腕があった。
……痛い。
「ぁ…………っ……!」
声にならない叫びが頭の中に響く。軽い、軽い、軽すぎる体は私が転がるのに邪魔になる腕はない。じんわりずきずき、あなたは到着。わたしは狂ったお人形。
いつも遊んだ可愛いメアリー。君とわたしはいつも一緒、お母さんが買ってくれた、大切なお嬢様、わたしの友達。でもごめんね、あなたの痛みわからなかった、苦しい痛い、辛くて泣いた、あの日わたしはあなたの腕を、枝の間に忘れていった。泣いて泣いて、胸がこぼれた涙を拭いた。あの日別れたわたしの左腕。違った今は今日だった。
今日はいつだかわからない。転げまわってわからない。上も左もわからずに、回りの椅子に、ごんごんぶつかりじんわり響く、それさえ消えたウサギを追った。
時計の針は回っていた。時計周りはどっちだっけ。
泣いたわたしが見上げた空には、天井挟んで見えなくなった。木目がわたしを笑っている。黄金色の昼下がり、闇夜に空は明々と。くらーい暗い、光はどこで、わたしのおうではどこですか。
拾った誰かが私を見てた。
誰かを見てたら笑ってた。
痛くも痒くもないのよあなた。
なのに歪んだあなたの顔は、誰を見てるのお父さん。
オーバーオールにデニム生地、足を包んだ青いタイツ。お父さんにちょっと聞く、私のおうでを頂戴な、絶叫しながら頼んだわ。ドードー鳥の叫び声、聞いたことないけど知ってるわ、だって物語に書かれてたもの。
お父さんどうしてそっぽを向くの。あなたの子供はわたしなはずよ。そうでしょう、お母さん。ああ、お母さんはどこかしら、どこなのあなた、お父さん。
背を向け歩く、お父さん、小人はわたしに幸せくれる、あなたは嘘をつかないわ。だって言ったの、わたしは生きる、君は死ねない死ねない死んで。
死なないなんて、言われてないわ。死にたいなんて言ってないわ。じゃあ何で、私はもう
003
夜も更け、真っ暗闇の空に、星空のカーテンがあるはずだった。けれど何度見上げても、空はやっぱり何かが飛んで、明るい街が見えていた。台所の床を踏みしめ、遠く町の明るさに目を取られていると、
「危ないっ」
踏み出した足に妙な浮遊感があったと思ったら、今度は後ろから胴を両手でぐいっと持ち上げられた。
見下ろしたら、驚いた。リビングのあったはずの場所は、ツリーハウスの下の地面が遠く感じられるように、ぽっかり穴が空いていたからだ。ぞくっとした妙な感覚が背中に走る。恐る恐る振り返ると、顔面蒼白なお父さんの顔があった。
少し濃くなってきた口元の髭がかっこいい、デニムが好きなわたしのお父さん、
「おはよう」
「おはようじゃない! ちゃんと前見ないと、危ないだろ……」
ほっと息を吐き、最後の方は消え入りそうな声に、わたしはごめんなさいと頭を下げた。それにおはようなんて時間でもなかった。まだまだ暗い夜中だけど、目が覚めたらおはようって言うようにいわれていたからだ。それに、何故か外は夜にしては、明るい。
「…………始まったか」
町の方を見てお父さんが言う。何がと聞くが、お父さんは何でもないよ、と言っていた。
「おうち、何でないの?」
「なくなってなんかないよ。ほら」
治る。直る、なおる? いや、戻す、だろうか。
木片や破片が、空を覆う。そう思うと、足元に空いた家の空洞に虫がたかるように繋がり、床が形成されていった。天井も、塵のように見える木片が集まる。繋がる。戻る。いつもの家に、戻っていた。
何か、今まで見たことがない、丸い円が薄っすらと床に浮かび上がっていた。紫と黒が混じりあった、嫌な色だった。真ん中には三角が描かれていた。そしてその上にもう一つ、角度がずれて重なっている。もう一つ、重なっている。三つくらいの三角が、重なって描かれていた。
「もう、大丈夫、安心して」
お父さんは私を抱きかかえ、優しく震える声で囁きかけてくれた。何が大丈夫なの? どうして大丈夫なの? 奇妙だ。怖い、何で、どうして、この黒いのは何、何で家が壊れているの、何で戻っていくの、昨日はいつも通り、学校にいって、庭や草原で一緒に遊んで。
なのにその時のお父さんの笑顔はわたしには見えず、彼の顔を見ればわかる、その視線を出来るだけ逸らしながら、私に語りかけている。
「……お父さん」
どうしたの? 言いか
004
ひんやりと、冷たい床が、右の頬に張り付いた。
「だか…………活な……んて……こんな……き損……」
「あな……出来………………黒……術で……帰っ……」
「わた…………限……ある……だ……君が……理言……」
「な……で……こ……な時に……戦そ……はじ……」
大きな声が、耳に響いていた。大きな声のはずなのに、わたしはあんまり聞き取れなかった。でも、お父さんとお母さんの声だ。お母さんも起きて、ベッドから出てきたんだ。
わたしは嬉しくなって、声のした方を向こうとした。ぼんやりとしかわからなかったけれど、台所の方だった。腕を動かして、足を使って。
でも何故だろう。のそのそとした、芋虫のような動き方しかできない。変だな、おかしいな、思いながら必死でもがく、すると手に何か取っ手のようなものの感触があった。生暖かい。暗くて周りは見えないけれど、それに捕まって這って行こうとするんだけれど、その掴んだ棒のようなものはわたしの力で引き寄せられた。
…………何だかよく見たことがある気がした。
それは湿った赤色だった。
あなたの足、よ、アリスちゃん。
「————————————————————————————————————————————————っ!」
声にならない叫びを上げて、それでもきらきら、光る星。
響く大きな、あなたの声は、わたしの声。きらきら光る、こうもりの雑音。空に地に、みんなテニスよ、ラケット持って、見えない波を返しましょう。一緒にボールを打ちましょう。ラリーをしましょうあなたと一緒。上に下に皆に届け。
「おい……起……た……」
「そ……な……嫌……」
気付いてくれた、あなたたち、わたしは嬉しいあなたと一緒。君と一緒にあなたといるわ。だから来て来て、痛いのよ。どうしてわたしは痛いのよ。足はどこなのここでしょう。あたしが一番知ってるわ。
走るあなたはウサギのようね、マッチをつけてもあなたはいるわ。マッチをつけてもあなたはいるわ。おばあちゃんは知らないわ。お父さんは、ウサギさん、かけっこしてたらハァハァ言うよね、でもお母さんはかけっこしないの? そんなに遠くじゃ遠くて見えないわ。
何でよお母さん。どうしてハニー。あなたがわたしを見てくれないの。わたしはあたなを見ているわ。お父さんだって見ているわ。だから見えるのあなたの腕も。振り上げたなら、振り子刃よ。
ぐわんと目の前ブランコ揺れた。
どうしてどうして、痛いの頬が。どうしてどうして、殴るのわたし。何もしてない、何もできない、わたしをどうして殴ったおとう、待ってまってよ、それはわたしの。
「ぁっ————————!」
まってまってよ、あたしのよ、あたしの腕よ、返して頂戴、痛いわ痛いわ、飛んでけ飛んで、飛ばない痛みはアリさんみたい、体を登ってお散歩するわ。カサカサぞわぞわあなたと同じ、あなたは違うのどうしてよ。
嫌よ厭よ、痛いよあなた。熱いの熱いの、わたしの腕は。痛くないわよわたしの腕よ。腕はないから痛くはないわ。痛いの痛いの嫌よわたしは。わたしはどうしてこうしたの。どうしてあなたはこうするの。
お父さん、あたしの腕を投げちゃった。ラグビーしましょう、一緒にね。飛んだあたしはどこかに消えて、見えない見えない動けないわ。どこなの足は。右足は。左足も、どこいった。
お父さん。どうして泣くの、痛いのはあたし。お父さん。、どうしてまた、手を振り上げるの。学校は終わったわ。何も答えはでてないわ。痛いわ怖いわ。何でなの? あたしはどうして何がこわいの?
お父さん、どうしてあなたは振り上げる。そして光った明るいわ。大きな音も、すぐそこよ。風を切って、風を貫けあなたたち。でも誰なのよ、あなたたち。
あらどうしてなの。
お父さん。あらあらわたしのお父さん。消えちゃったわ、あなたのお顔。お腹も腕も、どこに行く? 消えちゃったわ。明るい何かが飛んできて、窓も天井一緒にゴー! 皆で楽しくピクニック。ああもう困るわあなたたち。置いてかないで、置いてかないで、わたしの腕はどこいった。手と足一緒にどこいった。私のお父さん。どこいった。でも大丈夫、足はここ。わたしが貰えばいいんじゃない? そうだそうしよ、お父さんのプレゼント。声も出せなきゃ、魔女さん怒っちゃうかもね。足は欲しいわ魚のヒレより。
お母さんはどこだろな? 真っ赤な目の前見て見てみてよ。どこにもいないお母さん。さっき起きたばっかじゃない。きっと眠くて二度寝しちゃったのね。困ったわたしとあなたのマイハニー。君とわたしのマイハニー。いつも一緒よマイハニー。
赤いあかーい君たちは、みんなと仲良しいつも一緒。わたしの家と一緒にね、一緒になって、踊ってる。あらだめよ
それはわたしへのプレゼント。わたしもそれを、使いたいわ。私の大事なプレゼント。でも君たち、早過ぎよ。一緒におどっちゃダメじゃない。わたしも一緒、あなたも一緒。みんな一緒に踊りましょう。
005
あかーいあかい、あなたたち。
いっしょにおどろう、アリスとわたし、あなたはわたしでアリスはわたし。ごほんをよんで、おどりましょう。
あたたかな、あったかい、くらいけむりもさそっているわ。わたしとあなたをさそっているわ。いっしょにおどろうさんぜんと。
メアリーメアリーわたしのメアリー。どこにいるのよわたしのメアリー。ここにはないわ、どうしてかしら。ここにはいないわ、かんたんなのよ。わたしのへやで、あなたはまつわ。
あかーいあかーいみなさんが、わたしのあしを、はこんでくれる。いっしょにあるく、たのしいわ。このプレゼント、だいすきよ。どこにいったのわたしのあなた。
メアリーメアリーまたせたわ。だいてあげるわ、うたいましょう。メアリーメアリーまわりをみてよ。わたしのともだちたくさんいるわ。みんなでわらっていっしょにおどろ
あかーいメアリーたのしいわ。
メアリーあかくてたのしいわ。
たのしいメアリーあかいのよ。
あたしのからだもあかいのよ。
みんないっしょにあそんだわ。
たくさんあかーくあそんだわ。
きみといっしょにあそんだわ。
おどってあなたとあそんだわ
000
そして私は、目を覚ます。
ばいばい
読んで下さり、ありがとうございました。




