2 恋せよ乙女
2 恋せよ乙女
今の私のテンションは最低ランクだ。朝なんか楓に気持ち悪いって言われるくらい高かったのに。やっぱり期待するんじゃなかった。あの東雲くんが授業出るわけないもんね。でもやっぱり……。だって『また明日』って言ってくれたもん、ね?
「それじゃー、ここ。小塚、訳してみろー」
「へ?」
やー! 当てられた! 聞いてなかったし、どうしよう とりあえず立ってみる? ど、どうし……!
私が立ち上がろうとしたちょうどそのときドアが開いて、入ってきた人を見た私以外のみんなはすっかり静かになってしまった。私も振り返って、みんなと同じように入ってきた人を確認する。まさかと思っていたら、やっぱりそれは東雲くんだった。立ち上がりかけている私を見て、ちょこんと首を傾げている。か、かわいい!
「おはよう、小塚さん。何してるの?」
「あ、うん、おはよう、東雲くん。今から英文を訳そうとしてるんだよ」
「そう。頑張れ」
「うん、ありがとう」
東雲くんは私との会話を終えると自分の席について、長い腕を胸の前で組んで、やっぱり長い足も組んだ。おまけに一つあくびもした。何のために教室来たんだろう?
しばらくみんな唖然としていたけど、先生が一番最初に我に帰って動き出した。さすがだ、先生!
「東雲、おまえ今何限目だと思ってんだ?」
「さぁ? そんなの俺には関係ない」
「そ、そうか。でも先生はもうちょっと気にしてほしいな」
「あ、そう。いいから、さっさと授業進めなよ」
「お、おう、そうだな、うん」
先生、弱い! たぶん今みんな同じこと思ったよ。なんかちょっと可哀想だ。あの東雲くんにたてつくなんてすごいぞ、先生。私、ちょっと感動した。でも、そんなに怖がらなくてもいいのに。本当は優しいんだ、東雲くんは。
「じゃあ、小塚、さっきのとこ頼むな」
「……あれ? 先生、どこでしたっけ?」
東雲くんが入ってきてくれたおかげで時間が経って、すっとぼけたふりができた。ラッキー!
先生が親切に教えてくれたとこは案外簡単で、おバカな私にもちゃんと間違えずに答えられた。ここで間違っちゃったら恥ずかしいもんね、東雲くんもいるし。
やっと座れると思って腰を下ろそうとしたら、それよりさきに東雲くんが自分の席を立った。え、もう帰っちゃうの? さっき来たとこなのに……。
「小塚さん、解答も終わったし、ちょっと来て」
「へ?」
「お、おい、東雲? まだ授業中なんだけど……」
「そんなの俺には関係ない」
さっきと同じセリフを言って、東雲くんは私の腕をつかんだ。え? わわわ、何? 私、どうしたらいいの?
「小塚さん、早く荷物まとめて。行くよ」
「は、はい!」
私はなんとなく言うことを聞いてしまって、慌てて荷物をまとめた。もうダメだ。言いなりだ。
教室から出て行くときに、心配そうな顔をした楓と目が合って、大丈夫だよってテレパシーを送ってみた。……伝わったかな?
連れてこられたのは屋上だった。東雲くん、いったい何したいんだろう?
東雲くんは私の手を引いたまま、給水タンクの裏へ歩いて行った。私は大股で歩く東雲くんに一生懸命小走りでついて行く。し、東雲くん、足長い!
でも、今の私には東雲くんと私の足の長さの差なんてどうでもよくって、東雲くんの大きな手が私の太い腕をつかんでることの方が重大だ。だってこれ! わー、ドキドキする。伝わってないかな? ドキドキしてるのバレちゃったらどうしよう。とか思ったらまたドキドキしてきたー!
「ただいま」
「おかえり、渉」
「ん? 誰、その子?」
「マネージャー」
え、何それ? 何のお話? マママ、マネージャーって?
「あー、その子が?」
「そう。俺のクラスの小塚さん」
「可愛いー!」
「ちょっと那央、勝手に触らないでよ」
「別に渉のじゃないんだからいいじゃん!」
「そういう問題じゃない」
会話に入っていけないよ。確かこの人たち、東雲くんの不良仲間だ。なんで私、こんなところに? 東雲くーん、ここに一人まったく状況を把握できてない奴がいるんですが。誰か、この際東雲くんじゃなくてもいいから、説明を……!
「あ、小塚さん、ほったらかしてごめん。……大丈夫?」
「う、うん。あの、東雲くん、マネージャーって?」
「俺らバンド組もうと思ってんだけど、事務的なことってめんど……じゃなくて、苦手だから、誰かにやってほしくて。部活のマネみたいなもんだと思ってくれればいいから。俺も手伝うし」
「やーん、渉くん優しいー」
「うるさい。黙ってろ」
や、やりたい! やりたいよ、それ、東雲くん! だって私、今すっごく東雲くんの役に立ちたいもん。あれ、でもなんでだろ? なんで私、東雲くんの役に立ちたいんだろ?あ、わ、わ、そっか! 恋してるんだ、東雲くんに。私、東雲くんが、好き、なんだ! そ、そしたらこれ、チャンス……! チャンスだよね。でも私、たまに鈍くさいし、トロいし、頭悪いし、可愛くないし、いいのかな? もっと可愛くて、気が利いて、頭がいい子……、あ、副室長の早川さんとかのが、絶対役に立ってくれそうな気が……。
「小塚さん、どう? やるよね? やってくれるよね?」
「で、でも、わたし……」
「他の子のがいいんじゃない、とか言わないでね。俺が頼んでるのは小塚さんなんだからね」
「う、うん。じゃあ、やってみようかな」
「そう、ありがとう」
なんだかとっても言わされた感があるけど、気のせいだよね……。これは私の意志だもん。よし、頑張って東雲くんの役に立とう!
「よろしく、小塚さん」
とりあえずその場で自己紹介をして、私の仕事を教えてもらってやっと教室に戻れた。しかも東雲くんが送ってくれた! でも、もう授業は終わってて、みんな部活に行ったり帰ったりした後だった。楓も帰ってるだろうなぁ、と思ってたら、楓は一人で自分の席に座って私を待ってた。持つべきものは友だね。
「ただいま、楓」
「久々美! アンタ、大丈夫だったの? ひどいことされなかった?」
「うん、全然。むしろ大歓迎されちゃったよ」
「は? 何言ってんの、アンタ? なんで歓迎されてんのよ?」
「うん、それがねー」
私は所々かいつまんで、ことの経緯を話した。楓は黙って聞いててくれて、最後に一言。
「まぁ、私はあんまり賛成しないけど、アンタがやるって言うなら何も言わないわよ」
だって。なんだかちょっと泣きそうだ。