閃き
俺は痛みを堪えて立ち上がると、答えが見つからないまま奮戦する駆の元へ向かった。
「いけるか?」
駆は視線をネェルオーガに向けたまま、声だけをかけてくる。
「ああ」
短く返事。身体は痛むが、動けないほどではない。
二人で左右からネェルオーガに挑みかかる。
大刀の攻撃軌道には多少は慣れたのか、反撃する隙も僅かに生れてはきた。
だが、ネェルオーガの身体は頑健である上に鎧を着ているため、有効打を与えることが出来ない。
相手も俺たちの攻撃を脅威に思っていないのか、防御しようという気持ちが微塵も見えない。
このままではネェルオーガの足を止めることなど出来ないだろう。
それに、大刀以上に射程の長いあの火の玉は、厄介にすぎる。
逼迫していく状況。早急に何か手を打たなければならない。
――何か良い方法はないか。考えろ。考えるんだ。毎日書き綴ったメモ。その中にヒントはないか? 思い出せ。
――――あ!
この状況を打開し得る一撃を、俺は既に知っていた。
それは駆の特技オーバーブロー。あの強力な一撃ならば、ネェルオーガといえど無視できない痛手を負わせることが出来るはず。
だがいいのか?
オーバーブローは捨て身の技で、一度使えば駆の腕が使い物にならなくなってしまう。
もしオーバーブローを使って状況が好転しなかったら最悪もいいところだ。
ネェルオーガは鎧で身を固めている。オーバーブローの威力を信じたいが、鎧を突き破って奴にどれほどのダメージを与えられるだろうか?
――――いや、そうじゃない!
脳内に散らばったピースが集まり形を成していく。閃いたのは苛烈の極みと言ってもよい方法だった。
――――だが、これしかない!
「駆、次あいつが火を吐こうとしたら、オーバーブローかましてやれ! 隙は俺が作る!」
「まかせろ!」
思いついた策を実行するため、駆に役割を説明するとすぐに頼もしい返事が返ってきた。
「律子さん! 駆の技が決まったと同時に右腕の回復を出来るよう準備をお願い!」
「分かったわ!」
俺の意図に気が付いたのか、律子さんは疑問の声を浮かべることなく了解と返事をしてくれた。
準備は出来た。このまま攻防を続けていれば、きっといつかもう一度火の玉を吐き出してくるはず。あとはそれを待つのみ。
想いが通じたのか、ネェルオーガの大きな口が再び開かれた。プラーナが口元に集まり火の玉を吐き――――出させはしない!
俺は決死の覚悟でネェルオーガとの距離を詰めると、左に持っていた短剣を投擲した。狙いは、恥ずかしげもなく開いているあの大口。
ネェルオーガは口に向かって飛んでくる短剣に気付き、すぐに口を閉じる。すると信じられないことに、俺の投げた短剣は怪物の乱杭歯に噛みあわされていた。反応が良すぎる。
――――が、本命は俺ではない!
「うらあああ!」
準備していた駆のオーバーブローが炸裂。鎧を砕き駆の拳がネェルオーガの腹へとめり込む。と同時に駆の腕が破壊され使い物にならなくなる――――が、僅かな時間差で律子さんの魔法によって治療され――――駆の腕が治療されてゆく。
「駆! オーバーブローを連打してくれ!」
「わーったよ!」
「律子さん!」
俺の意図を察したらしい律子さんは静かに頷く。
駆のオーバーブローは強力が故に、代償として使った方の腕が壊れる。
だからここぞという時に一度しか使えない。俺は今までそう思い込んでいた。
だがそれは、間違いだったのだ。
技で負傷した腕は魔法で治せばいい。回復魔法は敵からの攻撃で受けたダメージを治すものではない。単純に傷を治す技術なのだ。
律子さんが戦闘中に癒しの光を使うことが出来るようになったおかげで、戦いの最中に負った負傷であれば経緯はなんであれ回復出来るようになった。
その事実が、今まで不可能だと思っていたはずの、オーバーブローの連打を強制的に可能にする!
オーバーブローと癒しの光。なんとも恐ろしいコンボだ。
威力もそうだが、実行する者の苦痛を考えると正気じゃない。己を痛めつける一撃を自分の意思で連打するのだから。
「駆――――」
想像を絶する負担を相棒に強いることに申し訳なくなり、すまないと謝ろうとしたすんでのところで思いとどまる。
この男が求めているのは謝罪の言葉なんかじゃない。
いつだって勇気と男気に溢れている駆が求めているものは、
「男をみせろよ!」
仲間からの信頼と相棒からの激励のはずだ。
「ああ、見せつけてやんよおお!」
勇ましい言葉と共に、二発目のオーバーブローがネェルオーガを直撃。
大鬼の膝が揺らぐ。
「回復はやく!」
既に魔法を発動しようとしている律子さんを駆が急かす。
――――大丈夫、焦らなくても次のオーバーブローを打つまでの時間は俺が作る。
俺はディレイファングを発動。大刀を持つネェルオーガの右手に短剣を突き刺す。すぐに抜いて顔面へと投擲。ネェルオーガは投げつけられた短剣を左手で払う。
急所だらけの顔面を狙えば、さすがの奴も俺の攻撃にも対応せざるをえないだろう。
俺は腰の後ろに両手を伸ばし、ブーストの錬金を施し強化された方の短剣を抜く。
「ちぇすとおおお!」
三発目のオーバーブローが放たれる。
「グウゥ」
ネェルオーガの膝が折れた。そこへ俺がディレイファングで追い討ちを決める。左腕を何度も斬り刺していると、鬼からの反撃の前蹴りをもろにくらってしまった。
これでいいと、吹き飛びながら俺は思う。
――――駆が無事ならば、それでいいのだ。




