火事場の新技
「こなくそおおお!」
四発目のオーバーブローが発動。ネェルオーガが苦悶の表情を浮かべる。
「次で回復は打ち止め!」
律子さんが苦々しい顔で宣言。
一方の俺は痛みを無視し、怪物の右足にディレイファングで狙いを付ける。二本の短剣の刀身が紫を帯び、筋肉質なネェルオーガの足を切り刻む。
振り下された大刀は、俺ではなく脅威の拳を放つを駆の元へ。
駆はディレイファングの効果によって、鈍くなった振り下しを咄嗟に避ける。
すると、ネェルオーガはここぞとばかりに攻撃をし続ける俺を目掛けて右の拳を振るう。
攻撃に意識が寄り過ぎていた俺は、避けることが出来ず、辛うじて両手を交差して身を守った。
「っつ」
拳というよりハンマーで叩かれたような衝撃に、苦痛が声となって漏れる。
「これは武のぶんだああ!」
五発目、最後のオーバーブローが極まり、ネェルオーガの巨体がくの字に折れる。
腹から抜いた駆の拳は赤に染まっており、拳から血が滴っていた。
「ごめん、私も限界」
無理な魔法の連続発動が祟ったらしく、律子さんのプラーナが尽きかけていた。
二人とも、満身創痍。
「あとは任せて」
事実上戦闘不能となった駆と律子さんに下がってもらった。
俺は両手の短剣を握りしめる。
身体中のあちこちが痛い。
だが、力を振り絞ってチャンスを作ってくれた二人に俺は報いなければならない。
「魔法の準備を!」
だからもう退くことは出来ない。後ろにも行かせない。
決意を胸に、俺はヘッドギアを脱ぎ捨てた。少しでもネェルオーガの動きがよく視えるようにという気休めだ。理には適わないが、そうした方が良いと思った。
ネェルオーガが前に出た俺を睨みつける。
こいつだってディレイファングで四肢を切り裂かれ、オーバーブローによってボディに多大なダメージを受けているはず。
だがしかし、この大ゴブリンに些か闘志が衰えた様子はない。まさに怪物だ。
「いくぞ、くそゴブリン!」
死中に活を見出すと言わんばかりに、俺はネェルオーガに肉薄し超接近戦を仕掛ける。
その大きさ故、物理的に取り回しの利かない大刀を封じ、小回りの利く短剣の優位を獲得するためだ。
とはいえ、ネェルオーガはその拳や蹴りも一撃で致命傷になりえる。だからまともに攻撃を受けてはならない。
足を止めて防御してもそのまま畳み込まれる可能性は高い。だから動き回って的を散らす。
「グオオォッ!」
弱気は論外。攻め続けなければ、駆と律子さんが作ってくれた機会が無駄になってしまう。
攻める。ただし隙が出来ないように動きは小さく細かく。攻撃は浅くてもいい。
その代わり何度も斬り付ける。幸いなことに強化された短剣は鎧を切り裂くことも出来る。
ネェルオーガの反撃は上半身を逸らして最小限の動きで躱す。ディレイファングが効いているらしく、振りの鋭さはそれほどに感じない。
鼻先に風圧。拳が頬を掠め、熱を感じる。
視ろ。相手の動きをよく観るんだ。
俺がアストヴェリアに来てから一番長くやっていることは視ること。視るということを鍛え、特技を覚え使い込んできた。
凡才たる俺でも、眼を使うことだけは少しだけ自信がある。だから観る。
観ることで学びとる。
凡人であると自覚していたからこそ、ノートを使ってまでして様々なことを覚えようとを努力した。
視ることと学ぶこと。
合わせれやれば、視て学ぶことになる。。
ネェルオーガの大刀が横薙ぎ一閃。
俺は飛び退くではなく、しゃがみこんで死の斬撃を回避。
頭の上を死神の鎌が通過。 同時にたわめていた足を伸ばしてネェルオーガに飛び込む。
順手の右で二回切り裂き、逆手の左で一度突き刺す。きっちり三回攻撃したところで、ネェルオーガの左振り下しを避けつつ身右側面へ移動。したところに怪物の肘打ち。顔面に衝撃。鼻がめり込む
のけ反る勢いままに、バックステップで緊急退避。
――まだだ。もっとよく視て軌道とリーチを覚えろ!
鼻から出る血を拭い、己を叱咤。
すると、意思に呼応しプラーナが瞳の中に吸い込まれていくのに気が付く。
遠見を使っている時と似て非なる感覚。
「グアアッ」
ネェルオーガ―が口を開く。火の玉を吐き出すつもりだ。
「やってみろ!」
俺は短剣を両方とも順手に持ち直し、逃げる選択肢を捨てネェルオーガへと突っ込んだ。
ドスを刺すように身体を怪物に押し付け、胴体に刃を差し入れる。
この状態で火の玉を吐けば、ネェルオーガ自身も巻き添えになる。それでもやるならやればいい。
覚悟を決めた俺だが、火の玉はやってこなかった。
代わりに来たのは無理な体制からの大刀の突き刺し。俺は飛び退き回避。大刀が空を突き、ネェルオーガの身体が流れる。俺は再び接近し、突いて刺して突きまくる。調子に乗るなといわんばかりの反撃の蹴り上げも、サイドステップで回避。
今度は側面から左右の連斬りをお見舞いする
――ネェルオーガの動きがスローに視える⁉
俺自身の身体は疲労とダメージで重いが、それ以上に相手の攻撃が遅く感じる為、ギリギリでの回避が出来るようになってきた。
それは即ち反撃の余裕を生み出す。俺は相手の攻撃を躱しては、斬り裂き殴り突くという一方的な攻撃を繰り返す。
――――武、俺は今、おかしいくらいにやれているよ。




