表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/57

弔いの戦い

 かっとなって頭に血が上り、動悸が止まらない。

 なんとも許し難いことに、ネェルオーガは武の装備品であった鎧を身に着けていた。

 俺たちが武にプレゼントしたはずの鎧を簒奪したネェルオーガの所業に怒りを覚えつつ、山を降りて仲間の元へ戻る。


「おい、どうした?」


 すぐに俺の只ならぬ様子に気付いた駆が、声を掛けてきた。


「奴らが……ネェルオーガがいた」

「なんだと!」


 空気が張りつめる。


「ついにこの時が来たか」


 駆の瞳に復讐の炎が宿る。武者震いなのか拳をわなわなと震わせていた。       


「待って。私はまだ戦うのは早いと思う」


 律子さんがいきりたつ駆を制するようにぴしゃりと言い放つ。感情は別にして、彼女の言っていることも分かる。


「私は戦いたいです。武さんの仇をとりたいです。もう逃げたくない」


 有紗ちゃんが二人の間に割って入る。この強気な発言は、幼さ故の蛮勇という言葉では片付けられないだろう。

 きっと、彼女だって怒っている。


「二人の戦いたいという気持ちは分かります。でも、誰かが死んでしまうのだけはもう二度と嫌です。今は退いた方がいいのでは?」


 凛さんは現状を分析し、撤退を推奨。

 本心はどうであれ、絶対の自信がつくまで危険は冒すべきではないという彼女らしい合理的な判断だ。

 感情と理性。決して交わることのない二つがぶつかる。

 出会ってから初めてパーティの意見が真っ二つに別れた。


「俊はどうなんだ?」


 皆の視線が俺に集まる。俺の意見で多数が決まる。責任を感じる。

 いい加減な答えなど絶対に出来ない。


「……」

 

 だから考える。どうするべきかと、どうしたいのかを秤にかけて。

 白状するとどちらの気持ちも分かる。ネェルオーガは許せないし、皆に万が一のこともあって欲しくない。

 相反する意見を両立させたい。


「俺は、決して誰もが死なないように戦いたい」


 だから正直な気持ちをぶちまけた。


「なんだそれ?」


 駆が首を傾げる。俺が何を言っているのか分からない様子。


「戦いはするけど引き際は考えておく。つまり無理だと感じたらすぐに逃げる。それが俺の意見」 


 交わらない意見ならば、落とし所を見つけるしかない。俺は理性と感情の狭間でそう結論を出した。


「ふう。私はそれでいいわよ。意地を張って禍根が残るのもいやだし」


 律子さんはため息をつくと、肩をすくめて仕方なしといった感じで俺に同意した。


「俺も、それでいい」


 駆も自分の意見を押し通すことはせず、俺の案に納得。


「それでやりましょう」有紗ちゃんも「分かりました」凛さんも反対はしなかった。


 こうして戦いを挑むが無茶はしないという戦いの方針が決まった。

 その裏で俺は、何があっても絶対に四人のことだけは逃がすと密かに決意を固める。

 前に武が俺たちを逃がしてくれたように。その役目を今度は俺が果たすのだ。

 以前とは違う。今の俺はあの時よりも、ちょっとばかり逞しくなった。

 それに、覚悟もある。


 ――――なあ武、今だったらキミと並んで戦えるかな?

 

 決して届くことのない心の声。

 俺は再び山に登り遠見を発動してネェルオーガたちの様子を探った。

 弓を持ったゴブリンが一。棘棍棒をもったゴブリンが一。短剣を腰にぶら下げたゴブリンが一。出刃包丁のような抜き身の湾曲刀を持ち、武のプレートメイルを着込んだネェルオーガが一。計四匹が火を囲んでくつろいでいる。

 あの鎧は俺たちが武にプレゼントしたものだ。お前が着ていいものじゃない。

 沸騰する感情を宥め、冷静に状況を分析しようと大きく息を吸う。

 そうして出た結論は、今が好機なのかもしれないということだった。

 遭遇戦では勝ち目は薄いかもしれない。だが、奇襲をかければあるいは……

 俺たちは不意を突かれることの怖さを、身を以て知っている。

 今度は奴らにそれを味あわせてやる。


「作戦を立てましょう」


 俺は仲間の元に戻りネェルオーガたちの状況を説明。


「敵が動かないうちにこちらから仕掛けたいところね」

「ええ」


 仲間と情報を共有し、意見を出し合う。

 ゴブリンたちの行動が読めず、あまりもたもたもしていられないので、綿密な作戦を立てることは出来なかった。それでも、上手く策を練れた方だと思う。


「では、いきます。みなさんのペンダントを触らせてください」


 凛さんが俺たち四人の身に着ける、ペンダントの先についた赤銅石に触れる。プラーナが石に流れ込み淡く赤い光が灯った。これでしばらくの間、俺たちのプラーナ自然回復力が向上する。

 さらに駆の金属棒にもブーストの錬金を施す。武器の寿命が縮むのは残念だが、今はやれるだけのことをやる。


「私はもうかなりのプラーナを消耗してしまいました」


 戦い前の下準備が終わると、凛さんからそう自己申告があった。


「わかりました。ありがとう」


 この準備を出来たことが、勝ちへと繋がると信じたい。


「それじゃあ、手筈通り力を合わせていきましょうね」


 律子さんの言葉に皆が頷く。


「じゃあ行ってきます」


 四人と別れ、自分だけが岩山を迂回しながらネェルオーガたちの元へ。

 俺と四人の仲間でネェルオーガたちを挟み込むように位置をとる。 

 静かに息を吸って吐き出し、呼吸を整える。

 遠見を使える俺が作戦の起点であり、重要な役目も任されている。

 プレッシャーを認識し、身体が強張る。

 気を抜くと足が震えてしまいそうだ。

 ――でも、やるしかない。

 左逆手で短剣を持ち、右手で盾を構えた俺は首を左右に振って弱気を振り払った。

 遠見を発動。遠くにいる仲間たちの様子を確認し、動き出すタイミングを計る。

 ――――まもなくして、有紗ちゃんが魔法の発動準備に入った。

 作戦開始だ!


「うおおおぉぉっ!」


 俺はあらんかぎりの声で叫び、単身ネェルオーガたちの元へ突っ込んだ。


「ギギッ!」


 突如襲来した俺に驚くネェルオーガたち。

 手下のゴブリンはすぐに立ち上がりそれぞれ武器を構える。

 睨みあう俺と三匹のゴブリン。一方で、ネェルオーガは片膝をつき視線だけを寄越した。


「なめるな! こっちをむけよ!」


 お前など俺が手を下すまでもないといわんばかりのネェルオーガ。

 俺は罵声を浴びせて挑発し気を引こうとする。

 手下の弓ゴブリンが矢を放つが、俺は盾で受け止める。その様子を見てネェルオーガが立ち上がった。

 二メートルに及ぶだろう巨体がゆっくり歩み寄ってくる。ネェルオーガ一歩ごとに俺の死が近づく。

 はっきりいって生きた心地がしない。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ