修練
カルセヴニ先生の本格的な手習いが始まる。
俺はこの二週間の間に、短剣の扱い方を出来る限り学び、特技ディレイファングを習得しなくてはならない。
俺は全霊をもって先生の授業に臨んでいった。
初日が終わり、くたくたになったが宿へは戻らない。
露店で夕食の豆スープと果物、それに黒っぽいパンと焼いた肉を買って時計塔のそびえる丘へと向かう。
見晴の良い丘に座って夕食を平らげつつ、メモしたページを読んでさっそく授業の復習に入る。次いで、左利きとして習ったことを脳内で反転させ、右手に(・)練習用短剣を持って再現。
左は人に習い、右は自主的に練習する。
両利きというほどに器用ではないが、家庭の事情で強制的に左右の手を使い分けていた事実を活かそうと思ったのだ。
それがどこまで意味があるのか分からないが、いざという時に選択肢は多い方がきっと良い。
何よりも、悔いが出ないよう、やれることはやっておきたい。
順手に持ってステップインからの突き刺し。逆手に持ちかえ、フックと見せかけてからの斬りつけ。ディレイファングの練習。そのすべてを右手で行った。
「何してんの?」
汗だくになって練習していると、聞き覚えのある声に呼び止められる。
「自主練。駆も?」
「まあな。今日はどうだった?」
「慣れないね、まだ」
俺の新しい挑戦の内容が駆に見えるように練習用短剣をちらつかせる。
「俺も慣れない」
駆は一メートル八十センチくらいの棒を掲げて俺に応じた。彼は新たに棒術を習い始めたらしい。
「せっかくだから習った武器で組手やる?」
お互いがこれまでのスタイルを捨て、新しい道を歩み出していた。
その道はおそらくとても険しいものになる。
だから悠長に練習している余裕はない。
「ああ、いいね」
声と同時に、木棒と間引きされた刃が交り、蹴りと拳が交錯する。
練習ではない、手加減のない攻撃が絡み合い痛打を浴びせあう。
もはや一つの戦いの如き、相手を倒そうとする意思がぶつかる攻防が繰り広げられていく。
俺も駆も本気だった。
俺の拳が駆の頬にめり込み、駆の棒が俺の鳩尾を押し突く。
この痛みを伴う訓練は、傍から見たら喧嘩しているように見えるのかもしれない。
事実として、行き場の無い感情を刃や拳に乗せてぶちまけてもいた。
俺たちにはそれが必要だったのだ。
終わりの決まっていない戦いを繰り広げたが、ついに疲労と痛みにより限界を突破し、二人もと仰向けに倒れる。
お互いの乱れた息遣いが静かな夜の丘をざわつかせる。
「俊、お前は死ぬなよ」
「そっちこそ」
丸い月を見上げながら、短く言葉を交わす。
駆はきっと無茶をするから、いざという時は俺も付き合ってやらないと。
いまや一人の相棒となってしまった小さな男を横目で見ながら、俺はそんなことを思っていた。
「喧嘩でもしたの?」
翌日、カルセヴニ先生は俺の顔を見るなりそう言った。駆との戦いで顔に幾つも痣が出来ていたからだ。
「まあいいや。始めるよ」
ありがたいことに、先生はさほど生徒のプライベートには興味がないようで、それ以降このカラフルな顔のことで詮索されることはなかった。
カルセヴニ先生との左手を使った授業が終わると、今度は右手で習ったことを自主練習する。その後、左と右の両方を使って、駆との戦いを倒れるまで繰り広げる。俺は身体に休む暇を与えず、徹底的にいじめ抜いた。
一度止まってしまうと、負の感情に押し潰されて動けなくなるような気がしたから。
動機はどうであれ、圧倒的な練習量は、微かな手ごたえを俺に与えてくれた。
「今日は灰の森に行くよ」
先生の言葉に従い、俺は因縁の場所へと再び向かう。
「ふむ、今日はその練習用の短剣でゴレムルを倒してみなさい」
「え? 独りですか?」
先生の突拍子もない発言。思わず聞き返してしまう。
「ああ、僕のみたところキミ独りで倒せると思うから。持久戦にはなるだろうけどね」
俺は先生に言われた通り、練習用の刃が間引きされた短剣でゴレムルに挑んだ。
順手からの走り突き刺しは石の肌にはばまれ通らない。
ならばと思い、今度は逆手で持って斬りつけるがこれも通らない。ほんとにこんなことで相手を倒せるのか?
「よしよし、その感じだ。いいかい。基本的に短剣は手数で勝負だ。浅くてもいいから何度も斬って突けばいい。さあ、頑張りたまえよ」
俺は先生に言われるがまま、おそらくは一時間以上ゴレムルと戦い続けた。
長時間の戦闘で一番先に値を上げたのは、ゴレムルでも俺でもなく酷使された短剣。
折れた刀身が宙を舞う。
まずい、どうしたらいい?
「安心して。予備はあるから」
焦る俺をよそに、先生は欠伸しながら新しい短剣を投げよこす。
俺は素早く短剣を拾い上げ、再びゴレムルと対峙。
不測の事態が起ころうと、相手を倒すまで戦いは終わらないということを再認識する。
実際の戦いと同じだ。
呼吸を整え、焦らず逸らず、相手の動きを見て丁寧に攻める。
いつ終わるかも分からない、心を削るような作業を続けていると、ついにゴレムルの膝がまがった。
ここが勝負の賭けどころと踏んだ俺は、順手持ちしたナイフでゴレムルを突きまくる。
――――まだ倒れない。
焦った俺は地面に落ちていた、折れた短剣を拾い右手に逆手持ちする。
欠けた刃でおかまいなしに何度も刺した。右と左、両の手をフルに使い滅多刺し突くと、ついにゴレムルの身体が崩れていく。
「おつかれさま。キミ、僕の見ていないところで色々練習しているみたいだねえ」
メガネのブリッヂを人差し指で押し上げると、先生はにやりと笑った。




