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事実上の一択

「カリーさんのおかげでだいぶ分かってきました。貴方たちは俺のような死んだ後も強く生きたい望む魂を選び、この世界に召喚する。そしてエインガードとやらに仕立てることで、俺たちは生き返るという希望を得るる。カリーさんたちはモンスターに奪われた領域を取り戻せる。強く生きたいと望む魂を選ぶ理由は、召喚された人間のやる気がないと困るからですね」

 

 もし生き返って元の世界に戻りたいと願わない人間を召喚してしまったら、危険の伴うエインガードなんかになりたいとは思わないだろう。


「その通りよ。私個人としては、こちらにとって都合の良い話だと認めます。何故ならキミがお願いを聞いてくれると分かって話しをしているのだから」 


 確かに彼女の言うとおり、勝手な話だと思わなくもない。なにせこちら側の都合などてんでおかまいなしだ。だが、それを分かった上でも、彼女の要望どおり俺はエインガードとやらになることを選ぶつもりだ。――――元の世界に生きて戻りたいから。故に、選択肢はあるようでない。


「いえ、そうでもないですよ」


 だが俺は否定をする。ここまでの話を素直に伝えてくれたカリーさんのことを好ましく思ったからだ。自分が気に入った相手に対し、それが異性なら尚更に良い恰好をしようとするのは男のサガだ。


「え?」


 俺の返事が意外だったようで、きょとんとするカリーさん。

 驚いた顔にすら品があることに、むしろ俺の方がびっくりだ。


「だって死んでおしまいだったところを助けてもらったばかりか、やり直せるチャンスまでもらったんですからね。思うところは色々とあるけど、この事実には感謝しておかないといけませんよ」


 向こうの思惑を排除し、結果だけ見ればありがたいのもまた事実。


「ありがとう。そう言ってもらえると、救われるわ。キミ、やさしいのね」


 胸に手を当て、控え目に笑うカリーさん。

たったそれだけの動作が、一枚の宗教画に描かれている天使と見間違うほど神聖なものに感じてしまう。


「え、いや、まあ、そんなでもないです!」 


 とはいえ、お礼を言われてしどろもどろになってしまう自分が少し情けなかった。


「そういえば、なんで俺たちだけ扱えるプラーナの量が増えたりするのですかね?」

 

 今までは意識していなかったが、いちいち理由を求めてしまうのが俺の癖のようだ。


「諸説あるけど。個人的に推しているのは、キミたちは一度死んで魂だけの存在となり、その上で世界を跨って新たに身体を得た。つまり肉体の殻をやぶり己の魂を認識し、さらに肉体の束縛をも破って世界を渡った。魂が肉体の枷をやぶり、さらに世界の縛りをも解いて渡界した結果、魂が変調をきたした。それが原因でキミたちの魂は成長する力を得たのではないかという説ね。プラーナは物理的というよりは精神的な力の発露と考えられているの。心または魂から具現した力ってイメージかな」 


 聞いてはみたものの、はっきりいってカリーさんがいまいち何を言っているのかが分からなかった。


「難しい話ですね」

 

 同時に掴みどころのない抽象的な話でもある。


「そうね。今私が言ったもの以外にも色々と説があるから、興味があるなら調べてみたらいいと思うわ」


  これ以上の雑多な知識のおかわりは、さすがに胃もたれてしまう。


「いえ、とりあえずは大丈夫です」


 本音と苦笑いが同時にこぼれる。


「それでね」と前置きしたカリーさんは息を吸ってから吐き出した。


 わざわざ間を作ったことからも、彼女が若干の緊張をしていることが分かる。


「一つどうしても確認しないといけないのだけれど、キミは今後どうしたいですか?」


 ――ああ、そういうことか。どのタイミングでそれを聞かれるのかと思ったのだが、今か。


「生き返って元の世界に戻りたいです。そのためにエインガードになれっていうなら、なりますよ」


 他の選択肢などはありえない。


「わかったわ。じゃあいきましょうか」


 そう言ったカリーさんが、前に向き直る。


「はい」


 再び歩き始めたカリーさんの後をついて歩きだす。なだらかな石の階段を下っていくと、上から眺めていた街並みがさらに現実的なもにになっていった。

 階段を下りきり、平坦な路を歩き街の中へと踏み入っていくと、遠くからでは分からなかった活気が伝わってきた。

 広い石畳の路には露店がいくつも出ており、そこから食欲のそそる香ばしい匂いが煙によって運ばれてくる。

 すれ違う人や、立ち話する人を横目で見るが、俺たちの世界から来た人間なのか、アストヴェリアに元から住まう人なのか判断がつかない。

 それだけ両者が似ているということなのだろう。考えてみればカリーさんだって、ぱっと見てどちらの世界の人間かと聞かれても判断がつかない。

 ただ少し驚いたのは、街をゆく人の肌の色が白かったり黒かったり黄色かったりと、色々な種類の人が混在していることだった。

 十分ほど歩いたところで、街から外れた場所にある大きな建物の前に着いた。


「ありがとう。貴方に感謝します」


 立ち止まったカリーさんは丁寧にお辞儀をした。今になって気が付いたのだが、この世界にもお辞儀という作法が存在するらしい。


「いえ、こちらこそです。カリーさん、ありがとうございます」


 礼には礼を。というわけで、俺の方もお辞儀で返す。


「この中にキミと同じ意思を示してくれたニホンジンの仲間が待っているわ。いきましょうか」


 いよいよ同じ境遇の人に会えるのか。

 嬉しいが、初対面の人に会うという独特の緊張が芽吹いた。


「はい」

 

 決して大きくはないがはっきりとした声で返事をする。

これからの生活を想っての不安。未知の世界に飛び込み脅威と対峙しなければならないという恐れ。そしてそれらを覆い尽くしてしまうほどの、生還したいという強い希望を胸に抱き、俺は望む未来へと繋がるはずの扉を開いたのだった。


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