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灰色の旭日旗  作者: Silver Tooth
第1部 コロニアル・エンパイア
14/21

第8章② シルパチア山脈

※本話:32,000字


次回予告:第8章③「保護占領」


②書評・感想『文明と戦争』



シルパチア山脈:東部方面軍・先遣部隊


 マルクヴァルト邦国は、シルヴァニア侵攻用に掘削していたシルパチア山脈の坑道を利用して、東部方面軍から先遣部隊を送り込んだ。


 邦国陸軍が山脈に掘削していたトンネルや山道は、坑道戦術を秘匿する為の偽装であった。先遣部隊は、警戒態勢にある公国軍の妨害を受ける事なく、悠々と領土を侵犯した。


 先遣部隊は、公国軍の伝統的な焦土戦術に対抗すべく、工兵隊と補給部隊を伴い、物資集積拠点を構築する役割が与えられている。


 先遣部隊は、坑道から地上に出ると、目一杯、久方振りの澄んだ空気を肺に入れた。「空気がおいしい」という言葉があるが、まさにその通りで、深い森林が空気清浄機の役割を果たしているのかもしれない。


 荷車の車列にたんまりと乗せられた物資を運ぶと、早速、工兵隊は防御陣地と物資集積拠点の構築に取り掛かった。


 防御陣地は、幾重にも重なる空堀と砲座を備えた稜堡が突き出ており、更には予備陣地や側面陣地も連接されていた。


 空から見れば、星型要塞を重ねて、その周囲に塹壕が張り巡らされている様に見えるだろう。工兵隊が、邦国軍の要塞技術を惜しみもなく投入した結果だった。


 速成したからなのか、陣地は装飾を排し、機能性のみを追求している。それが却って、陣地の機能美を際立たせていた。


 防御陣地が速成されるにつれて、坑道からはなおも兵力と物資が運び込まれ続けている。当初、1個連隊程度の兵力であった先遣部隊は、その後続部隊を吸収して、1個旅団、1個師団へと兵力を増強している。


 予定では、3個師団を収容できる前線基地(後方基地でもある)として、侵攻作戦の主要拠点として計画されている。東部方面軍は、この他にも坑道戦術によって、公国西部の主要都市及び交通路を掌握する為に、いくつもの前線基地を建設した。


 侵攻軍は、シルパチア山脈を越えるのでなく、潜る事によって攻略した。


 山岳地帯に於ける坑道戦術は、その岩盤を粉砕しなければならないという点で、極めて高度な技術を要するが、ドワーフ族の軍事顧問による指導を受けた坑道部隊が、彼らの技術を学んで、10年以上も前から計画し、既に実行していた。


 邦国と公国の国境に跨る山岳地帯は、最も短い距離でも300kmはあるから、掘削の期間に10年間を充てたとしても、単純計算で1年間に30kmは掘削しなければならない。


 1日当たりでは、約82mを掘削する必要があるが、これを踏まえると、ドワーフ族の技術力は、現代日本の土木技術を部分的に凌駕しているかもしれない。


 1個師団の兵力を抱えるまでに至った先遣部隊は、公国西部の主要都市であるボロジャン市への侵攻を企図した。ボロジャン市は、中世の街並みが残る風光明媚な都市であると共に、北部・中央・南部への街道が集中する交通の要衝でもある。


 都市圏を含めれば、人口は約22万人で、西部の最大都市と比較すれば劣るものの、古代から都市として栄えていた歴史を守り抜いている。同市の攻略を担う邦国軍第90師団は、積極的に周辺地域の偵察と索敵を行っていた。


※※


シルヴァニア公国西部:予備第9師団


 公国軍予備第9師団は、西部にまで進出した邦国軍の姿を認めた。山岳地帯から抜けた先にある平原に、簡素な、それでいて堅固な要塞が突如出現した。


 公国軍が管理する要塞ではないから、恐らくは敵軍が建設した陣地だろう。騎兵隊が数日前にこの地域を偵察した時は、この様な要塞の類はなかったはずだから、邦国軍は僅か数日間の内に野戦築城した事になる。


 一体、どれぐらいの兵力と物資を用いたのか、それを考えるだけで邦国の国力をまざまざと見せつけられた思いだった。


 しかし、問題は平原に敵軍の要塞が出現したというだけではない。それを為し得たという事は、即ち山脈を越える手段を既に構築しているという事に他ならない。


 公国軍にとっては、いきなり現れた要塞よりも、山脈を突破された方がより深刻な事態であった。いくら軍事大国と言えども、さすがにここまで進出速度が速いとは想定していなかった。


 公国軍の国土防衛計画では、まだ邦国軍が山脈の攻略に手間取っている段階であったが、その計画は、邦国軍の迅速な展開によって破綻した。


 邦国軍は、前線基地を拠点として、次々と兵力を投入している。西部に配備された公国軍は、その状況をただただ傍観しているしかなかった。


 性能が改良された大砲の出現は、攻城戦を過去のものとしたかに見えたが、兵器が進化すれば、当然に戦術も進化する。


 星型要塞の登場、予備陣地や側面陣地の登場、更にはそれらを囲む塹壕が攻城軍を再び遮断した。今や、攻城戦は攻略側に多大な犠牲を強いるだけで、攻略できるとしたら、それは防御側に対する兵糧攻めか、それとも坑道戦術に頼るしかない。


 勿論、犠牲を覚悟すれば、ゴリ押しで要塞を攻略する事もできる。しかし、現在の公国軍にその様な兵力の余裕などない。


 公国軍は、要塞攻略によって、要らぬ犠牲を出す必要もないと判断し、更に防衛線を東部に後退させる決定を下した。

 

 防衛線を東部にまで後退させる事は、予め防衛計画で決められた事ではあったが、その撤退時期は想定外であった。両軍は、偵察部隊が散発的に遭遇戦を行った他には、目立った戦闘が発生していない。


 西部に展開している予備第9師団は、同じく西部に配備されている他の公国軍部隊の撤退を支援する為に、撤退作戦の最後尾を命じられた。


 つまり、殿軍となって、邦国軍の侵攻を遅滞させるのだ。撤退作戦と同時に、他の師団が、邦国軍を誘導する事で、補給線をできるだけ伸ばさせ、敵軍を分断する事も予定されている。敵軍の要塞を攻略するのでなく、後方連絡線を攻略するのだ。


※※


シルパチア山脈:山岳民族


 平原に速成された邦国軍の要塞群は、山脈の中腹に建てられた山岳民族の山城からもよく見えた。山城から邦国軍の要塞群までは130km以上も離れているが、標高1020mにそびえる山城の監視範囲には留まっている。


 山岳民族の城砦は、平原からも見える為に、邦国と公国の両国にも、その存在を知られている。


 しかし、邦国軍は、山岳民族の城砦や拠点の一切を無視した。山岳民族の勢力を無視すれば、邦国軍が築いた要塞群の後背が脅かされるかもしれないにも関わらず、邦国軍は山岳民族を無視しているのだ。


 つまり、大した脅威になるとは考えていないという事なのだろう。山岳地帯の防衛を任されたドワーフ傭兵隊からすれば、屈辱的な対応ではあったが、防備の整った要塞に突っ込んでいって勝利できる訳でもない。


 山岳民族の首長らは、滞在している邦国の使節を問い質した。一体、邦国政府と邦国軍は何を考えているのかと。使節は質問に応じた。


「山岳民族の皆様を傷付けるつもりは、毛頭もございません。現にこうして、皆様は無事でいらっしゃる。我が国の目的は飽くまでも、公国の良港を手に入れる事です。山を手に入れる為ではありませんよ。

 我が国が公国を併合した暁には、山道を通す事にはなるでしょうが、貴方達の拠点や住居を取り上げる事も致しません。勿論、我が国に降るというのならば、自治権を付与する様に私が取り計らいますが」


「邦国の目的は、東部方面の港湾を獲得するという事で良いのか?」


「はい、仰る通りです。現在、我が国が持つ港湾は、南部に限られています。その為に、貿易や海上交通の面で、海洋国家の掣肘を受けやすい状態が長く続いて参りました。

 我が国は、何としてもその状態から脱し、自国の海上交通を拡大すると共に、海洋国家に左右されない、独自の航路を開拓したいのです。ですから、皆様を困らせる事もないでしょう」


「しかし、新しく山道を通すという事は、獲得した公国の港湾からこの山脈を越えて、邦国へと運ぶという事でもあるだろう?」


「勿論、公国への支配力を強化する為にも、邦国と公国の国境線になっている山脈を崩して道路を造成する事も計画されています。

 ですが、皆さまの生活圏を侵すつもりはありませんし、工事に際しては、皆さまとの協議の場を改めて設ける所存です」


 首長達は、邦国使節の説明に納得がいかなかった。邦国と公国を結ぶ道路を作れば、否応なく山岳民族の生活圏を分断し、影響を与えるはずだ。


 だが、邦国と山岳民族とでは、あまりにも国力が違い過ぎる。実際に邦国が公国を併合すれば、その統治に組み込まれていくだろう。山岳民族は、独立性を捨てなければならない時期に来ているのかもしれない。


「では、自治権とは具体的にどの様な内容を含むのだろうか?」


「納税と軍役を課す代わりに、通行権の保障と通行税の徴収権、それから集落内に於ける行政権と裁判権が妥当でしょう。我が国としても、わざわざ山岳地帯を治めたいとは思っていませんから。

 正直に申し上げて、統治の費用ばかりが嵩んで、あまり利益が出るとも思えません。勿論、新しい山道や道路が開通すれば、それに伴う通行税収入は相当な規模に上るかもしれませんが、現地の地理に明るい方々に任せるのが良いでしょう」


 使節が提示した条件は、それ程悪いものではない。邦国政府にしてみても、統治の難しい山岳地帯を円滑に併合できるならば、安い出費だった。首長や長老は、邦国の傘下に入る事を、徐々にではあるが、考慮し始めていた。


※※


シルパチア山脈:ドワーフ傭兵隊


 ドワーフ族の傭兵隊長は、自身と軍事請負契約を交わした山岳民族が、邦国の軍門に降る方向に傾いている事を知った。これは、戦争の継続と激化を望む傭兵隊長にとっては、看過し難い事態であった。


 傭兵にとって、戦争とは生きる糧であると共に、存在意義でもある。常備軍の時代にあっても、ドワーフ族の傭兵は、軍事専門家として重宝された。


 現代で言えば、民間軍事会社が提供する軍事訓練の指導や、正規軍には難しい非正規戦への対応に近い。ドワーフ族の傭兵にとって、戦争とは建国の一手段に過ぎなかったが、傭兵隊長が自虐した通り、既に目的と手段が転倒して久しい。


 彼らは、あまりにも長い間、戦争という狂気と正常の儀式に、どっぷりと浸かり過ぎていた。


 傭兵隊長は、山岳民族の首長と長老らを集めると、真意を問うた。邦国に降るのか、それとも山岳民族の独立性を維持する為に、戦争を仕掛けるのか。首長達は、傭兵隊長の剣幕に驚きながらも質問に応じた。


「そもそも、我々と傭兵隊の契約は、集落を守る事であって、邦国軍や公国軍と戦争をしたい訳ではありませんぞ。そこを履き違えないで貰いたいですな。

 いくら貴方達が精鋭の傭兵だからと言って、国家の軍隊に勝てるはずもないでしょう?飽くまでも、傭兵隊を雇ったのは、集落への略奪や通行権の維持が目的なのですからな」


「ではこのまま、何もせずに傍観すると?」


「そうは言っておりませんぞ。我々が、戦争の当事者になる可能性が高い以上、傍観に徹する事は許されないでしょう。

 しかし、事態に介入できる程の勢力がある訳でもない。であれば、早々に、邦国か公国かの一方の勢力に与する他はないでしょうな。

 何れ、この様な事態になる事は、首長の会議でも、長老の会議でも、予想されていた事ですぞ。これほど程までに、事態が早く、目まぐるしく動くとは、予想していませんでしたがね」


「そうか。では、邦国と公国のどちら側に付く算段なのだ?」


「両国の国力だけを比較すれば、邦国一択ですな。公国よりも、邦国の保護下に入った方が、利益も大きいでしょう。

 ただ、地理的には、我々の集落は、公国側に近いのですから、邦国の傘下に入れば、公国軍の脅威に晒される恐れもある。

 ですが、邦国軍が掘削した坑道に加えて、新しい山道や道路がいくつも造成されれば、邦国軍による助勢も期待できましょう」


「つまり、山岳民族は邦国政府の統治を名目でも受け入れると?」


「えぇ、その方が現状で取り得る最良の選択肢でしょうな。独立性を捨てるのは惜しいですが、それでも、元々、独立性などあってないようものでしたしな。

 それこそ、大国の決定でいくらでも覆る程度の独立性でしかなかったのですから。我らの自治権さえ保障されるのならば、十分にこちらの取り分と名誉は守られるはずですな」


「それは、楽観が過ぎるのではないか?新しい山道が作られれば、作られる程、邦国政府の支配力は、この山脈にまで到達するだろう?そうなれば、ゆくゆくは、貴方達に与えられた自治権だって、どうなるかは分からないじゃないか。

 通行税収入が大きくなれば、通行の便益が増えれば、それだけ、邦国政府は山岳民族の自治権を剥奪したい欲求に駆られるのではないか?

 寧ろ、滞在している邦国や公国の使節を処刑して、不退転の決意を国家に見せつけるべきでないのか?」


 傭兵隊長の提案に、首長も長老も、茣蓙から崩れそうになった。一体何を言い出すのかと思えば、外国使節を殺してしまえと言う。


「ならん、ならん!!なりませんぞ!!使節を殺せば、我々は、一捻りに滅ぼされるだけですぞ!!その様な暴挙は、絶対に認められませんぞぉ!!」


 取り乱した首長を前にして、傭兵隊長は狼狽えず、不適な笑みを浮かべた。相手が怒るという事は、それが弱点だからだ。つまり、山岳民族の弱点は、使節の保護なのだ。


「ほほう?どうして、使節を殺してならぬのだ?連中は、自国の政治に、貴方達を勝手に巻き込んでいるのだぞ?寧ろ、復讐して然るべきではないかな?

 さぁ、使節を殺して、邦国も公国も敵に回そうじゃないか!確かに、我らは数で劣っている。しかし、この自然の防衛線を活用すれば、大国の軍隊も鎧袖一触だろう!!

 公国軍が、邦国軍を泥沼に引きずり込もうとしている様に、我々も両国を山岳戦の泥沼に引きずり込んでやろうではないか!!

 戦え!!戦わずして、敵国の軍門に降るなど言語道断!!敵を前にして武器を取らぬ臆病者は、この俺が叩き切ってくれるわ!!」


 傭兵隊長は、実に生き生きとした表情で、演説を打った。山岳民族は、もう少し歴史の教訓とやらを真面目に受け取るべきだったのかもしれない。


 ドワーフ族が、いくつもの国家や民族を滅ぼしてきた歴史の教訓を学ぶべきだった。ドワーフ族は、他の種族と比較しても、目的の為にはあらゆる選択肢を排除しない。


 それこそ、他人がどうなろうとも、それを踏み台にして目的を達成しようと努力する。例え、目的と手段が逆転していたとしても、彼らは目的の達成を追求するのだ。


 その場に居合わせた首長達は、ドワーフ族の本性にようやく気付いた。首長達は、傭兵隊長の狂気に当てられて身動きが遅れた。


 傭兵隊長が首に掛けた笛を吹くと、室内に傭兵隊がなだれ込んできた。傭兵は、腰に帯びた金槌を取り出すと、次々に首長と長老達の頭蓋骨を粉砕していった。


 騎兵突撃を撃退できるドワーフ族の怪力は、接近戦に於ける彼らの地位を不動のものとしている。傭兵隊長は、全員を殺し尽くすと、山岳民族の集落に伝令を送って、徹底抗戦を訴えた。


 従わない者や、疑問を挟んだ者は、金槌と小銃の餌食にされた。山岳民族の首脳部を強襲した傭兵隊は、山岳地帯に点在する集落の掌握に動いた。


 そして、邦国と公国の外交使節を拘束すると、拷問を行いながら、処刑をちらつかせて、情報を吐き出させた。傭兵隊は、山岳民族の集落を乗っ取り、山岳地帯の実効支配を急いだ。


※※


シルパチア山脈:ドワーフ傭兵隊


 山岳民族の山城を本拠地に定めた傭兵隊は、各地の集落に幹部と小隊・中隊を送って、実効支配を推し進めていった。


 首長団と長老団を喪った山岳民族は、傭兵隊の支配をひとまず受け入れた。傭兵隊の支配を受け入れなかった集落は、徹底的に破壊されるか、凌辱されるかして、抵抗と不服従に対する制裁が加えられた。


 傭兵隊は、山岳民族に対して圧倒的に優位な軍事力を背景にして、強引に占領したのだ。傭兵隊は、山岳民族の青少年を一か所に招集すると、軍事訓練を施し、組織化し始めた。


 青少年を1個小隊ずつに分けると、ドワーフ族の傭兵が小隊長兼教官として統率した。


 勿論、これらの措置は、山岳民族の兵力を一気に拡大させて、邦国と公国を山岳戦・ゲリラ戦に引きずり込んでやろうという目論みであった。傭兵隊長は、速成された青少年の兵士を広場に集めた。


「青少年諸君!!兵士諸君!!諸君は、よく厳しい軍事訓練に耐えた。知っての通り、諸君を教え導く役割にある首長と長老達は、敗北を選択した。

 降伏を選択したのだ!!しかし、兵士諸君!!我々は、敗北しない!!我々は、降伏しないのだ!!よく考えて欲しい。武器を取って、土地を守るのか。

 それとも、武器を捨てて、大国に遜るのかを。選択肢など、初めから一つしかない!!戦え!!武器を取れ!!敵兵を殺せ!!

 でなければ、我々が守るべき子供は殺され、女は殺されるであろう!!敵兵は、我々の存在を決して認めないであろう!!それは、我々がこの地に押し込められた事からも明らかだ!! 兵士諸君!!諸君は勇者である。輝かしい未来は、武器を取って戦ったその先にしか存在しない。

 諸君は、未来を欲するか?未来を欲するのならば、武器を取れ!!さぁ、兵士諸君。武器を取って、軟弱者と臆病者に、勝利の鉄鎚を!!

 我らの命運は、決して大国の政治に委ねられてはならず!!我らの独立と尊厳は、武器と闘争によってのみ、勝ち得るのだ!!兵士諸君!!闘争だ!!戦争だ!!戦いなくして、自由なし!!乾杯!!」


 傭兵隊長は、最後に乾杯で演説を締めた。青少年の兵士は、予め配られた杯を呷って、杯を高く掲げた。傭兵隊長はその様子を見渡して、満足そうに自らも酒を喉に流し込んだ。


 あぁ、これだ。これこそが戦争なのだ。勝利を確信した幼い兵士。戦場に期待する兵士。これこそ、傭兵隊長が願って止まない、欲して止まない兵士のあるべき姿だ。


 彼らの殆どは死ぬだろう。その戦死によって、邦国か公国に併合されるだけに終わるかもしれない。しかし、ドワーフ族の傭兵達が夢見た、独立国家の建設に必要な時間は稼げるかもしれない。


 大国の国力を戦争によって、消耗させて、その支配力の隙間に出来た地域を乗っ取るのだ。ドワーフ族の傭兵達は、実現する見込みの薄い彼らの大望に、それ以外の国家や種族・民族も巻き込もうとしていた。


※※


シルパチア山脈:シルパチア山岳同盟


 山岳民族の大半を支配下に治めた傭兵隊は、『シルパチア山岳同盟』を発足させた。山岳同盟は、シルパチア山脈及びその山岳地帯を領有し、山岳民族とドワーフ傭兵隊を構成員とする独立国家を勝手に建国した。


 彼らが領有を主張する面積こそ大きいものの、それに比して、国民は極端に少ない。人口は、山岳民族とドワーフ傭兵隊を合わせて約6万人といった所で、精々が都市国家程度の人口しかない。


 小国でさえ、数百万人以上の人口を抱える事を鑑みれば、『国家』というよりも、寧ろ、『部族集団』と言った方がしっくりとくる。


 それは言うなれば、近代国家ですらなく、部族国家だろう。それでも、今までばらばらで緩やかな繋がりを持つに留められていた山岳民族にとっては、統一した国民意識を初めて与えられた機会となった。彼らは初めて、純粋な意味で民族意識を統一化したのだ。


 各集落や集落群が、独立性と自治権を維持していた時代は、過ぎ去った。山岳同盟に加入する集落は、ドワーフ傭兵隊の幹部を中心とする中央政府の強い統制下に置かれた。


 今まで、当たり前の様に保持していた諸権利は、大幅に制限された。しかし、青少年の兵士は、それを唯々諾々と受け入れて、積極的に協力している。


 軍事訓練で感化されたのか、それとも洗脳でもされたのか、彼らは自らの使命に命を燃やす覚悟を決めていた。ドワーフ族の傭兵は、戦争の魅力というものを利用したに過ぎない。


 闘争本能を焚き付けらた青少年達は、飢えた狼の様に、戦いと流血を望む様になっていた。


 集落の年老いた者達と女性達は、彼らの好戦的な姿勢に恐怖したり反発したりする一方で、後方支援を自ら勝手出て応援する者も少なからず見受けられた。ドワーフ族の狂気が、山岳地帯を覆い始めた。


 山岳同盟の幹部達、即ちドワーフ傭兵隊の幹部である彼らは、山城の一画に集まって、今後の方針と軍事作戦の立案を調整していた。


 彼らが対峙する相手は、堅固な要塞群に守られている。兵力で大きく劣る山岳同盟は、攻城戦さえ満足にできないだろう。


 しかし、何も要塞そのものを攻略する必要もない。公国西部に進出した邦国軍を攻撃するには、坑道を攻略すれば良いのだ。


 邦国軍の坑道戦術がドワーフ族の軍事顧問によって指導されている事からも、ドワーフ族の土木技術・工兵としての能力は極めて高い。


 相手がドワーフ族の優れた坑道戦能力を用いるというのならば、こちらもその能力を使って対抗すれば良い。


 山岳同盟の指導者に就任した傭兵隊長が、幹部会の一同を見渡して、坑道戦の是非とその具体的な計画について議論を促した。


「邦国軍の坑道戦術に対して、我が方も坑道戦術で対抗できないか?仮に実行するとしたら、どれぐらいの期間と人員が必要か?」


「坑道戦術を用いる事自体は、然程の労力も掛からんだろう。要塞群の位置を見れば、どこに坑道を張り巡らしているかなど、一目瞭然だしな。

 だが、問題は兵力だ。1個旅団程度の兵力は確保したが、それでも練度は付け焼き刃に過ぎん。山岳地帯の広さを踏まえると、邦国軍の坑道は、それだけで一つの地下都市ができる程の緻密さと収容能力を備えているはずだ。坑道戦の特性を考えれば、たかだか1個旅団では、各個撃破されるのがオチだろう」


「では、実質的には坑道戦は難しいという事か?」


「いや、目的を限定すれば、坑道戦も可能だろうよ。『要塞攻略』に重きを置けば、不可能に近いだが、後方の攪乱や指揮系統の断絶に目的を絞れば、成功率は各段に上がる」


「つまり、要塞攻略は不可能だと?」


「当たり前だろ。仮に要塞が攻略できたとしても、それを維持できるだけの地力が、我らには欠如している。だったら、要塞など持った所で、宝の持ち腐れだろうよ」


「では、後方の攪乱を目的とした場合に於ける必要な期間と兵力は?」


「一週間も必要ないだろう。大体、3~4日間といった所だ。兵力は、2個中隊から3個中隊程度だな。1個大隊を投入する必要もない。それだけあれば、最低限の坑道戦は戦えるはずだ」


「なるほど…、異論がある者は?」


「これは異論というよりも、疑問なのだが、我らドワーフ族ならば、坑道戦にも慣れているし、直ぐに適応できるだろう。

 しかし、山岳民族の青少年兵士は、果たして、我らの動きについてこられるものか?ここにいる者達は、全員が知っている通り、坑道戦は高度な戦術能力が要求される。

 それを年端のいかない兵士に要求できるのか?坑道内では、少数で動く為に、自律的な行動も必要だ。青年ならばともかくとして、少年兵にその様な自律的な軍事作戦を遂行させるのは、かなり酷ではないか?

 我らにとって坑道戦は最も得意とする戦場であり、戦法でもあるが、他の種族にとってはそうではないだろう?」


「お前の懸念は尤もだ。しかし、坑道内で動きやすいのは、少年兵だろう?確かに練度や自律面では大いに心配があるが、それでも少年兵が持つ機動力は捨て難い魅力だ。我らと青年兵を主力にして、少年兵連中を囮や攪乱要員として用いれば良いだけの事だ。それに、戦場の雰囲気に慣れさせる事も重要だろう」


 ドワーフ族の傭兵達は、山岳民族の青少年兵士を自分達の駒としか見ていない。ドワーフ族の独立国家を建国する為には、他の種族や民族を犠牲にする事は、当然に許される行為だからだ。


「戦友諸君、我が軍は邦国軍に対して、坑道戦を仕掛けて、後方を攪乱する。各自、準備せよ」


 山岳同盟の指導者は、幹部会の議決を採ると、すぐさま軍事作戦の準備を命じた。


※※


シルヴァニア公国西部:邦国軍・坑道網


 邦国軍がシルパチア山脈から要塞群までに張り巡らした坑道網は、その巨大さから、それ自体が一つの地下都市に見立てられる。


 坑道内の各中継地点には、実際に大小様々な補給基地・宿泊施設も備わっていたから、地下都市に喩えられても不思議ではない。


 坑道網は、ドワーフ族の軍事顧問が指導する多数の坑道中隊によって、掘削・維持されている。


 第81坑道中隊に新しく配属された工兵士官(陸軍少尉)は、坑道内に設置された自身の宿舎に戻ろうとしていたが、一向に目的地に辿り着けないでいた。


 これ以上、帰参が遅れれば、厳しい上官からどやされて叱責されるだろう。それだけは何としても避けたかったが、この調子だと、どうやら上官に怒鳴られるのは確定らしい。

 

 思えば、幼年学校・士官学校と、怒られてばかりの人生だなと、彼は人生を振り返ってみた。しかし、いくら過去の思い出に現実逃避をしていたとしても、現状が改善される訳もない。


 こんな風に要領の悪い自分が、最下級の士官とは言え、軍の幹部なのだから、世も末と言うべきか、それとも軍の懐という奴が余程深いのか、彼には図りかねた。


 彼が迷い込んだ坑道網は、主要坑道から外れた予備の坑道網か、あるいは主要坑道と予備坑道を繋ぐ支線なのだろうか。


 彼が頼りない携行式の洋灯を坑道の案内版にかざすと、予備坑道を示す識別記号が明記されていた。案内板にじっくりと目を凝らすと、具体的な現在地も示されていた。


 (参ったな…。これでは、宿舎から遠ざかっているぞ…)


 彼が案内板に記された現在地を確認した所によると、宿舎に戻れるのは、大分、先になりそうだった。あまりにも帰参が遅いと、中隊長にも怒られるかもしれない。そう思うと、一層、憂鬱な気分になった。

 

 あぁ、困った。困ったが、どうすれば良いのか。どうしようもない。一晩、ここで過ごすのも一興かもしれない。帰る気力をそうそうになくした彼は、それもありだと真剣に考え始めていた。


 一晩も経てば、原隊も大騒ぎだろう。そうなれば、騒ぎを重く見た中隊長が自分を探してくれるかもしれない。


 どうせ騒動になるというのならば、より大きな騒動にして、責任の所在を曖昧にしてやれば良いのだ。彼は、軍事学校で幾度となく怒られた経験から、そう解決策を導いていた。


※※


邦国軍・坑道網:山岳同盟・坑道攻略部隊


 山岳同盟は、邦国軍の要塞群と、邦国東部の主要都市及び軍事基地との位置関係から、邦国軍が公国西部に建設した坑道網の特定を試みていた。


 「生まれながらの工兵」と称されるドワーフ族だからこそ、出来る芸当だろう。しかし、実際に坑道網がそこにあるかどうかは、机上の計算だけでは、正確に特定できない。


 だから、その計算が合っているのか、いないのかを確かめる為にも、敵の坑道に対抗する坑道を掘削して、調査する必要がある。


 対抗坑道の掘削は、敵軍との予期せぬ遭遇戦があり得るという点で、非常に危険な作業であるが、それをしなければ、実際の坑道網の位置関係は、把握できない。

 

 この危険な任務を任されたのは、熟練したドワーフ族の傭兵とそれに率いられた山岳民族の青少年兵士であった。


 山岳同盟の目的は、坑道網内に設置された補給基地の破壊で、それによって、公国西部に進出した邦国軍の後方を攪乱する算段だ。


 坑道網の全長は、山岳地帯が300km以上も拡がっている事を考慮すれば、途方もない規模に上るだろう。これは、邦国軍の弱点になり得る部分だ。


 つまり、邦国側の基地から、公国側の要塞群までを繋ぐ補給線は、どうしても長くならざるを得ない。邦国軍は、この弱点を克服する為に、坑道内に線路を敷設し(あるいは、軌条の様に溝を掘って)、馬力によって、補給物資を輸送できる体制を整えていた。


 地球世界で言えば、近世ヨーロッパに於けるスイスとフランスを繋いだ馬車鉄道に近い。塩の供給に乏しいスイスは、製塩所を持つ隣国のフランスから、不足する塩を輸入していた。


 スイスが誇る険しい山岳地帯を抜ける為に、山道に線路を敷いて、馬車で塩を運んだのだ。人力で運べば5~6日間は要する所を、坑道内の馬車鉄道は、僅か2日間足らずで、要塞群に必要な物資を補給する事ができる。


 山岳同盟の坑道攻略部隊は、石橋を叩いて渡る慎重さで、対抗坑道を掘り進めていった。山岳地帯の岩盤や、物資の補給を踏まえれば、かなり深い地下まで坑道を掘削しているという可能性は低い。


 坑道が深ければ、それだけ要塞群に直通する搬入用の昇降機も大掛かりにならざるを得ないし、輸送というものは、横に運ぶよりも、上下に運ぶ方がずっと難しい。そうなると、山岳地帯から対抗坑道を掘り始めても、十分に坑道へと侵入できるだろう。


 坑道攻略部隊が、1個小隊程度を収容できる対抗坑道を掘削すると、そこから、邦国軍の坑道網へと肉薄していった。掘削を主導するドワーフ族の傭兵は、特殊な機材を使って、地下の音響を利用しながら、少しずつ、敵坑道に近付いている。


 やがて傭兵は、掘削している青少年兵士を片手で制して、一時中止させると、直接、壁に耳を当てて、壁を軽く叩きながら、反響音を入念に確かめていった。


 傭兵は、敵坑道がすぐ近くにある事を悟った。彼は、仲間のドワーフ族を呼ぶと、改めて、反響音を確認した。間違いない、敵坑道だ。彼らは、空間内で反響する様子が耳で理解できた。短い体躯を寄せ合って、壁に耳を当てているドワーフ族達は、何とも滑稽だった。


※※


邦国軍・坑道網:第81坑道中隊


 第81坑道中隊は、坑道内に設けられた宿舎を拠点にして、坑道の点検や維持を行っていた。副中隊長(陸軍中尉)は、部隊に配属されたばかりの少尉が、宿舎に戻っていない事を中隊長(陸軍大尉)に報告した。


「何?一名、未帰還だと?」


「はい。新人の少尉が、宿舎に帰ってこないと連絡を受けました。宿舎付きの軍曹が、一晩待ったみたいですが、行方が分からないと」


「まさか、脱柵か?坑道内で?」


「いえ、それはありえないかと。坑道内で逃げられるとは、とても思えません。恐らくですが、迷子になった可能性もあります」


「いくら、新人とは言え、工兵士官だろ?自分で作った坑道で迷子になるなど、話にならんぞ」


「それが…、彼は問題児でして、こういう事は、しょっちゅうらしいです。何でも、当人は悪気がないらしいのですが、行動する度に問題が発生するとか」


「それでよく、士官学校を卒業できたな。まさか、今までも俺の中隊で問題を起こしていないだろうな?」


「問題はいくつも発生しましたが、その度に鎮圧しました。問題のある将兵など珍しくもないですから、今まで報告に上げなかったのですが。

 それに彼は、工兵としては非常に優秀なのです。工兵としての素質があるからと、士官学校の教官が卒業名簿に力尽くで加えたとか」


「個人としては優秀でも、部隊の一員として行動する事ができないのならば、役立たずと一緒だろう。それで、俺に話を通したという事は、中隊を動かしたいという事か?」


「その通りです。憲兵隊に通報する前に、我が隊で処理できるのならば、それに越したことはありません。捜索部隊を編成して、憲兵隊よりも先に身柄を確保すべきです」


「どこで迷子になっているのか、分かっているのか?」


「恐らく、予備坑道か支線に迷い込んでいるのでしょう。主要坑道にいるのならば、必ず他の部隊に発見されるはずです。その連絡がないという事は、普段、部隊がいない場所にいるのではないかと」


「なるほど、よし分かった。2個小隊までなら、好きに使って良い」


「はい。2個小隊を預かって、彼を捜索・確保致します」


 中尉は、大尉の許可を取り付けると、早速、捜索部隊の招集へと向かった。


※※


邦国軍・坑道網:第81坑道中隊・捜索部隊


 副中隊長(陸軍中尉)は、中隊長から2個小隊の指揮権を預かって、迷子になったと見られる件の工兵士官(陸軍少尉)を捜索するべく、真っ暗な予備坑道へと進んだ。


 予備坑道は、灯火で照らされておらず、進入する場合には、自ら洋灯を持ち込まなければ、足元さえ覚束ない。


 予備坑道が暗いままなのは、物資の節約や効率という側面や、敵軍が坑道戦を仕掛けてきた時の防御として使用する為であった。中尉は、捜索部隊を8個分隊(1個小隊=4個分隊)に分けて、手当たり次第に予備坑道へと向かわせた。


 捜索部隊の一つである第5小隊・第2分隊は、宿舎から遠く離れた、山岳地帯方面の捜索を担当している。分隊は、静寂な坑道内を足早に駆けていった。


 捜索開始から、4時間以上が経過した時、分隊は、複数の足音と物音を聞きつけた。もしかしたら、他の捜索部隊かもしれない。そう思った分隊長は、分隊を音源に急行させた。


 音源へと徐々に近付いた分隊は、そこに見知らぬ一団の姿を認めた。邦国軍の軍服を纏った青少年と、数人のドワーフ族の一団だ。


 分隊は、一団に対して、所属はどこなのかと誰何した。すると、一団の中から、年長のドワーフ族が進み出てきて、所属する坑道部隊の兵士が迷子になったから、捜索しているのだと説明した。


 分隊長は、彼らの様子に疑問を抱いた。ドワーフ族の軍事顧問が邦国軍に付き従っている事は、知っているが、それにしても、数人ものドワーフ族が、兵士の捜索に駆り出されるものだろうか。


 ドワーフ族が持つ貴重な土木技術を思えば、たかだか兵士数人の捜索活動に参加させようとはしないだろう。


 しかし、もしも彼らが友軍でないとしたら、一体、何者なのだろうか。仮に敵兵だとしたら、分隊の兵力は劣勢を強いられる。


 彼らは、凡そ1個小隊以上の兵力がある。交戦に発展すれば、死ぬかもしれない。それでも、ここで食い止めれば、進軍を妨害する程度はできるはずだ。分隊長は、交戦も辞さない覚悟を決めた。


「もう一度だけ言う。所属を言え。言わなければ、撃つぞ」


 分隊長が彼らに対して、警告を発すると、ドワーフ族の一人が落ち着く様になだめながら、武器を足元に置く様に他の一団に命じて、こちら側に接近してきた。


 武装を解除した彼らであるが、分隊長は緊張状態が解けなかった。警告を無視してぐんぐんと分隊と接近してきた彼らは、笑顔で敵意がない事を示した。


 所属が不明の、得体が知れない連中ではあるが、友軍の軍服を着用している事は事実だ。これは、単なる連絡の不備が招いた結果なのかもしれない。


 状況に安堵しかけた分隊員は、ドワーフ族の一団が次に取った行動で、思わず叫びそうになった。彼らは、分隊の中にまで入り込むと、素手で殴りかかってきたり、首を絞めてきたりと、いきなり暴力に訴え始めた。


 こんな酷い事を行う連中が、友軍であるはずもない。分隊は、必死になって抵抗しようと試みるが、数の暴力に対して、次第に抵抗力を喪っていった。坑道内に残ったのは、分隊の死体だった。


※※


シルヴァニア公国西部:邦国軍・要塞司令部


 要塞司令部は、坑道内の補給基地や宿舎が襲撃されたらしいという情報に接して、混乱の最中にあった。


 坑道中隊の上級部隊である野戦坑道連隊が報告した所によると、坑道内に設置された複数の補給基地・宿舎・線路が、正体不明の部隊によって襲撃を受けたという情報が坑道中隊を中心に拡散しているらしく、それを聞き咎めた連隊司令部は、現場に部隊を送って、情報の真偽を確認した。


 そして、確認した結果、情報の真実性が評価されたのだ。この危機に、要塞も坑道部隊も、てんやわんやで、すわ、公国軍が攻勢を掛けてきたかと考える将兵は非常に多かった。


 それでは、一体どこから敵軍が坑道内に現れたのかと調べると、どうやら、普段は使用されていない予備坑道に対して、対抗坑道を繋げて、そこから坑道内へと侵入したらしい。


 要塞司令部は、ドワーフ族の軍事顧問を使って、対抗坑道を調べると、すぐさま1個歩兵中隊を敵坑道に送り込んだ。


 しかし、中隊は未帰還のままである。中隊の生存を信じる幕僚は殆どおらず、坑道内に侵入したであろう敵軍と遭遇して、壊滅したのだろう。


 敵坑道に関して、一つ疑問がある。敵坑道の方向は、明らかに公国側でなく、山岳地帯側から掘削されている痕跡がある。


 要するに、敵軍は、山岳地帯から兵力を投入しているのだ。公国軍は、殿軍を除いて、西部から撤退を開始しているはずだ。


 しかしながら、敵軍は公国側でなく、山岳地帯から来たのだとすれば、公国軍の展開状況とは明らかに異なる機動ではないか。


 勿論、公国軍が山岳地帯に隠匿した別働隊という可能性は十分にあるし、公国軍の撤退作戦を支援する為の阻止攻撃という可能性も否定はできない。


 もしも、襲撃した部隊の所属が公国軍であるならば、邦国軍は、坑道網を有しているとは言え、挟まれた形となる(あるいは、後方連絡線を分断されやすい状態)。


 軍団長を兼ねる要塞司令官(陸軍中将)は、要塞に配備された3個師団の各師団長との会議を持った。


「君達も既に知っている通り、坑道内の補給基地と線路が破壊された。発見された敵坑道に送った1個中隊は未だに帰還していない。

 つまり、戦死したのだろう。敵軍が公国軍であれ、そうでないのであれ、何れにしろ、我が軍団と要塞によっては悪夢以外の何物でもあるまい。

 何せ、峻険な山脈を迂回する様に、我が軍は補給を地下に張り巡らした馬車鉄道に依存しているのだからな。

 この補給が無くなれば、兵糧攻めにもなりかねない。敵軍の正体は依然として不明であるが、我が軍にとって、脅威である事は何ら変わらん」


「敵軍の姿を見た者は、いるでしょうか?」


「いないだろう。いるとしたら、今頃はあの世だろうな。敵軍と遭遇したと見られる友軍は、全て死体だ。死体が喋る訳でもないしな」


「つまり、敵軍に関しては何も分かっていないと?」


「あぁ、そうだ。何も分かっていない。分かっている事は、いくつもの補給基地と線路が破壊されたという現場が存在するという事だな。

 ただ、ドワーフ族の軍事顧問に言わせれば、襲撃の手口に同族の匂いがするそうだ。その情報が確かならば、公国軍にも、ドワーフ族が雇われているのかもな」


 中将は、敵軍がどの国に所属する部隊であるのか分からないと言いながらも、その実、公国軍の仕業ではないかと見ていた。邦国軍に対して、破壊工作を行う動機と利益がある国家と言えば、戦争相手の公国だからだ。


「それでは、如何するのですか?」


 中将は、煙草の煙を吐き出してから答えた。


「1個中隊が壊滅させられたという事は、最低でもその数倍の兵力を投入しているはずだ。だが、それでも1個連隊を坑道戦に投入しているとも思えん。

 襲撃された箇所や距離を踏まえれば、敵軍の兵力は、精々が1個大隊程度だろう。それならば、こちらは1個連隊から1個旅団の兵力を投入するまでだ。

 我が軍には、圧倒的な兵力の優勢という利点がある。それを利用しない手はないだろう」


「では、派兵部隊はどこの師団が?」


「90師団に任せる。君の所の連隊を借りるぞ」


「派兵規模は、1個連隊で良いのですか?1個旅団でも構いませんが」


「1個旅団も引き抜いたら、負担にはならないか?」


「いえ、問題ありません。存分に、使ってやって下さい」


「…そうか、分かった。では、君の1個旅団を借り受けるとしようか」


「御意。すぐさま、派兵準備を命じます」


 要塞司令部は、所属不明の敵軍に対抗する為に、第90師団の1個旅団を以て、対処する事を決定した。


※※


シルパチア山脈:邦国軍第90師団・第1旅団


 第1旅団は、坑道内に侵入した敵軍を撃滅すべく、予備坑道から繋がった敵坑道(対抗坑道)を行軍していた。しかし、敵兵の姿は全く見当たらない。


 敵坑道は、直線で80m弱の距離しかないから、旅団は直ぐに坑道を抜けてしまった。坑道の距離から類推するに、敵軍が対抗坑道の掘削に要した期間は、一日程度だろう。


 坑道を抜けた先に拡がるのは、日光を拒否する様に生い茂る山岳地帯であった。敵坑道の出入口と繋がっている広場は、1個歩兵中隊がぎりぎり野営できる程度の広さしかない。


 広場の先にある樹海は、人間の集団など、容易く呑み込めるだけの自然の脅威が待ち構えていて、先遣部隊であった1個歩兵中隊が未帰還であるのも頷ける光景だ。


 この様な自然が相手では、訓練や実戦で鍛えた経験など、何の役にも立たないに違いない。旅団の将兵は、本能で自然の脅威を感じ取った。これは生きて帰れないかもしれない…。


 彼らは、山岳戦の恐怖や困難さが理解できない訳ではない。寧ろ、険しい自然が広がるB大陸極東部で居住するからこそ、その難しさはよく理解している。


 しかし、多くの人口は、平野部に集中していて、高地や山岳地帯、山間部で今も暮らす人々は、頑固な田舎者から、それとも伝統に固執する先住民ぐらいなものだ。


 山岳戦やゲリラ戦が大変な労苦である事は、頭では理解できるものの、実際に経験している訳でもない。軍事訓練が想定しているのは、平野部が中心で、山岳地帯や湖沼地帯などの地形は想定されていないか、もしくは殆ど無視されている。


 その理由は単純で、戦列歩兵が活躍できる戦場が平野部だからであり、彼らの戦争文化は決戦を志向しているからでもある。歴史上の戦場は、古代から現代に至るまで、特定の地域に集中していると軍事学者は指摘しているが、彼らの軍事史に於いては、ほぼ全ての戦闘が平野部で行われてきた。


 旅団長(陸軍大佐)は、狭い広場を拡張する為に、要塞司令部に対して、工兵隊の派兵を要請した。このまま狭い広場に陣取ったままだと、周囲を森林で囲まれているから、奇襲される恐れが十分にあった。

 

 だからこそ、広場を拡張し、襲撃成功の可能性を減退させておく必要がある。


 敵軍が山岳地帯を利用するというのならば、こちらはその地形ごと変形させてしまえば良い。戦場の地形を変えるという点に於いて、工兵は優れた兵科だ。


 要塞司令部は、大佐の要請を受け入れて、1個工兵大隊を急派した。


 旅団の将兵らは、広場の拡張が行われている間、敵軍による妨害攻撃が行われるのではないかと、気が気でなかったが、幸いにも、敵兵の姿は認められなかった。


 楽観的に考えれば、1個旅団の兵力に対して、攻撃を躊躇しているのかもしれない。


 あるいは、悲観的に考えれば、邦国軍を山岳地帯に引きずり込んで、ゲリラ戦や持久戦に持ち込む算段であるかもしれない。何れにしろ、旅団の任務は変わらない。敵軍を発見し、撃滅するのだ。


※※


シルパチア山脈:邦国軍第1旅団・第109猟兵大隊


 第1旅団は、なおも広場の拡張を続けて、旅団を防衛するのに十分な広さを確保した判断した時点で、周辺の山岳地帯に偵察兵・猟兵を送った。


 邦国陸軍の標準編制は、1個歩兵旅団に最低でも1個猟兵中隊が常置されており、戦時には予備役の動員によって、1個猟兵大隊に拡大される事もある。


 第1旅団に属する第109猟兵中隊は、戦時体制への移行に伴って、第109猟兵大隊に増強されていた。猟兵大隊は、その性格から偵察や斥候、非対称戦争に活用されている。旅団は、使い勝手の良い猟兵大隊を用いて、周囲の偵察や警戒を行っている。


 猟兵大隊と工兵大隊は、敵軍の存在を薄っすらと感じ始めていた。広場を拡張するに従って、明らかに友軍でない、人間の足跡が見つかる様になっていた。


 人間の足に踏みしめられた草木や、印が刻まれた樹木が、徐々にではあるが、確かにそこにある人間の生活感を発見できる。そして、ついに猟兵大隊は、人間が住まう集落を発見した。


 猟兵小隊が注意深く、集落を観察すると、住民が働く様子が見て取れた。確認できる住民の多くは、女性か子供で、成熟した男性の姿は稀であった。恐らく、成人男性は狩猟や採集の仕事で出払っているのだろう。


 小隊長(少尉)は、彼女達と接触すべきか否か、判断に迷った。この集落は、山岳地帯で生活しているという山岳民族の一つなのだろう。


 いきなり軍隊が出てきて、友好関係を築けるとは思えない。山道を支配する山岳民族と敵対すれば、邦国の通商や輸送に支障を来たすかもしれない。


 尤も、山岳民族が邦国軍と敵対するとも思えないが。通行権の保障を維持する為にも、山岳民族とは友好関係を築かなければならない。


 しかし、軍事行動として偵察に出ている以上、調べないという訳にもいかない。少尉は、威圧感を出さない様に、武装を隠してから、集落の住民に近付いた。


 少尉は、愛想良く笑顔で、洗濯をしている女性に話し掛けた。彼女は、突然目の前に現れた軍人に、大層驚いていた。


「奥さん、驚かせて済まない。自分はこの通りマルクヴァルト邦国軍の軍人で、小隊長を務めております。

 これは軍事行動の一環で、現在はこの周辺一帯を偵察している所なのですが、この村について伺っても良いでしょうか?」


 彼は、できるだけ丁寧な態度を心掛けた。相手に心を開いて欲しいからでもあるし、話し掛けた相手が美人だからでもある。

 

 それに対して彼女は、口を動かそうとするが、言葉が喉から出ない様だ。彼女の反応は無理もない。


 いきなり青年将校が現れて、軍事行動の一環であるから、話を聞いても良いかと尋ねて来ると誰が想定するというのか。


 山岳同盟は、この集落も支配下に治めていて、健康な青少年の殆どが山岳同盟の兵士として徴用されていた。集落の女性や老人は、山岳民族の自治を守る為に、喜んで自分達の子息を軍隊に送った。


 そういった事情があるから、戦争の雰囲気には慣れているはずだった。しかし、いざ集落に敵軍の兵士が侵入してくると、ここが戦場であるという実感がいまいち沸いてこない。


 女性は、この形容し難い感情の理由を探ろうと、必死になって頭を働かせようとしたが、望む答えは得られなかった。


 彼女がそうこうしていると、少尉は紳士的な振る舞いを保って、彼女が落ち着くまで待っていた。暫くすると、村人が少尉達の姿を認めて、ちらほらと好奇心旺盛に、あるいは警戒の眼差しを向けながらも、彼らに近寄ってきた。


 少尉は、自身に近寄る村人に対しても、同じ様に愛想良く振る舞った。傍目から見れば、好青年にしか見えないが、彼はれっきとした敵軍の将校である。女性は、見知った村人に囲まれて安心したのか、遠慮がちではあるが少尉との会話を取り繕った。


「あの…、貴方は本当に邦国軍人なのですか?」


「はい。自分は、邦国軍隷下の第109猟兵大隊に属する陸軍少尉です。ここは、山岳民族の集落なのですよね?」


「はい、その通りですが…、邦国軍の軍人が何故、ここに?」


「我が国とシルヴァニア公国が戦争状態に突入している事は、御存じでしょうか?」


「それは勿論です。山から見える要塞は、邦国軍が建設したものですよね?」


「はい。確かに、要塞群は、我が軍の基地です。自分の小隊は、山岳地帯の偵察と索敵でして、こうして集落を発見したから、訪問した次第です。

 ところで、山岳民族の皆さんは、この戦争にどれぐらい関与しているのでしょうか?あるいは、どれぐらい関与するつもりなのでしょうか?」


「それは私に聞かれても、分かりかねます。集落や山岳民族の方針については、首長や長老団に聞くのが良いでしょう」


「そうですか…、では、男性の姿があまり見られないのはどうしてなのでしょう?狩猟にでも出かけているのでしょうかね?」


 彼女は、その質問に思わず答えを詰まってしまった。正直に答えるべきか、それともはぐらかすべきなのか、彼女には判断が付かない。彼女は、助けを求める様に、他の村人に視線を向けると、集まった村人の中から、年嵩の老人が前に進み出て、その役割を買って出た。


「少尉。主だった青少年と男衆は、戦争に備えて、この村から出払っている状態だよ。邦国と公国の戦争は、私達にとっても、決して他人事ではないからね」


「ご老人は…?」


「私は、この集落の長老の一人で…、まぁ、君達の国で言う所の代官や治安判事に近いだろうかね。とにかく、この集落の代表者と思ってくれて構わないよ」


「ではご老人、先程の『戦争に備えて~』とは?」


「言葉通りだよ。君の国が、戦争を始めてくれたおかげで、戦火がこちら飛び火しない様に、防衛する必要があるだろう?」


「それはその通りですが…、確か、我が国の使節が山岳民族の山城に滞在していたはずですよね?きちんと、皆さんには手出ししないと説明したはずですが」


「あのなぁ、手出ししないなどという説明をこちらが信じるとでも?攻撃しないから、軍備を整えるなと?それは暴論ではないかな?我らには、我らの共同体を防衛する義務があるし、権利もある。それは、当然の事だよ」


 長老は、少尉に対して気後れせずに、堂々と対峙した。少尉は、長老の毅然とした態度に、好青年な振る舞いを少しだけ崩した。


「なるほど、ご老人の言う通りだ。全ての人間には、防衛する権利がある。いや、まさかこの様な辺鄙な土地で、人間として当然の権利を思い起こすとは、思わなかったな」


「おぉ、ようやく軍人らしい態度じゃないか。よろしい、歓迎の宴会をやろうではないか。我が家に来ると良い」


 長老は、少尉の紳士的な態度が変わった事に怒るよりも、寧ろ、嬉しそうであった。


「私が軍にいた頃も、君の様な若者が大勢おったなぁ」


「もしかして、ご老人は従軍経験があるのですか?」


「当たり前だよ。私の世代の男は、ほぼ全員が従軍している。退役軍人だな」


「どこの国で奉職していたのですか?」


「いろいろな国だよ。本当に、いろいろな国や地域や部族に仕えたものだよ。傭兵だった者、邦国軍の少佐だった者、共和国軍の大尉だった者、皆、様々な国の軍隊に仕えたものだよ」


「では、ご老人はどこに?」


「私は、君の国だよ。邦国軍では、砲兵士官をしていてね。それが、ここまで落ちぶれたものだけれども」


 少尉は長老の告白に、心の底から驚愕していた。


「ご老人は、以前は我が軍にいらっしゃったと?」


 その声音には、尊崇の念が込められていた。年齢から察するに、少尉よりも随分と軍役を積んでいる熟練した砲兵士官だったのだろう。


「そうだ。昔は、邦国軍にいたんだよ。邦国軍に入隊して以来、砲兵一筋だったね」


「それは、何とも…、では、何故、山岳民族の集落にいるのでしょうか?」


「それは、運命の悪戯だよ。人間というものは、いくらでも道から外れる危険があるものなのさ。ある日突然、出世街道をひた走っていた士官が、何の因果か、山岳民族の集落にお世話になって、そのまま居着いてしまったんだよ。人生とは、本当にどうなるか分からないものだよ」


「…失礼ですが、階級は?」


 長老は、そのぶしつけな質問に対して、おちゃめに片目を瞬いて、答えなかった。


「階級は、答えるべきではないだろうね。私はもう、過去を祖国に捨てた身上なのだからね」


「祖国に戻りたいとは、思わないのですか?」


「君、それは野暮な質問だよ。故郷というものは、例えどんなに憎くとも、心の支えなのさ。言わなくて、分かるだろう?」


「…そうですね。ご老人の仰る通りです。確かに、野暮な質問でした」


「まぁ、それよりも宴だよ。酒を飲もう!つらい時、悲しい時、来客がある時、とにかく酒だよ!!」


 長老は、先程までの暗い雰囲気を自ら打ち破る様に、努めて明るく振る舞った。少尉もそれに追従した。


※※


シルパチア山脈:邦国軍第1旅団司令部


 旅団司令部には、周囲の偵察に駆り出されている猟兵大隊からの報告が毎日の様に届けられていた。旅団長(大佐)は、その報告の中に時々表われる山岳民族の存在に、興味を抱いた。


 大佐は、猟兵大隊長(少佐)を掴まえて、報告に散見される山岳民族と集落について尋ねた。


「少佐、この報告書に登場する山岳民族というのは?」


「あぁー、その事ですか。どうやら、昔から定住している先住民や少数民族、それから避難民や他国で迫害されていた人間や人間以外の種族などが集まって、無数の集落を形成しているらしいですね」


「では、公国軍の姿は?」


「それが、一向に見つからんのです。我が軍の坑道網に対して、対抗坑道を掘削したと思われる様な勢力は、未だに発見できておりません」


「山岳民族と公国軍が協力しているという可能性は?」


「勿論、その可能性は十分にありますが、一方で我が国と敵対する危険性も十分に理解しているでしょう。そもそも、山岳民族側の山城に我が国の使節が駐在していますから、公国との協力関係は露見する恐れがありますよ」


「そう言えば、山岳民族は我が国とも交流があったな。では、我が軍の軍事作戦に協力してくれる可能性は?」


 少佐は、苦い顔で大佐の諮詢に応じた。


「それは、どうでしょう?確かに我が軍と協力してくれる山岳民族もいるかもしれません。しかし、仮に我が軍と協力関係になったとしても、それは精々が一つだとか二つだとかの集落に留まるかと思いますよ。

 多くの山岳民族は、疑り深いというか、あまり他者を信用しようとはしません。山岳民族は、多くの集落に分離していますが、彼らの方針は一貫して単純です。

 それは、『特定の周辺諸国に肩入れせず、天秤に掛けて、通行税収入を確保し、山岳地帯で産出し難い物品と交換する』というものです。

 我が国の工作活動に靡かないのは、当然ですね。どこか一国に依存すれば、山岳民族の独立性は損なわれますからね」


「だが、山岳民族を味方に付ければ、坑道に侵入した思われる公国軍の別動隊の動きを牽制できるのでは?」


「どうやって、山岳民族を我が軍の味方に付けるというのでしょう?彼らに塩や肉類・衣服などを供給すると約束したとしても、寧ろ、我々への疑いを高めるだけですよ。

 先程も申し上げた通り、彼らの方針は、周辺諸国からの交易と援助を天秤に掛けて、自分達の価値を高めるという遣り口です。

 取引先を複線化しているのは、それが彼らの生命線でもあるからです。我々が付け入る隙は、あまりないのではないかと思います」


「…武力によって、協力を強制するというやり方もあるだろう?」


「確かに、我が軍の兵力と火力を用いれば、集落の二つや三つは簡単に落とせるかもしれません。しかし、山岳民族の集落は、山岳地帯に幅広く散在しています。

 これをどうやって、攻撃し、占領するというのですか?仮に我が軍が攻撃に成功したとしても、果たして、統治が継続できると思いますか?有り得ません。

 一国が統治するには、この山岳地帯はあまりにも広大に拡がっております。我が国の統治の限界点を越えていますよ」


「我が国の様な大国でも、統治は不可能だと?」


「はい。直接統治するには、費用と釣り合いません。山岳地帯の事は、山岳民族に任せておけば良いのですよ。そもそも、我が軍は山岳戦に慣れてはいません。

 我が軍が山岳民族の全てを敵に回せば、待ち受けているのは地獄の戦場です。兵力ではこちら側が圧倒的に優勢ですが、それでも地の利は山岳民族側にあります。

 もしかしたら、山岳民族と戦争している内に、我が軍は山岳戦に慣熟して、戦闘には勝利できるかもしれません。しかし、それが今次戦争の勝利に繋がるとは、到底思えませんね」


「ではもし、山岳民族が我が国、我が軍と敵対する行動を見せたら、どうする?交戦するのか?」


「それを一介の少佐に聞かれましても、分かりかねます。少なくとも、攻撃を受ければ、相手が誰であれ、自衛するのは軍人としては当然ではないかと思いますが。

 それでも、泥沼の戦いに陥らない様に、戦況をコントロールする必要があるかと」


 大佐は、少佐の答えに目を閉じて唸った。


「山岳民族への対応は、要塞司令部に確認する必要があるな」


「はい。ですが、もう猟兵小隊の一部が集落に接触している以上、こちらからわざわざ敵対する必要はないと思いますよ」


「うーん、困ったな。どうしたものか。何だか、大事になりそうな予感がするぞ」


 大佐は、腕を組んだまま、唸り声を上げながら思考を整理している様だった。少佐は、大佐の様子に肩を竦めただけで、そそくさと退室した。


※※


山岳民族・集落:邦国軍・第109猟兵大隊


 猟兵大隊の1個小隊は、山岳民族の集落に姿を現すと、住民に寝床と食事を提供してもらって、一時の休息を取っていた。集落の代表者である長老は、彼らを豪勢な宴で饗応しようと提案した。

 

 小隊は、その提案を快く受け入れ、翌日の歓迎会に心を躍らせていた。しかし、彼らは気付かない。集落の人々が、彼らに対して抱く感情に。彼らは、山岳地帯を行軍している時の様に、注意深く観察するべきだった。


 翌日、小隊は集会所に集まっていた。彼らの目前には、高く積まれた肉類がぎっしりと皿を埋め尽くしている。料理の中でも、全長3mを超える猪の丸焼きが中央に鎮座している。


 集会所には、集落の主だった人物の殆どが車座に座り、ぐるりと宴席を囲んでいた。その中でも、特にドワーフ族の傭兵が異彩を放っている。


 小隊長(少尉)が長老に質問した所によると、何でも山岳民族が雇用しているらしい。邦国と公国の戦争から被害を受けない様に、自衛手段を採っているのだと言う。


 宴会で供された酒類は、邦国産と比較しても格別にアルコール度数が高い。住民の熱烈な歓迎に、すっかり気を許した小隊は、飲めや歌えやの騒ぎっぷりであった。


 ここ最近、坑道への攻撃によって、緊張状態が続いていた彼らにとって、またとない休息となった。すっかり泥酔して、ごろ寝している小隊員に近付く影があった。


 ドワーフ族の傭兵と長老だ。彼らは、この場で簡易な武器だけを携帯していたが、それでも、決意すれば、一瞬で小隊を皆殺しにできるだろう。


 何せ、小隊の殆どは泥酔していて、いびきをかいている様だからだ。しかし、傭兵と長老は、直ぐに殺そうとはしなかった。


 山岳同盟の目的は、邦国軍を山中の奥深くまで誘い込んで、兵力を小隊・分隊単位にまで分散させる事だ。坑道の出入口から近いこの集落で交戦してしまえば、邦国軍の兵力を十分に分散させる事ができないし、あるいは邦国軍は要塞に引き籠る恐れもある。


 邦国軍を戦争の泥沼に引きずり込む為には、相手方に報復の論理と根拠を与えなければならない。山岳同盟と同規模の兵力を持つ邦国軍第1旅団を壊滅させる為には、もっと縦深に誘い込むのだ。1個旅団を壊滅させれば、流石に邦国軍も反撃せざるを得ないだろう。


 山岳同盟は、こうして邦国軍の先遣部隊を山岳地帯に奥深くまで、誘い込んだ。各地にある集落は、邦国軍を歓迎して、厚くもてなした。そういった状況に慣れさせて、第1旅団を分断した。邦国軍要塞司令部と旅団司令部は、知らず知らずの内に、深い森に迷い込んでしまったのだ。


※※


マルクヴァルト邦国:東部方面軍・幕僚会議


 邦国軍第90師団・第1旅団は、坑道戦を仕掛けたと思われる公国軍の姿を追って、山岳地帯へと進出した。旅団司令部は、広大な山岳地帯を索敵する為に、1個猟兵大隊では足りず、隷下の歩兵大隊や工兵大隊も動員して、公国軍の幻影を追いかけている。


 気が付けば、邦国軍はすっかり山岳地帯の奥深くへと誘い込まれてしまっていた。旅団長(大佐)と幕僚達は、この事態に憂慮しながらも、敵軍の捕捉撃滅という目的を達成する為に、止む無く部隊を分散した。


 旅団司令部の手元に残された部隊は、僅かに1個歩兵大隊だけで、それ以外の大隊は、山岳地帯に展開している。大佐は、要塞司令部に対して、更なる援軍を要請した。


 大佐の要請に対して、要塞司令官(中将)は、援軍の決断を渋った。そもそも、邦国軍の目的は、シルヴァニア公国の占領と併合である。


 わざわざ、シルパチア山脈を占領する政治的必要性はないし、軍事的にも、経済的にも山脈そのものを領有する価値は低い。


 山脈を攻略せずとも、公国を占領してしまえば、邦国と公国を隔てている山脈の部分も、間接的に領有する事ができるからだ。


 山脈の領有は、シルヴァニア侵攻作戦の中で、優先順位が低い問題のはずだった。それが、邦国軍の坑道網に対する正体不明の攻撃によって、そうもいかなくなってしまった。


 要塞司令部としては、公国の占領を最優先にしたいが、本国との後方連絡線を形成する坑道網への攻撃は看過できるはずもない。


 そうなると、坑道を攻撃した敵軍を撃滅しなければ、坑道網=後方連絡線の安全は保たれないのだ。中将は、自身に与えられた権限の範囲内を超えていると判断した。


 坑道に対する攻撃は困るが、侵攻作戦が遅れる事はもっと困る。彼は、坑道内の馬車鉄道を通じて、侵攻作戦を統制する東部方面軍司令部の判断を仰ぐ事にした。


 苦悩したのは、東部方面軍司令部も同じだった。東部方面軍司令官(元帥)は、現場の大佐や要塞の中将が抱いているであろう煩悶が痛い程理解できた。


 侵攻作戦を円滑に進める為には、坑道を攻撃したという敵軍の正体をきっちりと明らかにしておく必要がある。


 例え坑道戦が散発的で、規模が少なかったとしても、要塞群に対する補給は、滞る危険性がある。敵軍からすれば、攻撃そのもので邦国軍の兵力を減少させられなかったとしても、坑道網の補給体制を攻撃して、混乱を招き、軍事行動を遅滞できれば、戦略目標を達成する事ができる。


 つまり、坑道を攻撃した敵軍の捕捉撃滅に兵力を割いてしまえば、それこそ敵軍の思う壺だろう。山岳地帯を根拠地にしているであろう敵軍の脅威を排除する為には、大軍が必要だが、その兵力を用意すると、侵攻作戦の予定表が大幅に狂ってしまう。


 広すぎる山岳地帯の面積を考慮すれば、とても1個師団の兵力だけで索敵できるとは思えない。偵察だけで、1個軍団か、あるいは1個軍を投入する必要もあるかもしれない。


 敵軍の坑道戦に対して、こちらの坑道網を地下深くまで掘り下げるという選択肢もあるが、それはあまりにも時間が掛かり過ぎる一大事業であるし、そもそも、邦国軍の坑道網は、10年という単位で完成されたものだ。


 邦国政府は、シルヴァニア侵攻に10年単位の時間を更に追加する事を決して認めないだろう。結局の所、坑道網の防衛に積極的であるべきか、それとも消極的であるべきかという問題に収斂する。


 坑道と要塞の防衛に必要な最低限の部隊だけを置いて、機動戦によって侵攻すべきだと主張する幕僚がいれば、山岳地帯の脅威を徹敵的に排除しなければ、侵攻作戦そのものが失敗すると主張する幕僚もいた。


 元帥は、その二つの意見のどちらにも軍事的な合理性を認めた。だからこそ、どちらの選択肢を採るべきなのか、より苦しみながらも、思考を止めなかった。


 元帥は、方面軍司令部の高級幕僚を集めて、幕僚会議を開催した。副司令官兼参謀長(大将)を始めとして、出席者の殆どは将官クラスの高級軍人だ。


 元帥は、ずらりと揃った高級幕僚らに向けて、山岳地帯に展開している第90師団第1旅団への増派を行うべきか否かを諮問した。始めに、副司令官の大将が諮問に応じた。


「山岳地帯での軍事行動は、できるだけ抑制されなければなりません。我が軍の戦闘教義は、平野部での戦闘を前提としております。

 山岳戦の訓練を行っていない以上、不慣れな山岳地帯を戦場に選ぶべきではありません」


「では、坑道網と補給線の防衛は如何するのか?」


「坑道防衛は、最低限の部隊だけで十分でしょう。要塞司令部の報告を鑑みるに、坑道を攻撃した敵軍の規模は、さほど大きくはないはずです。

 確かに、坑道網への攻撃は脅威ではありますが、現状として、その攻撃によって、補給体制が崩壊した訳でもなければ、破壊的な影響を被った訳でもありません。山岳地帯に増派するのは、敵軍の規模が1個軍団とかであれば、考慮に値しますが、予想される敵軍の規模は、およそ1個大隊程度です。

 恐らくは、公国軍の別動隊なのでしょうが、公国軍の規模から考えても、戦略単位の兵力を山岳地帯に張り付けられるとは、とても思えません。

 従って、我が軍は、坑道に対する阻止攻撃に惑わされる事なく、シルヴァニア侵攻を全力で推進すべきなのです」


「つまり、敵軍は我が軍の規模に比べれば、取るに足らない相手だという事か?」


「はい、その通りです。敵軍、つまり公国軍の主攻と主力を履き違えてはなりません。公国軍の主力は、北部や東部に撤退している温存された現役師団です。

 予備役師団は、我が軍の侵攻の遅滞及び妨害を企図した機動を展開しておりますが、やはり本命は現役師団です。

 我が軍の主要攻撃目標は、この現役師団の撃破を目的とすべきで、それを前提とした作戦計画であるべきです。

 従って、山岳地帯に潜伏する敵軍に構うべきでなく、寧ろ、一刻も早く公国の首都を目指すべきなのです。山岳地帯の攻略は、資源の無駄であるばかりでなく、侵攻作戦を展開する上で有害ですらあります」


 大将は、言いたい事を全て吐き出したからなのか、顔色が良くなっていた。しかし、彼の意見に対して、兵站部長(少将)が反論を加えた。


「大将閣下の御意見は、極論ではありませんかな?敵軍の阻止攻撃によって、我が軍の後方連絡線が圧迫を受けている事は事実でありましょう。兵站畑の自分から言わせて貰えば、奇襲の可能性があるだけで、物資の補給は停滞するものです。

 一つ一つの攻撃自体は効果がなくとも、補給部隊や後方の部隊への攻撃の可能性があるだけで、それ以上に軍事行動が制限されてしまうでしょう。

 この中で、兵站や後方連絡線を保持する事の重要性を理解できない将官はおりますまい。どの兵科も兵站の重要性は痛い程に理解できるはずでありましょう。

 我が軍が公国側の要塞群との後方連絡線の保持に失敗すれば、即ち侵攻作戦の失敗を導く結果となるでしょう。だからこそ、坑道網を攻撃した敵軍を、素早く撃破しなければなりません。

 消極的な坑道防衛によって、敵軍に攻撃の主導権を与えてはなりませんぞ。敵軍は、兵力で劣るからこそ、主導権を握りたいはずでしょう。

 それならば、我が軍が敵軍の機先を制して、どちらがより優位に立っているのかを強烈に示威しなければなりません」


「いやいや、主導権が問題だというのならば、何も増派する必要はないだろう。先遣部隊の1個旅団でも十分に主導権を握れるはずだ。

 敵軍を壊滅に追い遣る軍事的必要性はない。先遣部隊の目的は、敵軍の壊滅でなくて、牽制だろう。1個旅団の兵力を索敵に使っている時点で、既に目的は達成された様なものだろう?」


「ですが、敵軍の正体を明らかにしなければ、今後も坑道への攻撃は続くのでは?」


「それは、必要な犠牲と費用だと割り切るべきだ。破壊された線路や補給基地は、復旧すれば良いだけだ。

 我が軍は、公国軍に対して、圧倒的な兵力と物資の優位性があるのだから、その物量でゴリ押ししてしまえば良いのだ」


 少将の反論に対する大将の再反論は、物量で押し切れというものだった。少将は、物量作戦を提案する大将に対して、表情を歪めた。


「その物量を用意するのは、兵站部ですよ?大量の物資を補給する為にも、坑道網の防衛は、積極的に為されなければなりません。

 線路や補給基地の復旧と簡単に仰りますが、破壊工作の度に、工兵部隊を動員すれば、本来、坑道網の保守点検に割くべき工兵が不足するでしょう。

 それに、敵軍の攻撃に対して、受動的であれば、我が軍の士気にも影響を及ぼすはずです。そもそも、我が軍は、侵攻作戦を遂行中なのですから、消極的な防衛などではなくて、積極的な攻勢作戦を心掛けるべきなのですよ。

 坑道を攻撃した敵軍に対して、防勢作戦を志向するのだとしても、それは消極的な軍事行動でなく、積極的な軍事行動として解釈されるべきなのです」


 少将は、兵站部長として、坑道網が内包している後方連絡線の保持に全力を傾けている。侵攻作戦の兵站活動を一手に掌握するからこそ、己の職責に懸けて、是が非でも、敵軍の脅威を排除したい。


 それに対して、どちらかというと大将は、軍隊の機動や速戦を重んじる傾向にあったから、多少、補給体制が乱れたとしても、戦力投射を優先すべきだと考えていた。坑道部長(少将)が、二人の議論に割って入った。


「そもそも、坑道網の掘削は10年間の歳月を掛けて完成させた国家事業です。一体何故、我が国はそこまでの期間を掛けてまでシルヴァニア侵攻に拘ったのかを、今一度思い出すべきです。

 それは、『旧帝国領の回収』という、旧帝国崩壊以来、受け継がれてきた我が国の国是であるからです。シルヴァニア侵攻は、一朝一夕で為し得る戦争政策ではないのです。

 それを踏まえれば、速戦と機動を重視して、坑道防衛を疎かにするなど、言語道断であります。たかだか数か月か一年間程度の期間で、公国全土を占領できる訳がありません。

 これは、数年間の時間を要する国家事業なのです。侵攻作戦は、慎重に慎重を重ねても、まだ足りない程に、徹底的な事前の準備が必要なのです。

 従って、坑道を狙っているという敵軍の脅威の排除こそ、我が軍のもっとも優先すべき目標なのです」


「いや、君の言わんとしている事は分かるのだが、国是であるからこそ、素早く成し遂げなければいけないだろう?」


「公国軍が、徹底的な焦土戦術に出ている事を考慮して頂きたい。その所為で我が軍は、現地の徴発に頼る事ができずに、こうして本国から公国側の要塞群に物資を補給しているでしょう。これを死守せずして、侵攻の成功は有り得ませんよ」


「いやいや、我が軍が侵攻に時間を掛ければ掛ける程に、公国への時間的な余裕を与えるだけだろう。その時間を一体どうやって取り戻すというのかね?

 確か、共和国の将軍が『要塞は取り戻す事ができるが、時間は取り戻す事ができない』という軍事学の金言を残しているが、まさにその通りではないかね?これ以上、悪戯に時間を浪費すべきではない」


 少将二人と大将は、激しく議論を戦わせていた。少将組は、坑道防衛の優先を主張して譲らず、大将は、相も変わらず速戦即決を主張した。

 どちらの意見が間違っているという訳ではない。両者の意見には、それぞれの立場からの視点に基づいて主張しているに過ぎない。元帥が、兵站部長と坑道部長に、補給体制について問い質した。


「もしも、我が軍が侵攻作戦の短期決戦を志向した場合、補給体制は維持できるのか?」


「敵軍による阻止攻撃が続くようであれば、輸送能力は低下せざるを得ません。例え、敵軍が少数であっても、影響は計り知れません。

 坑道内に侵入された時点で、我が軍は防衛すらままなりません。坑道内は細長く、それでいて狭い空間ですから、戦闘に於ける我が軍の物量は通用しないのではないでしょうか?

 坑道網は、我が軍の生命線であると共に、弱点でもあります。侵攻には、年単位の時間を掛ける覚悟を決めるべきです」


「それでも、速戦を志向するとしたら、補給体制は崩壊するか?」


 兵站部長と坑道部長の二人は、元帥の質問の意図を見抜いて、思わず絶句した。


「……、それは、短期決戦を志向せよというご命令でありましょうか?」


「勘違いするなよ?飽くまでも、仮定の話だ」


 兵站部長は、元帥の答え方に、何となくその先の展開が分かった様な気がした。


「それでも、短期決戦を志向した侵攻作戦を遂行した場合、公国全土の掌握に必要な補給体制を維持できません。しかし、それを回避する方法が三つあります。

 一つ目は、シルパチア山脈の山道を再開させる事、二つ目は、公国東部の港湾都市を掌握して、我が国の南部から海上輸送路を構築する事、三つ目は、我が国の北部からラホイ王国の沿岸を経由して、公国東部、もしくは公国北部へと海上輸送と陸上輸送を組み合わせる事であります。

 ですが、これらの輸送路を構築する為には、更なる我が軍の動員と海軍の協力が不可欠です。

 現状の国内政治の状況で、それが可能でありましょうか?何れの選択肢にしろ、膨大な費用負担が重く伸し掛かります」


「…なるほど。つまり、政治的な課題さえ乗り越えれば、補給体制を維持できる手段はある訳だな?」


「はい、仰る通りです。ですが、現在の我が軍にその様な余裕があるかどうか…」


「それではまるで、戦争の為に戦争を行う様なものだからな」


「一番実現可能性がある手段は、一つ目に挙げた山道の再開ですが、公国軍が自国に通じる道路を徹底的に破壊している以上、それを復旧させるのには、膨大な時間と労力を必要とします。

 ですが、他の二つの選択肢よりは、遥かに少ない費用に済むでしょうが」


「つまり、短期間で侵攻を成功させたいのならば、山道を再開させろという事だな?」


「はい。それが最善策、いや次善策でしょう」


「しかし、山道を再開させるというのならば、その警備の為に兵力を割く必要があるな。それを敵軍に狙われるのではないかね?」


「それはそうですが、山道の再開によって、我が軍は後方連絡線を複線化できるという利点がありますし、何よりも、敵軍の攻撃目標を強制的に分散させる事もできます」


「阻止攻撃の危険に晒されても、山道を再開させる価値はあるという事か?積極的な防衛を訴えていた時と逆転しているな」


「確かにそうですが、坑道防衛の観点からも、補給体制の分散は効果があります。山道の再開は、結果的には、坑道防衛にも資するはずですよ」


「よく分かった。工兵部隊に対して、山道の再開を命じる。兵站部は、山道を前提とした補給計画も策定せよ。

 それから、参謀長には、一か月を目途に、侵攻作戦と公国全土の掌握が可能になる計画案を起草せよ」


 元帥は、幕僚会議の議論を受けて、ようやく決断を下した。


※※


シルパチア山脈・集落:邦国軍第109猟兵大隊


 猟兵大隊に属する1個小隊は、すっかり馴染んだ集落に再びお世話になっていた。小隊は、この集落を拠点として、更に山岳地帯の奥地へと浸透していた。


 山岳地帯は広大で、偵察活動は果ての見えない旅行の様だった。集落に戻ってきた小隊の一行を、集落の長老と村人は厚くもてなした。


 小隊が集落に戻ると、そこには見慣れない武装した青少年の一団を発見した。長老曰く、長期の狩猟に出ていたらしい。彼らは、集落の猟師であると共に、戦士団でもあり、且つ自警団でもあるのだという。


 つまり、猟師兼軍人兼警察官といった複数の役割を担っているのだ。それならば、何故、彼らと偵察活動中に遭遇しなかったのか不思議だった。


 長老が言うには、村人にとって、他の集団を避けながら狩猟を行うのは、できて当然らしい。


 それに、自警団を兼ねるというのならば、彼らの何人かが集落に残っても良さそうなものだが…小隊長(少尉)は、その点を疑問に感じたが、集落にお世話になっているのだから、深く事情には立ち入らなかった。


 そもそも、お互いが顔見知りの状態で、犯罪行為を行うとも考え難いから、治安に気を配らないのかもしれない。


 小隊は、歓迎の慣例になった集会所で、酒食に溺れていた。軍事行動中であるのだから、この様な醜態は避けるべきだったが、小隊以外に、この集落を利用する邦国軍はいないから、自軍の規律や監視が緩くなっていた。


 そもそも、彼らは職業軍人というよりは、現役の猟師や少数民族出身の予備役で構成されており、軍紀が緩むのも無理はなかった。


 猟兵大隊は、戦時に編成される部隊の一つで、山岳地帯などの行動に慣れた山師・猟師などを部隊の中核に据えている。


 上級司令部は、彼らに軍紀というものあまり求めていない。猟兵大隊に与えられた役割は、敵地への長距離偵察と浸透である。少数精鋭である方が何かと都合が良いのだ。


 深夜、どんちゃん騒ぎを繰り返していた小隊は、集会所の至る所にごろ寝している惨状だった。


 宴会に混ざっていたドワーフ族の傭兵と青少年兵士の一団は、腰に差した短刀を抜くと、泥酔している小隊員を次々と刺殺していった。

 

 眠りの浅い少尉がそれに気づいて抵抗しようとするが、ドワーフ族の膂力に力負けして、遭えなく金槌で殴殺された。


 山岳同盟は、邦国軍第1旅団を各地の集落で殺していった。邦国軍を山岳戦に引きずり込む為だ。旅団司令部がこの事態に気付いたのは、連絡が途絶えたからだ。


 不審に思った旅団長(大佐)が隷下の1個歩兵大隊から、捜索部隊を編成して調査させると、集落はもぬけの殻になっていて、そこには友軍の無残な死体がそこかしこに散乱し、凌辱された後だった。


 大佐は、ようやく理解した。邦国軍に対して、坑道戦を仕掛けたのは、公国軍などではなくて、彼ら山岳民族であったのだ。


※※


シルパチア山脈:邦国東部方面軍・山道建設部隊


 東部方面軍司令部は、方面軍直轄の第60工兵旅団に対して、シルパチア山脈の山道再開を命じた。しかし、6千人程度の兵力では、広大な山脈を貫く山道を開通できないだろう。


 従って、工兵旅団は、東部地域の職工を大量に徴用して、2万人以上に組織を膨張させた。工兵少将は、一時的に国内最大の建設会社の社長に匹敵する規模の人員を手中に収めた。


 彼は、工兵旅団の警備に宛がわれた第62歩兵連隊も、自身の指揮権下に入れて、山道建設部隊の指揮官として統括している。


 工兵旅団は、早速、公国軍が破壊した山道の復旧に取り掛かった。山道の多くは、土で埋められたり、大木や巨石で封じたり、あるいは山道そのものを切断して、道という道を崖にしている有り様だった。


 それでも、工兵旅団は、自国と山岳地帯から入手できる木材・石材などを利用して、山道を修復していった。


 1個工兵大隊が、山道を復旧させている間、1個歩兵中隊が周囲を警戒していた。


 ここまで警備を厳重にするのは、山道の復旧が、邦国軍にとって、死活的な問題だからでもあるし、山岳地帯に潜伏していると思しき公国軍の別動隊による奇襲を極度に警戒しているからでもある。


 一つの山道に1個工兵大隊も投入しているからなのか、山道の復旧は順調に進んだ。


 山道建設部隊の警備を行っている哨戒兵は、いつもの通り、工兵によって開かれた部分と山林との境界線を歩哨していた。


 開けた場所と山林は、陽光によって、より陰影を際立たせている。陽光を拒絶するが如く、山林は、哨戒兵の鋭い視線も受け止めていた。


 彼は、野営地と山林との境界線を越える事はなかった。山岳民族による奇襲や急襲の可能性があるからで、いくら邦国軍の兵力が圧倒的とは言え、山岳戦の経験は乏しいから、できるだけ山林を潰した上で、その範囲内で警備を行っていた。


 その哨戒兵が境界線を歩いていると、その胸に矢じりが突き刺さった。同じく、隣にいた哨戒兵の胸にも矢じりが突き刺さっている。洋弓銃だ。山林から哨戒兵を狙う山岳同盟の兵士が、狙い撃ったのだ。

 

 哨戒兵らが自らの胸に突き刺さった矢じりをどうにかしようとする前に、彼らの胴体に銃弾が撃ち込まれた。その銃撃音で、警備部隊は、恐れていた襲撃がついに起こった事を理解した。


 警備部隊が続々と現場にやってきて、山岳民族の姿を見つけようとするが、敵兵は山林に隠れて、よく見えなかった。索敵の為には、山林に入って捜索しなければならない。


 しかし、それは躊躇われた。何せ、この山岳地帯は、山岳民族の土地であり、居住地でもあるし、仕事場でもあるからだ。


 敵兵の姿を追って、山林に入り込めば、それは山岳民族の思惑に乗る事になる。警備部隊の歩兵中隊は、工兵少将に報告すると共に、今後の方針や対策について話し合った。


 工兵少将は、山岳民族への対策として、更に工兵旅団と警備部隊を増強する事を東部方面軍司令部に要請した。1個工兵旅団・1個歩兵連隊を4個工兵旅団・4個歩兵連隊にまで兵力を増強するのだ。


 邦国軍は、山岳地帯の土地勘に乏しいが、一方で、大軍という数の有利がある。それならば、数の暴力で、敵兵に圧力を掛け続ければ良い。


Ⅰ用語解説(2019.10.10. 現在)


シルパチア山脈:B大陸極東部の主要な山岳地帯の一つで、自然の国境線を形成している。北シルパチア山脈は、ラホイ王国南部とシルヴァニア公国北部を分断し、西シルパチア山脈は、マルクヴァルト邦国東部とシルヴァニア公国西部を分断する。固有の山岳民族が数多く定住している。⇒カルパチア山脈


山岳民族:山岳民族の構成は、先住民だけでなく、身寄りのない人間や種族も暮らしている。シルパチア山脈は、周辺諸国の影響力が衝突する国境線であり、山岳民族にとってはシルヴァニア公国の様な小国であっても、彼らの人口規模からすれば大国に近い。言うなれば、山岳地帯はアジール(自由領域)の役割を代替している。彼らは、周辺諸国との交易や通行権の保障と通行税収入によって、山岳民族では入手が困難な物品を購入している。


ドワーフ傭兵隊:祖国や職業を喪ったドワーフ族の武装組織。業務は、軍事訓練の指導や非正規戦など現代のPMCに近い。国家の軍隊が戦争の中心となっている西大戦洋地域(※貿易会社の会社軍もある)でも、ドワーフ傭兵隊は職業軍人としての地位を築いている。ドワーフ傭兵隊の一部では、戦争に介入して、ドワーフ族の独立国家を目指す過激派・独立派が勢力を伸張させている。


シルパチア山岳同盟:ドワーフ傭兵隊が山岳民族の共同体を乗っ取り建国した。


Ⅱ書評・感想


『文明と戦争(WAR IN HUMAN CIVILIZATION)』著:アザー・ガット(中央公論新社)


①概要


 本作は『進化論と戦争』である。クラウゼヴィッツが「戦争とは、他の手段を以てする政策の継続に他ならない」と述べたのに対して、本作の著者は、「戦争とは、生物学的進化の継続である」と主張する。

 著者は、クラウゼヴィッツ主義の戦争観とは相容れないが、一方で、ジョン・キーガンやMV・クレフェルトに代表される「戦闘とは文化の発露である」とする立場を取らない。


 何故、人間が戦争を行うのかと言えば、それは人間として、過酷な自然環境の生存競争に於ける、戦略の手段に過ぎないからだ。

 戦争の目的は、究極的には、人間という種の進化の過程そのものなのである。ここに、著者の独自性が発見できる。


 それまでの戦争観が、政治手段としての戦争、文化形式としての戦争を規定していたが、著者は、戦争は単なる政治手段ではないし、文化によって戦争が生まれる訳でもないと批判している。

 政治手段として戦争が利用される遥か以前から、戦争は発生していたし、文化として戦争が行われる以前からも、戦争は確かに存在していた。

 つまり、文字文明や歴史時代から遥か昔の原始時代まで遡ると、そこには夥しい戦争(集団間の暴力)が発見できる。


②通説に対する反論


A:著者は、戦争行為と同族殺しは人間特有の現象でもない事を提示している。人間以外の動物、例えば、チンパンジーは『領土』を巡って、戦争を行うし、同族を殺すのは至って普通の現象である。


B:リベラリズムの歴史観から、ナショナリズムは近代の国家エリートによる産物であると見做されるが、ナショナリズムや自民族中心主義は、原始時代からごく一般的に見られるもので、多くの部族集団・地域集団が、自身の言語・慣習・風貌などを通じて、自己と他者、自身が属する共同体とそれ以外を区別し、自身の部族が最も優秀であると信じている。


C:技術革新は、大規模な国家でより促進されやすいという通説に対しても、帝国や領域国家よりも、都市国家同士が競争する時代や(イタリア半島の都市国家とイタリア式築城術の開発競争)、中国の戦国時代に於ける技術開発競争の事例を挙げて、反論している。帝国や領域国家では、その国家権力の強制と支配の為に、技術革新を促進するよりも、寧ろ、阻害し、規制してしまうのだ。


D:現代の戦争と軍事費の問題点として、高価な武器・装備品が度々取り上げられる。この極めて高額な武器の問題は、大国間の戦争、国家間の戦争、通常型の戦争が発生しづらい原因の一つとして指摘されているが(e.g. 『戦争の変遷』『戦争文化論』など)、筆者は、軍事費の内、武器・装備品が占める比率は、歴史を通じて、人件費・軍人(傭兵も含む)への俸給が最も高く、戦争減少の原因とまでは言えないと指摘している。


E:第二次世界大戦後、ヨーロッパの植民地は独立を果たした。しかし、一方でヨーロッパ列強、特にフランスなどは、植民地・海外領土を維持しようとして、熾烈な植民地戦争を戦ってきた。装備や軍事技術の面で圧倒的な優位にあったにも関わらず、何故、ヨーロッパ諸国は敗北したのか。これに関しては、既に優れた論考が多く発表されてきた。著者は、帝国を維持する要諦を虐殺に求めている。広大な領域と多民族を統治するのに必要なのは、恐怖であり、その為の手段は虐殺である。徹底的な虐殺によってのみ、帝国は維持できるのだ。この点で、著者は現代の民事作戦やいわゆるハーツ・アンド・マインド(※特殊部隊グリーンベレーに代表される人心掌握)の効果を疑問視している。帝国を維持するのは、飴でなく鞭なのだ。だから、被支配民族の首長を支配階級に組み込むとか、ソフト・パワーによって、文明に感化させるといった手段の効果にも懐疑的だ。


③戦争の動機とは何か


 戦争の動機は、果たして、リアリスト(現実主義者)が言う様に、国際体制に於ける権力の追求なのだろうか。それとも、権力の追求以外にも、戦争の動機は見出せるだろうか。

 著者は、戦争の動機に、いくつかの要素を付け加えて、リアリズムの理論を修正している。いくつかの要素とは、富・性(子孫の拡大)・食糧・復讐(抑止)・遊びなどが考えられる。

 即ち、人間の際限なき欲望に他ならない。戦争の受益者であるエリートが、飽くなき富を追求する理由は、他者と比較した相対的な競争に晒されているからであり、己の権威を誇示する為でもある。富の追求は、絶対評価なのではなくて、相対評価によって引き起こされるのだ。


 エリートは、己の権力を拡大し、戦争によって得られた女を一般の兵士よりも多く獲得するが、それは、権力や権威が生殖や性行為の点で優位に立っている事を示している。

 進化の生存競争と繁殖に於いて、自身の種、つまり子孫を残そうとするのは、至極当然である。エリートは、この繁殖と性行為に於いて、己の権力や権威を利用する事によって、非エリートよりも、子孫を残す上で遥かに優位に立っているのだ。


 エリートにとって、権力を維持拡大し、戦争によって、他の共同体から女を調達する事は、生存競争に於いて生き残る上で必要な、戦略上の手段でもある。

 勿論、繁殖という目的の範囲を越えて、性的快楽そのものが目的となって、寧ろ、権力の維持に支障を来たす事例も歴史に枚挙がない(例えば、後宮制度があったオスマン帝国の皇帝と宰相・官僚との関係)。


 権力によって得られる性的な恩恵は、権力自身を腐らせて、次の権力者へと移り渡る原因でもある。しかし、エリートの一族が拡大し、社会を支配するシステム・装置としても機能する。

 これらの動機は、全て人間の欲望でもある。権力の追求に留まらず、富と性などに対する欲求も、戦争へと駆り立てる重要な要素なのだ。


④何故、現代の自由民主主義国家は、戦争を忌避する様になったのか


 リベラリズムの立場から、民主平和論が提出されて、多くの論争を呼んだ事は、国際政治学を学んだ者ならば、知っているだろう。民主平和論に対するリアリスト学者からの反論や、リベラリスト学者からの再反論については、今更、指摘するまでもない。

 しかし、一つ確かな事があるとすれば、民主政国家同士の戦争は、古代ギリシアから既にあるし、都市国家の市民兵は、歴史上、全体主義国家に劣らず、極めて好戦的ですらあった。その一方で、現代の自由民主主義国家同士の戦争、即ち国家間戦争が減少している事も事実である。


 人々は、二つの世界大戦や、様々な世界各地の紛争によって、近現代が戦争の世紀であると認識しがちであるが、戦争や紛争に於ける死傷率は、原始時代と比較しても、それ程変わらないか、あるいは著しく減少している傾向さえあるという事だ。


 これは、一体、何を意味するのだろうか。これは、核兵器の登場によるものなのだろうか。相互確証破壊(MAD)がもたらした平和なのだろうか。

 先程指摘した通り、「核兵器による平和」が実現する以前から、世界大戦が発生した時代から既に死傷率は原始時代の戦争と変わらず、それ以前の近代に於ける戦争では、もっと死傷率が低下しているのだ。

 勿論、二つの世界大戦や近現代の戦争・紛争では、夥しい数の人間が殺されてきたし、戦死だけでなく、コラテラルダメージや疾病を含めれば、もっと多いだろう。

 

 しかし、やはり統計上の死傷率は低下している。それも、例え数百万人、数千万人が戦死ないし負傷しようとも、人類の歴史、文明全体の死傷率の推移を計ると、実はそれ程、死んでいる訳ではないのである。

 それでは、その戦争の現象と死傷率が低下した原因は、何であるのか。それは、先述した戦争の目的と動機(原因)を踏まえれば、理解する事ができる。


 即ち、人間が、戦争を通して獲得してきた、権力、富、性が、戦争以外の手段によって、容易に獲得し易くなったからに他ならない。

 戦争によって得られる果実よりも、経済活動や生産活動によって得られる果実の方が、遥かに上回っているという事実である。


 概要で述べた通り、「戦争とは、生物学的進化に於ける、戦略上の手段である」から、戦争以外の手段で目的(過酷な生存競争で生き残る事と子孫の拡大・繁栄)を為し得るのならば、わざわざ戦争という手段に訴える必要性は低くなるからだ。


 自由民主主義国家に住む現代の我々は、封建制国家の貴族よりも、貴族らしい快適な生活を享受しているし、それを捨ててまで、戦争を選択するかどうかの戦略的な判断に於いて、反対動機が高まったのだ。だからこそ、自由民主主義国家同士での戦争が減少し、死傷率が低下した。


⑤総括


 概要でも述べた様に、本作は生物学的進化論(※注意すべきは、著者は社会進化論の考え方を援用している訳ではないという点である)の考え方を基礎にして、戦争学という学際領域を、一振りの剣で貫いている。本作が扱う学問領域は実に多彩で、軍事学のみならず、生物学・考古学・人類学・心理学・経済学などと幅広い。

 何よりも、一般に社会科学に偏重しがちな戦争学の研究が、生物学という自然科学の理論によって整理され、あるいは粉砕されていく様が興味深い。その意味では、本作は、文系よりも、理系の方がより理解できるのかもしれない。

 総評すると、本作は、生物学的進化論に立脚した、新機軸の戦争学であり、類書がほぼない(※筆者は、『ダーヴィンと国際関係論―戦争と民族紛争の進化論的起源』著:ブラッドリー・セイヤーを挙げている)上に、戦争とは何かについて、非常に丁寧に研究した優れた傑作である。本当に「素晴らしい」の一言に尽きる。


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