間の悪い男
「うーん……」
吟味するも何を扱うのが良いか全く分からなかった。何せ刃物など包丁くらいしか握ったことがないのだ。
俺に格闘技や武道の経験があれば別なのかもしれないが、帰宅部として活躍していた自分には、どれ一つとしてピンとくるものがない。
「どうかな? 自分に合いそうなものは何かありそうかな?」
長い沈黙に探りを入れたかったのか、カリーさんが問いかける。
「俺は決めた! 漢ならやっぱり拳だろう!」
駆くんが握りこぶしを合わせて大きな声で答える。基本的に声量が多いというのが彼の特徴のようだ。
「はい。わかったわ」
返事をしたカリーさんは手に持ったインクの付いたペンをすらすらと紙の上に走らせる。メモをとっているようだ。
「あの、僕は何を習ったら皆の迷惑にならないですかね?」
自信なさげに質問をしたのは、身体の大きな武くん。
「うーんそうね。武くんは身体も大きいし、パーティの壁になるような頼もしい存在になることを目指すのもいいかもね。盾を持ってどっしり構えるイメージで」
「じゃあそれにします」
カリーさんの話を聞いた武くんはほとんど反射的にそう答えた。
主体性がない。俺も人のことはいえないが……
「あの、私たち後衛はどうしたらいいでしょうか? この説明を読んでもいまいち理解が出来なくて」
武くんに続き、凛さんが控え目に右手を挙げて質問。
「後衛はイムスフィアには無い概念を学ぶわけだからイメージしづらいわよね」
フォローするようなカリーさんの一言。
彼女の言うとおり、武器を持って戦うという、大雑把にもイメージのしやすい前衛に対して、後衛という存在が何をするのか、想像するのが難しい。
「参考までに言わせてもらうと、パーティの傷を治す聖の契約者が一人は居た方が安心だと思うわ。あとは個々のパーティ次第だけれど、後方火力として火や電磁の契約者がいてもいいと私は思う」
見知らぬ単語が飛び交う。おぼろげにならカリーさんの言っていることが分かるが……
「というよりは傷を治す魔法使いと、火や雷を扱う魔法使いが居た方が良いって言った方がキミたちには分かり易いわね」
言いなおした後者の方が断然理解しやすい。
「はーい。分かり易いでーす」
律子さんの歯切れ良い返事にほぐされ、カリーさんが微笑む。
「あとはパーティ全体の補助と金策などにも便利な存在。魔石の扱いを心得た練成士が居てもいいかな。
これも、キミたち風に錬金術師と言った方が馴染むわよね、きっと」
「魔法使いと錬金術師かー。なんだか夢の国みたいねー」
カリーさんの話を聞いた律子さんが感想を漏らす。凛さんと有紗ちゃんも同じことを感じたらしく、こくんとこくん頷いていた。
「うーんと、有紗ちゃんは何がやりたい?」
最年少の有紗ちゃんを気遣ったのか、律子さんが穏やかに尋ねる。
「ま、魔法使いやってみたい、かもです。その、火とかだしてみたいです」
控え目ながらも確かな自分の意思、というよりは願望を示す有紗ちゃん。
ちょうどそういうファンタジーに憧れる年頃なのかもしれない。まあ、彼女が火を出しても、魔法使いというよりは魔法少女といった方がしっくりくるが。
「はーい決定! 有紗ちゃんは熱い魔法使いね」
律子さんが手を叩いてそう宣言。俺としても特に異論はない。
「凛ちゃんは何がいい?」
律子さんは、自分のことを差し置いて、もう一人の後衛である凛さんに問いかけた。(おそらく)年長者としての気遣いなのかもしれない。
「私は化学としての錬金術ならまだほんの少しだけ馴染みがあるので出来ればそれで」
凛さんは目を閉じてわずかに黙考すると、一息でそう言った。
俺にとって錬金術とは、鉛を金に変えようとしたり不老不死の薬を作ろうとするイメージしかなかったが、化学に通じる部分があるらしい。
今の発言により、勝手ながら凛さんに対して知的なイメージが付いた。
「オッケー。それなら私は看護士やりまーす!」
凛さんの意思を確認した律子さんは、間髪入れずに自分の役割を決めてしまった。
看護士とは傷を治す魔法使いのことを洒落でそう言ったのだろう。
仲間への気遣いも垣間見えるし、醸し出す大人びた雰囲気もあいまって心に余裕があるように思える。
もしかしたら律子さんが六人のなかで一番頼れる存在なのかもしれない。
「わかったわ。これで五人は決まったわね」
難航すると思われたが、話の流れで俺以外のメンバーは案外あっさりと役割が決まった。
こうなると俺にも焦りが出てくる。考えても埒があかないので、武くんに倣ってカリーさんにアドバイスをもらおう。
そんな風に思った矢先のことだった。
「おーい。カリー! まだなのか? まちくたびれたぞ!」
勢いよく建物入口の扉が開け放たれる。外から飛び込んできたのは黒い肌の禿頭。目じりに皺が刻まれている壮年の男だった。
「すいません、ベルドル支部長。あと一人ですので」
ダイナミックな登場に驚く俺たちだったが、カリーさんだけが平然としていた。慣れているのだろう。
「お? それなとりあえず、決まった奴から連れて行くか。おーいキミたち。習うものが決まった奴らは俺に付いてこい!」
ベルドル支部長と呼ばれたおじさんが、のっしのっしと大股で呆気にとられる俺たちの座るテーブルへと近づいてきた。
「ごめん、あの人私の上司なの。言うとおりにしてあげてくれる?」
カリーさんは手を合わせると申し訳なさそうに言った。
「ほらほらみんな、修行しにいくぞー!」
「修行だと! おし、いくか!」
ベルドル支部長の言葉に触発されたのか、それまで座っていた駆くんも勢いよく椅子から立ち上がる。
「お、坊主いい気合いだな。ほらほかの奴もいくぞー!」
腕をぶんぶん回しながら早くしろと煽りをいれるベルドル支部長。
「あ、はい」
「はいはいー」
「分かりました」
「ひい」
残りの4人も半ば強引に席を立たされる。
こうして、嵐のようにやってきた黒いおじさんによって、出来たばかりの五人の仲間が連れられてしまった……
台風のようなベルドル支部長が去ったあとには、清々しいほどの静謐。
「みんな、行っちゃいましたね」
俺は取り残された寂しさをかみしめ、ぼそりと呟く。
「ええ、ごめんなさいね。支部長、ほんとにせっかちなのよね」
申し訳なさそうに謝るカリーさん。
「いえ、それはいいのですけど」
どう考えても彼女は別に悪くない。
「うん」
だからこっちの問題はもう終わりで良い。のだが、
「ところで俺、どうしたらいいですかね?」
もう一つの話は一刻も早く解決しなければならない。