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修了

短剣を習い始めて七日が経った頃、協会の方から武の荷物を整理するように言われた。

 そのままにしておきたいと希望したが、残念ながら却下された。

 それでもやりたくなかったが、他人に触られるのは武も嫌だろうと思ったので、結局は俺が荷物をまとめることにした。

 荷袋を開けると、中には一冊の本が。


「あ」


 武のスケッチブックだ。手に取って表紙を眺めていると、何かのいたずらなのか一迅の風が吹いてページが勝手に捲れていく。

 不意に開かれたページには、精密な筆致でカーデンブルグの街並みが描かれていた。


 ――上手だ。


 一目見てそう思った俺は、無意識のうちに次のページを捲る。

 リアルな駆の顔がそこに在った。プロみたいな絵だなあと、素人丸出しの感想が浮かぶ。

 さらに次のページには律子さんの顔。その次は凛さん。続いて有紗ちゃん。最後に俺の顔が描かれていた。

 

 ――――ああ、武は本気で夢を追いかけていたのだ。

 

 描かれている絵から、武の情熱を感じる。

 こんな絵が描けるのは、きっと研鑽をし続けた人間だけだ。そう思った瞬間、胸が張り裂けそうになる。

 最後のページを開き、指を這わせる。そこには戯画化され、オリジナルのキャラクターとして落とし込まれた俺たち五人の姿が描かれていた。

 白黒ではあるが、確かに一枚のイラストがそこにはあった。

 俺はそっと本を閉じ、彼が生きた証を大切に胸に刻んでいく。

 頬を伝い、滴が表紙へ落ちる。

 溢れる感情の波が上手く処理できない。


「武、戻ってきてくれよ」


 涙と共に、思わず本音が漏れ出したのだった。



 カルセヴニ先生の授業もいよいよ佳境にはいってきた。

 敵の身体に絡み付けと念じ、短剣の刃にプラーナを集める。すると、まだ薄くはあるが、紫色に刀身が変化するようになってきた。

 先生は特技ディレイファングに関しては自分が教えるのはここまで。あとは自分で技を磨きモノにしていけと言った。

 どうやら、あとは自主練習で特技をモノにするしかないようだ。

 左と右、両方の手で使えるようになってみせる。


「では、今回の授業の総仕上げとして、私に一撃入れてみてください」


 カルセヴニ先生が自分の胸を叩いてかかってきなさいと示す。


「分かりました」


 一言返事をした俺は、短剣を左逆手で持ち、地を這うような低い姿勢で先生に突っ込んでいく。

 攻撃を当てるだけなら、自在にパンチを繰り出せる逆手持ちの方がやりやすい。


「ほらほら、型通りじゃなくてもいいのですよ。手段を問わずにやってみなさい」


 戦いの最中であるにもかかわらず相手に話かける先生。息一つ乱しておらずいつもと変わらぬ余裕の表情だった。

 俺のクロスレンジでの左拳は、かすることすら出来ない。俺の攻撃は防御すらしてもらえず、空を切るばかり。

 

 ――――なんでもあり、か。

 

 バックステップ。一旦先生との距離をとり、なりふりかまわずに攻撃を当てる方法を考える。左でだめなら右も使う。

 さらには奥の手も!

 俺は、地球世界で何度かやったことのあるダーツを思い出し、逆手で持った短剣を先生へ投げつける――同時にステップイン。拳で左のボディを狙う。

 先生は投擲されたナイフを半身になって躱し、俺の左拳を右手刀で叩き落とす。

 

 ――――狙うのはこの瞬間!


 俺には駆との特訓や自主練習で鍛えた右がある。左を落とされた瞬間、俺は右の拳を先生胸へ繰り出す。


「やはり右も使ってきましたか」


 不意をついたはずの右は、確かに先生の身体に当たったが、一撃を入れてやったという手ごたえはまるでなかった。まるでゴレムルの石肌でも叩いたような異質の感触を拳に感じる。


「おや、不思議そうな顔をしていますね」

「はい、固い何かに拳がぶつかってしまったような」 


 俺は感じた違和を先生に伝える。


「それはキミの攻撃を、私がプラーナを使って防御しているからです。キミがこれから相手をしていくであろうゴブリンも個体によっては同じような防御姿勢をとってきます。良い一撃を入れたからといって油断しないように」


 アドバイスをくれる先生。まるで俺の近況を把握しているような口ぶりだ。

 生徒への興味など無いと言っていたはずの先生だが、本当は違うのかもしれない。


「はい、分かりました」


 俺は感謝の念を先生へ送りながらアドバイスをしっかりとメモしておく。


「そして、これにて私の授業は終わりです。キミみたいに、授業の度にどんどんボロボロになっていく生徒は初めてでしたよ」


 愉快そうに口元を綻ばせる先生。


「俺にゴブリンは倒せますか?」


 これまでのお礼を述べる前に、俺には一つ聞いておきたいことがあった。


「ふむ。普通にやれば一対一なら負けないでしょうね。そこまでキミの力を持っていくようにカリーに頼まれましたからね。実は今回、特別コースで厳しくしたのですよ」


 知る由もなかったが、担任ではなかったカリーさんの心遣いがあったことに衝撃。俺は本当に彼女に感謝しなければならない。


「瀬古俊君。それなりにはキミの幸運を祈っていますよ」


 最後の最後でカルセヴニ先生は俺を名前で呼んだ。


「はい、ありがとうございます」


 天邪鬼な先生に頭を下げると、俺は練武館を去った。


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