気分は転入生
建物の中には細かな仕切りがなく、木製と思わしき長方形のテーブルとイスが等間隔で並んでいた。その一角には五人の男女。
「お、やっと最後の奴が来たか」
五人のうちの誰かが言った。
どうやら俺が来るのを待っていたらしい。
「こっちよ」
カリーさんに促されるまま、俺は五人が座るテーブルへと歩み寄る。
「皆、待たせたわね。彼が最後の一人よ」
テーブルに座る五人の視線が一斉に俺へと集まる。
緊張。ひょんなことで転校生という存在の気持ちが少し理解出来た。
「どうもはじめまして。瀬古俊といいます。よろしくお願いします」
初対面の相手に失礼な印象を与えないように気を配り、奇もてらわずシンプルに告げる。
少し声が震えてしまったであろう事実は、愛嬌ということでご容赦願いたい。
「おう、よろしく頼むぜ、俊! 俺のことは駆って呼んでいいぜ」
一番初めに俺の挨拶に元気な返事をしてくれたのは、幼さの残る年下っぽい男の子だった。
身体の線が細いその男子は、くるりとした大きな目とその周りを縁取る長い睫が印象的で、同性の俺から見るとカッコいい。というよりはあどけなくて可愛いといった印象。
「こちらこそ、よろしくね。僕は会田武。武って呼んでね」
次にゆったりとした速さで返事をくれたのは、駆くんとは対照的な線の太い男性。
丸みを帯びた大きな顔には八の字の太い眉毛。その下には、眉にお似合いの垂れ目が付いており、そのせいか、とても優しそうな人に見えた。
「はじめまして俊君。私は掛川律子っていいます。仲良くしてねー」
三番目に手をひらひらと振りながら返事をくれたのは、柔らかな雰囲気を醸し出す、大人っぽい雰囲気の女性。艶のある長い黒髪は手入れが行き届いているように見え、黒眼が大きな瞳の下にあるほくろと潤った唇からは、つい色気のようなものを感じてしまう。
学校の先生が律子さんみたいな人だったら、退屈な授業がいくらか楽しくなりそうだ。
「どうもはじめまして。私は神田凛といいます。よろしくお願いします」
四番目に丁寧な口調だが、ともすれば少し冷たいともとれる感じのする声音で返してくれたのは、ミディアムショートの目つきが鋭い女子。
おそらく同年代であろうその娘は、挨拶をくれた時からずっと固い表情のままであり、整った顔をしているということも相まって、どことなく近寄りがたい印象を受けた。
「あ、あの私は有紗ウイリアムズっていいます。よ、ろしくです」
最後にたどたどしい返事をくれたのは、まだ子供にしか見えない可愛らしい女の子。
小学校低学年から中学年位にしか見えない彼女は、その名の通り海外の血が入っているようで、鮮やかな亜麻色の髪とアッシュグレーの瞳がそれを物語っていた。
こんな小さな子供がエインガードとしてやっていけるのだろうか? おせっかいかもしれないが、そう思わずにはいられない。
「よし、自己紹介は終わったわね。さあキミも座って」
「あ、はい」
促され、突っ立ていた俺は空いている椅子に腰かける。
カリーさんが全員の顔を見渡し、話を始めた。
「では皆さん。この六人がエインガードとして活動することを選んだ仲間よ。特に決まりがあるわけではないけれど、初めのうちは六人でパーティを組んで行動することをお勧めするわ」
ただでさえ心細い状況なのだし彼女の言うとおりに六人で行動した方が良いと思う。
しかし俺は、彼女の言葉に一つひっかかりを覚えた。
――――そしてそれはどうも俺だけではなかったようで、
「すんませーん。一ついーすか?」
初めて見た時から馴れ馴れしい印象の駆くんが、勢いよく右手を挙げて話に割り込む。
「はい、どうぞ」
「六人が仲間っていうのは全然ありだけど、エインガードとして活動するのは六人じゃなくてもよくないすか? だってモンスターと戦うことになるんでしょ? 足手まといになりそうなら家で待ってもらった方がいいでしょ」
口悪いなこいつ。だが一理ある。
いささかデリカシーに欠ける物言いだが、駆の言っていることは俺も分かる。というかまさにそこが引っかかっていたのだ。
俺や駆のような奴はともかく、有紗ちゃんのように小さな子供を得体の知れないモンスターと戦わせるなんて人道的にどうかと思う。
「う~ん。そういうわけにもいかないのよね。キミたちの目標は死者蘇生の禁術を使って元の世界に戻ることでしょう? まだ誰も会得した人がいないから絶対とは言えないのだけれど、死者蘇生術を使うには莫大なプラーナが必要になる。現に私たちがキミたちを呼ぶのにも、かなり大がかりな儀式と、この世界の人間のなかでも最高クラスのプラーナを宿す神官を必要とするしね。加えて一度術を使った神官は代償として約七十日もの間、プラーナを失ってしまうというリスクも負うのよ」
「……」
黙り込む俺たち。
「仲間に蘇生の術をかけてもらうことは出来ないのでしょうか?」
沈黙を切り裂いたのは、先ほど凛と名乗ったとっつきにくそうな女子の一言だった。
なかなか鋭い意見だ。
「ええ。死者蘇生術は使用の代償として、術者はそのプラーナ全てを永久に失うと伝えられているの。興味があるなら、そのあたりの伝承が記された本があるから今度見せてあげるわ」
「そうですか」
カリーさんの返答に肩を落とす凛さん。気持ちは分かる。
結局は己の力でどうにかするしかないらしい。どの世界でも楽は出来ないな。
「つまりかなりの確率で、キミたちは死者蘇生に必要な膨大な量のプラーナをその身に宿さなければいけない。六人それぞれがね。その為にはエインガードとして活動し活躍することは必須といってもいい。何故なら魂を懸けてモンスターと戦うことでエインガードのプラーナは高まっていくのだから」
なるほど。そういう事情があるから俺たちはエインガードとしてより高みを目指す必要があるのか。成長することにより活動の範囲も広がるだろうし、ひいてはそれがアストヴェリアの人たちへの貢献に繋がるというわけだ。まったく良く出来た話だ。
「うーん。そうはいってもよー」
腕を組み、むーと唸る駆くん。
カリーさんの話に納得出来かねるようだ。
「それにね、この六人に足手まといなんていないわよ。俊くんや駆くん。それに有紗ちゃんにも、それぞれにきちんと役割はある」
カリーさんはそんな駆くんの様子を見て何かを察したらしい。
「役割? ほんとかよそれ」
駆くんが噛みつくように割って入る。