器用貧乏に光あれ
「そうね。どうしましょう。キミは何か得意なこととかあったりしない?」
妙に歯切れの悪いカリーさん。俺という人間を見て、これが合っているだろうという武器やスタイルが浮かんでこないのだろう。気持ちは分かる。
とはいっても、俺だってなんとか彼女のアドバイスが欲しいので、そのきっかけとなるようなことがないかと考える。
「いちおう、右で字を書いて左でモノを投げたり打ったりできます」
なんとかして頭から捻りでたのがそれだった。
「おお。すごいわね! ひょっとして利き腕が両方なの?」
悩ましい顔から一変、喜びを露わにするカリーさん。
「いえ、もともとは左利きだったんですけど、両親に書き物や食事の時は右を使うように矯正されたんです。だから投げたり打ったりするのは左のままってだけなんですよね」
それが才能でもなんでもなく、家庭の事情から仕方なしに得られた特徴なのが残念だが…… それでも役に立てればいいと淡い期待があった。
「そっか。でも両方使えるってことは、器用なのね」
是非ともはい! そうなんです! と答えたいところだったが実際は、
「…… どちらかといえば、器用貧乏かもです」
字の上手さは人並み以下。学校のスポーツテストで行った遠投も中の下程度の記録とどちらもぱっとしないありさまだった。
「そっかあ」
肩を落とすカリーさん。がっかりする彼女の姿を見て、むしろ俺の方が申し訳ない気持ちになる。
言うんじゃなかった。
後悔していると、突然ドアが再び開き、二度目の闖入者が。
「やあカリー。今日も綺麗だね」
やって来たのは肌の白い、くすんだ金髪を短く刈り込んだほりの深い顔をした男だった。
「ブラウンさん。こんにちは」
顔見知りらしいカリーさんが手を振って挨拶。
「お、そちらの少年は?」
ブラウンさんと呼ばれた人は、新顔の俺に興味を持ったようで、小走りで距離を詰めてきた。
顎にはうっすらと髭が。歳は一回り以上離れているような気がする。
「今日からエインガードとして活動することになった俊くんよ」
彼が何者かは知らないが、目上の人であることは明白だったので、カリーさんの紹介に続きぺこりとお辞儀をしておく。
「おお。ついに僕にも後輩が出来たのか! はっはっは。めでたいめでたい」
ブラウンさんはガッツポーズをつくり大いに喜びを表現した後、握手を求めてきた。
お互いが手を差し出すと、がっしり握りあう。
この人は俺のことを後輩といった。ということは。
「俊くん。ブラウンさんはね、キミたちの前の儀式でイムスフィアから召喚されてきたのよ」
ブラウンさんはエインガードとしての先輩だった。それもわりと立場が近そうな。
「そうなんだよ。だからもし困った事があったら頼ってくれてかまわないぜ。あっはっは!」
有難い言葉。彼の印象がぐっと良くなる。
「で、二人はいったい何をしているのかな?」
ブラウンさんは俺とカリーさんを交互に見ながら怪訝そうに尋ねた。
「あ、実はですね」
俺は身近な先輩であるブラウンさんに事情を説明。
経験者としての立場から何か良いアドバイスがもらえるかもしれない。
「なるほどね、事情は分かった」
俺の話を聞いたブラウンさんは腕組みをし、「うーん」と唸りはじめた。
「そうだ! それなら僕から良い提案があるよ」
ほどなくしてぽんと拳で手のひらをたたき、楽しいいたずらを思いついた子供のように、にんまりとした。
「一度僕たちと一緒に狩りにでればいいのさ。体験してみないと分からないことはたくさんある。僕自身もそうだったしね。だから明日一日、僕らのパーティに体験入隊して、その上でどんな技術が自分に必要かを感じて決めればいいのさ」
「え?」
予想だにしない提案に驚く。心の準備も何もあったものではない。
「あ、それはいいかもしれないわね。でもブライアンさんはほんとにそれでいいのかしら?」
意外にもカリーさんまでもが乗り気。俺が付いていったところで邪魔にしかならない気がするのだが……
一人くらいお荷物がいても平気だということなのだろうか?
「問題ないね! ちょうど荷物持ちが欲しかったところだし」
なるほど、荷物もちか。それくらいなら俺にもおそらく出来るだろう。
あらためてブラウンさんが言ったことを考えてみると、確かに一理ある。
現状は自分に向いてそうなものが何か分からない。ならば、パーティに必要そうな役割を見つけてそれを習得すればいいのだ。むしろ俺みたいなこれといった特技やさしたる特徴もない人間からすると、そっちの方が建設的に思える。
「その、ご迷惑おかけすると思いますが、よろしくお願いします」
他の五人より一足さきに現場をのぞけることは俺にとって非常に有意義だと思うし、ひいてはそれがパーティの為になるのではないかと思う。
それにブラウンさんたちが一緒なら安全だろうし…… たぶん。
「こちらこそ頼むよ俊! 明日の朝十時にこの場所でおちあおう。じゃあまたな あっはっは!」
こうして頼もしい先輩が去って行くと、再び静かな時が戻る。
「ちょっと特殊なケースになりそうだけど、するべきことが見つかってよかったわね」
安堵の笑みを浮かべるカリーさん。
「ええ、そうですね」
俺も同じように笑って返す。
俺個人で考えると他の五人に出遅れたような気もするが、そのぶん明日は存分に勉強させてもらい、せっかくならこの選択がパーティとしては正解だったと思えるようにしたい。
ふと、カリーさんが胸元から紐のついた丸いコンパクトのようなものを取り出して蓋を開いた。
「さて、五人が戻ってくるまであと二時間くらい、どうしましょうかね?」
彼女が開いた蓋の中身に目線をあわせてからそう言った。このコンパクトっぽいものの中身は懐中時計な?
いずれにせよこの世界にも時間という概念が存在するのは分かった。
「あの、カリーさんに色々とこの世界のことで聞いてみたいことがあるのですが、いいですか?」
せっかくなので空いている時間を、分からないことだらけの現況を少しでも把握するために費やしたいと思った。
「いいわよ。それじゃあ、皆を待っている間は、キミから私への質問の時間に充てましょうか」
六人もの生徒の引率で気疲れしているだろうに、快く引き受けてくれるカリーさん。
「ありがとうございます」
親切なカリーさんに感謝の意を述べることを忘れてはならない。
きちんと言葉にすることで、相手にも伝わり次のお願いがしやすくなる、かもしれない。
「で、重ね重ねで申し訳ないのですが、できれば紙とペンを貸してもらえませんか?」
図々しいかとも思ったが彼女にせっかく聞いたことも、忘れてしまっては意味がないので、勇気をだしてお願いする。
「いいわよ。あ、ちょっと待っていてね」
気の良い返事をくれたカリーさんは席を立ち、軽い足取りで階段を駆け上がっていった。
「はい、これ。特別にプレゼントしてあげるわ」
戻ってきたカリーさんは、脇に抱えていた本と羽ペンをテーブルの上に置いてそう言った。
「え? いいのかな。ありがとうございます」
借りるつもりだったのだが、まさかもらえるとは。
「メモをとろうというキミのやる気に期待しての贈り物なのだから、有意義に使ってね」
学校の授業などでノートをとることが習慣になっていたので、この世界でも実践しようと思っただけなのだが。さりげないプレッシャーに恐縮。
飾り気のない茶色の表紙をした本を開くと、白紙の紙が何枚も綴られていた。ここに書き込んでくださいということか。 指先で一ページ目をなぞると、自分たちが使っていた紙とそんなに変わらない質感だと感じだ。どうやら、羊の皮を元にした分厚い紙とは違うらしい。
「では俊くん。どこからでもかかってきたまえ」
カリーさんは俺の対面に腰かけ、薄い胸をぽんと叩いた。