奇襲成功
ネェルオーガは四歩進んで立ち止まると、王者の視線で上から俺を見下してきた。
挑戦者である俺も負けずに睨み返す。
「グウゥ」
威勢の良い挑戦者を始末することにしたのか、ネェルオーガが右手の大刀を振り上げた。
ネェルオーガたちにしてみれば、俺は死刑執行を黙して待つ罪人のように見えただろう。だが、
――――そうはいかない!
まさに大刀が振り下される瞬間、何本もの雷撃が視界を覆った。
「よし!」
――奇襲成功。
狙い通り、有紗ちゃんのいかずちの魔法をゴブリン四体に直撃させたのだ。
予め有紗ちゃんが魔法を発動準備しておく。
俺がネェルオーガたちの気を引いて奴等が無防備となっているところに、準備完了した魔法を発動し直撃させる。この連携が上手く決まったのだ。
この作戦はシンプルだったが、決行するにあたって問題があった。
いかずちは範囲こそ広いが射程短い魔法だ。故に発動準備の段階で、ネェルオーガたちにプラーナを感知され防御されてしまう可能性が高かった。
しかしその問題を、有紗ちゃんを騎士、他の三人を馬とした騎馬になることで解決したのだ。
馬となった三人が上に乗った騎士の有紗ちゃんを運ぶことで、本来は固定砲である魔法を移動しながら撃てるようにしてしまった。
まさに力を合わせる、だ。
この方法の発案者である律子さんの柔軟な発想と、魔法準備中は何事にも動じない、有紗ちゃんの凄まじい集中力が伴って初めて実行出来た戦法だ。
いかずち直撃により硬直した隙を逃さず、俺は逆手に持った短剣でゴブリンの喉を掻っ捌く。
一匹二匹と急所を裂いて素早く仕留める。短剣でもゴブリンの急所さえ突けば、かなりの殺傷能力を持ちえることを、ここ何日かの戦いで俺は学んでいた。
「もう一匹は任せろ!」
大きく振りかぶった駆の金属棒がゴブリンの脳天へと振り下される。ブーストの錬金により強化された棒が一撃でゴブリンの頭を粉砕する。
俺たちは未知の存在であるネェルオーガよりも、戦い慣れたゴブリンから先に仕留めようと決めていた。
――残るボスのはネェルオーガのみ!
「ウガオオオオォッ!」
いかずちをまともに喰らい、白煙を燻らせるネェルオーガが咆哮。
俺には目もくれず有紗ちゃんの元へ駆け出した。
手下を殺された恨みがあるなら俺か駆にまず目を向けるべき。
そうでないということは……
自分にとって一番の脅威である、魔法使いの有紗ちゃんを最初に倒そうと考えたのか?
だとしたらまずい!
「逃げて!」
おれは後衛に向かってそう叫び、すぐにネェルオーガの背中を追いかける。
追い付き、並走しながら鎧のないネェルオーガの足を斬り付ける。手ごたえは薄い。皮膚が固く、浅い傷をつくっただけ。
俺に続き、駆の薙ぎ払いがネェルオーガの足を打ち据える。
しかしながらネェルオーガは棒の一撃すらも完全無視。
逃げる有紗ちゃんを追いかけてひたすら走る。
「くそ!」
この怪物は俺と駆のことなど眼中にない。
俺と駆は走りながらも、ネェルオーガの足を止めようと執拗に攻撃を繰り返す。
だがしかし、ネェルオーガは無視、もしくは虫でも追い払うような仕草で俺と駆を弾く。
走りながらでは、力のこもった攻撃が繰り出せないのがなんとも歯がゆい。
このままでは危ない。追い付かれたら後衛の三人はひとたまりもない。
「このやろっ!」
俺は右手で持っていた盾をネェルオーガの頭部へ投げる。
命中し、僅かにネェルオーガの走る速度が落ちる。
俺は思い切ってネェルオーガの背中に飛びついた。首に手を巻き付け、短剣の刃を喉へ突き立てる。
刃が届く寸前でネェルオーガが立ち止まり、左手で引き剥がしにかかってきた。なりふりかまわぬ抱きつき攻撃によって、優先目標が俺へと変わった。
そのせいで、俺はもはや短剣を太い首に刺しいれる余裕がなくなり、必死に両腕を絡めしがみつく。
「グオオオオオオッ! 」
が、怪物じみた剛力によって無理やり身体を持ち上げられ、そのまま地面へと叩きつけられた。
俺は辛うじて身体を丸めることは出来たが、受け身がとれずに激突の衝撃をもろに受ける。
「俊ナイスだ!」
駆は身体を張ってネェルオーガを止めた俺を賞賛。怪物の正面へと回り込み対峙する。
金属棒を構える駆に、怪物がはすぐさま大刀を振り下す。
駆は棒を横に構え防御の姿勢で振り下しを迎える。
金属同士が噛みあい鈍い音が響く。
「げっ!」
駆が武器を捨てて飛び退く。金属棒が綺麗に両断されていた。ブーストの錬金をしたことが仇になったか。
今の攻防で、ネェルオーガの大刀は俺たちでは防御不可、避けるしかないことが分かった。
「二人とも、ポートするわ」
有紗ちゃんたちと一緒に逃走していた律子が戻ってくる。
回復サポートが受けられるようになったのは有難い。が、あの大刀をまともにくらったら治癒どうこうの前に死んでしまう。要注意だ。
「へ、ここからは拳で勝負だ! いくぞ俊!」
あわやという目にあったばかりの駆だが、気力は些かも衰えていない模様。
さすが、パーティの特攻隊長。
「ああ!」
俺は相棒と肩を並べネェルオーガと相対。二対一の戦いが始まる。
ネェルオーガは取り逃がした有紗ちゃんのことが気になるようで、時折目線が俺たちの後ろへと移っていた。
あきらかに相手は他の事に気を取られている。が、それでも俺たちは歯が立たなかった。
回避必須であるリーチの長い大刀を避ける為に、どうしても大きく動かなければならない。
すると、今度は距離が開きすぎて、リーチの短い俺と駆は反撃のチャンスを失ってしまう。
さらに、ネェルオーガは大刀だけでなく拳や蹴りも連続で繰り出してくる。
無為無軌道のようで隙のない連撃。
それは我武者羅というにはあまりにも洗練されており、ネェルオーガの必勝喧嘩殺法と表する方が相応しいと感じた。
このままでは俺と駆を無視して、また後衛を追いかけだすのも時間の問題。
焦燥に駆られていると、ネェルオーガが口を開きそこにプラーナを集中させた。
――何か来る⁉
「駆! 何かやって来るぞ!」
ネェルオーガのプラーナの動きを視てそう直感した俺は、駆に注意を促す。
大きな口に集まったプラーナが赤く染まると、怪物は火の玉を吐き出した。
咄嗟にしゃがんで火の玉を避けると、それを見越していたかのようにネェルオーガの大刀がやってきた。
身を屈めていた俺は、そのまま転がりなんとか必死の一撃を回避。したところに今度は蹴りがやってきた。
剛蹴をまともに受け、ボールのように身体が吹き飛ぶ。受け身を取ることも出来ず、俺は不様に岩の上を転げていった。
激痛が全身を駆け巡る。火を吐くとか反則だろうが。
なんにせよ今のままじゃ魔法を当てるなんて到底出来ない。
奴の意識をもっとこちらに向け、尚且つ足を止めて釘づけにしなければならない。そうしないと魔法を発動準備する段階にすらもっていけない。
正直言って、ここまで俺たちとネェルオーガの間に力の差があるとは思わなかった。
どうすればいい?




